20. クマさん大行水
1ヶ月も空いてしまった……
地に沈み、ポリゴン化して自然消滅していく血濡れの熊を尻目に、もう一方から紅く染まった腕が迫ってきていることに気付き、わたしはしゃがんで回避した。
先程倒した熊が完全に消滅したのと同時、全く同じ様相の熊が少し離れた位置で妖しげに光る魔法陣から現れた。
気分がどんどんと萎えていくのを感じながら、わたしは3体の真っ赤な毛色の熊と相対し、大きく溜め息を吐いた。
『ブラッドグリズリーLv15』
『ブラッドグリズリーLv15』
『ブラッドグリズリーLv15』
見慣れたを通り越して、もはや見飽きた熊の姿に、諦念を感じ始めるわたし。臍を噛む思いでひたすら刀を振るいながら、運営に対して苦情を言いたくなった。
──アホじゃないのか、と。
このような状況になったのには訳がある。
何を隠そう、南のフィールドボスであるこの熊。本来のレベルとはかけ離れていてボスと比較しても5は下であるが、大きさやモーションの違いはない。それが3体を同時に相手どらないといけないのである。
あまりにも終わりの見えない状況に、とうとうわたしは舌打ちする。
どうしてこんなことになったのか。
事の発端は現実時間にして17時、学校から帰ってきてすぐの時だった。早速世界蛇のクエストの素材について情報収集のためカレンさんの工房へと向かった。
リアルで廃人2人に聞けばいいのでは? とも思ったが、あの2人のことだから絶対に勘づかれる。クエスト内容を思えば、伝えたらすぐに目を輝かせて連れてけと喚くに違いない。
そうなると明らか戦闘力においてはパーティプレイを捨ててしまったわたしでは、逆に荷物になりかねない。寄生してクリアするくらいなら、ソロでクリアしてしまいたい、というのがわたしの心情だった。
それに、攻略組との伝も広く持っているカレンさんなら、何かしら情報も持っているだろうというのがわたしの判断だ。
案の定、カレンさんはわたしの望む情報を持っていた。
「最後の白狼の剛毛? とかいうの以外なら知ってるよ」
流石カレンさん! とわたしは話にとびついた。これでクエストが進められる、とその時は喜んで話を聞かせてもらった。
月光草は北のフィールドボスのレアドロップらしい。ボスのレアドロップなんて、以前蛾の殲滅にかけた時間を思うと、どれだけ落ちないのかと想像すればする程げんなりしてくる。
ただ偶然、ボスを倒した人の中に月光草をドロップした人が居るとのこと。まあ、そりゃ当然か。そうでもないと、そんな情報が回ってくるわけないもんね。
その月光草をドロップした人だが、幸運なことにカレンさんの知り合いで、しかもまだ持っているらしい。本人曰く「使い方がわからない」と言っていたらしく、ずっと死蔵していたようだ。連絡を取ってもらった結果、わたしに売ってくれることになった。
金額の相談は後日、それまでに出来るだけ金策しとかないとね。
クエストに必要なものは残り2つ。ただ、この残り2つがとんでもなく問題だった。
「鋭鷹の鉤爪だけどねえ、北の街ノースルのフィールド、サテナ霧森の第3エリアに居るフィールドボスのものだと思うよ」
何となくそうなんじゃないかとは思ってたけど、やっぱり行ったことのない場所だったかあ……。
でも何故もうそんなところまで? と尋ねてみると、どうやら攻略組は既にそのボスに挑んでいるらしい。サテナ霧森は常に霧が発生していて視界がかなり悪い上に、野良モンスターの平均レベルも32ときた。今最前線を走る攻略組パーティの平均レベルは36らしい。
この時のわたしのレベルは19。攻略組と比較しても、めちゃくちゃ低い。というか、あの人達レベル上がるの速すぎない?
更にボスエリアも霧だらけな上にボスであるブレイドイーグルは低空での素早い動きが売りで、今までのボスは一体なんだったのかと言いたくなるほどに強いらしい。
結果、攻略組が苦戦するようなボスに勝てる訳もなく、わたしはレベリングを強いられることになった。
ちなみにカレンさんもレベルは28と言っていた。いくら経験値は武器の生産でも入るとはいえ、レベリングの難しい生産職に負けるなんて……。
というわけでそれからわたしは、ひたすらに南のフィールドボスであるブラッドグリズリーをひたすら狩り続けていた。HPポーションとMPポーションは事前に大人買いしていたので、途中集中力切れに何度も死にかけたものの、特に戦闘に支障は出なかった。
おかげで今のレベルは29まで上がり、二次職へも転職出来るようになった。まあ、転職には北の街に行かないといけないからまだ出来ないんだけどね。三次職への転職はβ情報だと50だったかな。それ以上はアルテマ職と言って、一気に職業が分かれるようになって、また他人とは同じ職に転職出来なくなるようだ。βテストの期間は2ヶ月もあったものの、アルテマ職にまでこぎつけられたのは両手で収まる程度だったみたいだからまだはっきりとは分かってないっぽいけど。
そういえば、この前ブラッドグリズリーとの初戦で手に入れたMVP報酬の装備が、これまたわたしにぴったりだった。
『血熊の髪飾り。レア度 3。防御力 3。能力値上昇。敏捷値(微)』
通常の装備とは毛色の違うその効果。
一見シンプルに見える効果だけど、これっていわゆるステータスを細かく分類した場合の、いわば隠しステータスというもの。
例えば、キャラクターメイキングした時、2人のプレイヤーが同じ才能値を振り分けたとしても、同じステータスにはならない。それも当然のことで、元々その人が持っていた現実世界の身体能力が丸々ゲーム内でも反映されるからだ。
現実の身体能力を数値で反映させられるか? 答えは否。その日ところどころで変化するものを、その場で数値化など出来るはずもない。
ゲームの中でも筋トレをすれば筋力は上がり、欠かさずランニングをすれば微々たるものだが、現実と同じように体力や敏捷も上昇する。その上、常時現実の身体の身体能力と直結しているので、現実で例えば握力が上昇すれば、次にログインした際、身体情報の読み込みで同じく握力が上昇するようになっている。
いわば、その人の潜在的な身体能力が隠しステータスなのである。
AGIというのはあくまでプレイに付属としてついてきたものなだけあって、敏捷値というある意味産まれてから付きまとってきたステータスに勝てる道理はない。
お誂向きに花簪と組み合わせて装備することが出来たので、試しにこの熊の髪飾りをすると、はっきり体感出来る程に自分の身体が軽くなってより動けるようになったのが分かった。もしかすると、この装備があればレベル1でもウルフと速度でタイマン張れるかもしれない程に。
魔法職なのに装備によってINTよりもAGI寄りになっているような気がする……というか、気のせいじゃない。多分、現実でもすばしっこい部分がゲームの中でも反映されてるんだと思う。そう考えたら、隠しステータスの部分元々高かったんだろうね。
ちなみに当然のことだけど、ゲームの中で筋トレしたからといって現実で身体の肉付きがよくなったり、身体能力が上昇するわけではないから注意ね。あくまで、現実の身体能力がゲーム内でもある程度反映されるってだけだからね。
閑話休題、ただひたすら機械になって熊狩りをしていた時だった。ブラッドグリズリーが沈んだ後、突然それは発生した。
『シークレットクエスト【血熊大行進】が開始されました』
「……はい?」
選択肢もなしに突発的に現れた文章。
いくらなんでもおかしくない? わたし、これでシークレットクエスト3回目なんですけど? シークレットクエストって気まぐれで偶発的に起きるものじゃなかったの!?
はい、いいえの選択肢が出ないことから、前のゴーレム戦の時と同じく強制参加のようだ。それよりクエスト名が凄く嫌な予感しかしない。これ、絶対1人でやるクエストじゃない。
間髪入れずに、またも次の文章が現れた。
『なお、このクエストは特殊専用フィールドにて開始されます。経験値入手不可です。なお、この専用フィールド内でのみ、デスペナルティは発生しません』
「それなら別にいいか……」
まあ、どっちにしろ逃げられないんだけどね。今もまだボスフィールドで動かぬブラッドグリズリーの亡骸が倒れたままだし。
『制限時間なし。クリア目標はブラッドグリズリー100体の討伐。クエストを開始します』
「……え?」
……ひゃくたい? 何それ。ひゃくたいってまさか、百体とか100体じゃないよね?
耳を疑うようなことをのたまったアナウンスによりクエスト開始を告げられた途端、ボスフィールドにいきなり巨大な魔法陣が現れた。
更に魔法陣により、3体の赤毛の熊が生み出された。
そして冒頭に至る。
INT主体のであるために1体1体の狩り速度は苦労ではありながらもなんとかそれなり速度を保ててはいたが、依然暴力的な供給は止まるところを知らない。
30体程を討伐した頃、ついにその時は来た。
「あっ」
一体の熊が振り下ろした腕に、まともに直撃してしまった。それを皮切りに、残りの熊からも揃って滅多打ちを喰らった。当然、紙防御のわたしが耐えきれるはずもなく、HPは0になり身体が消滅し始めた。
死に戻りのさなか、わたしは決意した。
もう一度挑んで、今度こそクリアしてやろう、と。
名前:シエル Lv29
職業:メイジ(1次職)
スキル:【一刀流Lv25】【風魔法LvMAX】【付加術:風Lv7】【杖術Lv21】【マナショックSP Lv12】【烈斬-】
装備:龍刀ミカヅキ、平原の巫女の白蒼小袖と千早、平原の巫女の蒼袴、平原の巫女の草履、平原の巫女の花簪、熊の髪飾り




