2. 技能と初接触
意識が流されるような感覚に身を任せたままでいると、気付けば狭い空間に立っていた。ここがキャラクリエイト場所かな?
「ようこそ、ハイクロの世界へ。わたしは並列思考型AIのアイと申します」
「AIだからアイ? なんか安直な……」
「よくプロデューサーが勝手にプログラムするなと皆には尻を叩かれておりました」
「何してるのプロデューサー……」
仕事の枠を超えた自由なプロデューサーに、苦笑いを浮かべることしか出来ない。プロデューサーの定義が崩れそうだ。
閑話休題、話を本題へと戻す。あらかじめ決めていた職業、初期武器、才能値割り振りを素早く決め、まだ決めていなかった技能選択へと移る。
最初に選択出来る技能は3つだけで、最初に装備している武器に準じる技能は固定でついてくるので、合計4つの技能を獲得することになる。
例えばわたしの武器が刀であれば【一刀流】というふうに、武器を装備するためには必要なスキルというものが存在する。そのための固定スキルなのである。初めに選んだ武器が装備出来ないなんて、即修正レベルだろう。
一刀流ってことは、二刀流とかもあるのかもしれないな。 流石に、三刀流以上はないと思うけど、未だにプロデューサーのことを引きずっているわたしにはどうにも有り得そうで怖い。
兎に角、刀に関するスキルを1つ得たので、後は魔法技能……と言いたいけど、そういえばメイジを選んだから刀で攻撃スキルが使えないんだよね。一応、魔法は杖じゃなくても使えるようだけど、威力は弱体化するみたいだし。
最も、今更背に腹は変えられないので、キャラデリして作り直す、なんてことは考えてはいない。元々、メイジを選んだ理由が魔力の伸びがいいからだし。あわよくば、刀で戦いながら魔法……なんてことも考えたり。
1時間をも超える苦悩の末、最終的に選択した技能は【風魔法】【杖術】【マナショック】の3つ。
1つ目の【風魔法】は言わずもがな、スピード型とか刀みたいな武器とは相性が良さそうだったから。
2つ目、この【杖術】というのは、さっきの【一刀流】の杖バージョンだね。これを取った理由はまた後で。
最後に【マナショック】だが、これは物理攻撃を行った際にMPを消費してMP依存の無属性追加ダメージを与えるというものらしい。紙防御、鈍足、物理攻撃を与えないといけないという一見して魔法職には死にスキルならぬ死に技能と言える効果……いい、非常にいいよこれは。ステ振りの関係上、単体では火力の低くなりそうなわたしにはぴったりだし、何よりロマンがある。
ロマンを求めてこその自由だと思うんだ。
そんなわたしの最終的なステータスは、【一刀流Lv1】【風魔法Lv1】【杖術Lv1】【マナショックLv1】という物理とも魔法とも言えないどこからどう見ても地雷臭の凄いものとなってしまった。
……自分で言うのもなんだけど、一体わたしは何処に向かっているんだろう。MMO初心者のわたしですら、おかしいところが多いのが分かってしまう。
技能レベルを上げるのはひたすら技能の使用あるのみ。それ以外でも上げる方法はあるらしいが、まだよく分かっていない。
また、技能というのは後天的に取得することが出来るようで、その中でも特殊な条件を満たすことで珍しい技能を取得出来る場合もあるようだ。
キャラメイクが終了したところで、やっと世界の説明に入る。
「このハイクロの世界では、数多くのNPCが存在しています。NPCはゲーム内において非常な役割を持っており、プレイヤーの行動において好感度が上下します。なお、好感度が数値に表れるようなことはありませんので、ご注意を。また、現実で犯罪に値する行為はゲーム内でも同様なものとし、NPC相手であっても何かしらのペナルティが発生することとなります。もしNPCが殺害されるようなことになれば、再度復活することはありません。その人物によるクエストが再発生することもありません」
長い。すごく長いけど、言いたいことは分かる。
ゲームであっても、NPC間には独自の交流があるってことなんだよね。つまり、ゲームキャラクターだと思って接するのではなく、実在の人物のように接しろと。
そんなこと、元より言われなくても分かってるから大丈夫だよ。
……でもそれだと、他の人がちょっと心配だな。
説明を聞かない人とか、聞いてても無視する人は絶対に居るよね。
「最後に、この世界は5つの大陸に分かれています。貴方が最初に降り立つのは中央部に位置するファス大陸。始まりの街セントラです。それ以降は何処へ行こうが、個人の自由。あなたの旅は、これから始まるのです。ですが、度を超えた行動は慎むように」
「はい。肝に銘じます」
挨拶は欠かさず。例えAI相手でも、礼節は軽んずるべからず。
「では、貴方の旅に幸多からんことを祈ります」
そう言ってアイさんが手を叩いたかと思うと、ログインした時と同様の感覚が再び襲ってきた。今回はそう長くはなかったけど。初めが長かったのは、初回ローディングみたいなものなのかな。
気付けば、わたしは広場の中央に立っていた。転送される際、ダブらないようにちゃんと位置はずらされて……って、当たり前か。
広場には既にかなりの人数が居るようで、知り合いと待ち合わせでもしていたのか、思い思いに喋りあっていた。
わたし? もちろんボッチですよ……ぐすん。まあ、明日怜達とパーティを組んで遊ぶ約束したし? だから、別にソロでもいいというか……。
「あれれ? そこの可愛い君、シエルって言うんだね。1人かな? もし良かったら、僕らとパーティを組まないかい?」
なんて葛藤していたら、早速絡まれてしまった。いや、これ絡まれるというより、ナンパ? うん、何処からどう見てもナンパですね、分かります。
何故名前が? って思っていたけど、そういや鑑定システムがあるのを忘れてた。わざわざ鑑定する意味を感じないので、わたしからは鑑定する気はない。
迷惑っちゃ迷惑だけど、可愛いってのはちょっと嬉しかったな……なんて、目の前の男を見たら全く思わなくなった。
金髪、金眼の如何にもナルシストな感じの人がドヤ顔で迫ってきていると思えば、誰にでも理由が分かるはず。
ここは丁重に断らせてもらおう。
「えっと、すみません。今は1人で……」
「遠慮しなくてもいい。大丈夫、僕がしっかりと君を指導してあげるからさ」
しつこい……。
この人、本当になんなんだろう。もしかして人の気も知れずに自分に酔いしれるタイプかな?
第一人称でそういう人なんだろうとは薄々思ってたよ? でも、ここまでとはわたしも思ってもみなかったよ。
本当に、現実でここまで拗らせる人なんて居るんだね。
ふつふつと苛立ちが募りだし、1人勝手に演説を始める男にそういやGMコールがあったとふと思い出し、出るところに出してやろうと思っていた時、不意に男の背から伸びたごつい手が男の首に回されると、男の細い首を一気に締め上げた。
「ふんっ!」
「うぐっ……!?」
男は浮いたままばたばたと動かすも、為す術もなかったようで最終的に動かなくなった。気絶の状態異常にかかっているようだ。街の中だったらHPは減らないはずなんだけど、こんなことは出来るのね。あ、思い込み? さいですか……。
その後ろから、一回りほど大きい。というかごつい赤髪の男がいかつい顔で現れた。
なんというか、凄く……大きいです……。
そのごつい男はわたしの前に来るなり……土下座を始めた。
はい?
「すまんっ! こいつが迷惑をかけちまって! いや、本当に申し訳ない!」
「え? あ、いえ、助けてもらったので大丈夫です」
先程までの雰囲気とは一転して、荘厳な雰囲気など欠片もなくしてしまった男にわたしは呆然としてしまったが、地面に頭を打ち付けるのを見て我に返った。
ってちょっと、いくらダメージを食らわないとは言ってもそんなにやられちゃ見てるこっちが痛いんだけど! 主に精神面の方に!
なんとか落ち着かせることに成功したわたしは、もはや血が出てくるんじゃないかと思うくらいに地に頭を擦り付ける男を慌てて止める。
「いやはや、すまなかった。こいつはローエンっつー……まあ、βテストの頃の俺のギルドメンバーだ。こう見えて実力はあるんだが、如何せんナンパ癖があってなぁ。こいつ、何かと執心深いから、また絡まれそうになったらいつでも俺を頼ってくれ。今度は起き上がってこれないよう、息の根を止めてやる」
「は、はあ……」
はへえ。この人、テスターだったんだ…じゃなくて。
グストさんや、ちょっと本気過ぎやしませんかね……? ほら、周りの人達も引いてますよ?
え? 違う? なんか皆、グストさんの方指さしてすごいザワザワしてるんだけど。
「本当にすまなかった。お詫びと言っちゃなんだが、受け取ってもらえないだろうか」
そう言って送られてきたのは、トレード申請。その内容は……金!
こんな時に金かよ! とは思ったけど、まだ本サービス開始から間もないし、金はいくらあっても無駄にはならないので有り難く受け取っておく。
500ルナが送られてきた。ルナというのがゲーム内の単位で、最初の所持金額が1000ルナなので半分もの金額が送られてきたことになる。そんなに貰ってしまって大丈夫なのかな。
それから何故か世間話を繰り広げて意気投合したことに気を良くしたのか、相手側からフレンド申請が送られてきた。
この人もこの人で若干距離が近いが、悪そうな人ではないので、快く受けておく。
空白だったフレンド欄に、唯一『グスト』という名前が浮かび上がる。
彼の名前のようだ。
暫く他愛のない会話を行った後、ようやくわたしは街の中を歩き出した。
そういやわたし、一歩も歩いてなかったんだね。もしかしたら、最初のフレンドが出来るまでの歩数の少なさランキングナンバーワンではなかろうか……当然か。だって0歩だもの。
今、わたしは目的もなく歩いているのではない。目的はズバリ、鍛冶屋である。
偶然だけど臨時収入もあったので、ついでにとあるものを買おうと思ったのである。
とあるものとは? そんなの決まってる。メイジなんだからもちろん杖。杖のないメイジなんて、翼のない鳥のようなものだ。最も、わたしの場合は自分で翼をもいだに等しいんだけど。
それにしても、鍛冶屋で杖なんて売ってるのかなぁ……。