18. 遺跡の中は
すみません……本当に遅れましたすみませんすみません……
遺跡の名前は封印の遺跡、とだけあった。
名前の由来はヨルムンガンドという魔物がここに封印されているから、らしい。
「こういうの、レイクが好きだったっけ」
ゲーム好きではあるが、大のファンタジー好きでもあるレイクは、西洋の神話の類もかき集めては、よく知識を披露していた。
何度も同じことを言うものだから、ヨルムンガンドという名前にも聴き覚えがある。また、さっきの石碑に乗っていたフェンリルやヘルという名前も、同様だ。
神によって産み落とされた三大魔物、ヨルムンガンド、フェンリル、ヘル。このゲームの世界には、ある程度神話に則った設定もあるようだ。いずれにせよ、レイクが飛び跳ねるくらいには喜ぶだろう。
言ったら、かなり問い詰められそうだ。何処にあるか、とかどんな所だったかとか……。
「面倒くさそうだから、言わなくていいか」
結局、レイクにこのことを話すのはお蔵入りになった。いつもレイクと行動していて、かつうっかり口を滑らせてしまいそうなハルハルも同様だ。ごめんね?
でも、もし姿形まで神話と同じなら……。
「てことは……蛇、なのかな」
人1人が通り抜けられる程度に狭く、壁に備え付けられた蝋燭の灯りだけを頼りに、先の見えない通路を、左、右へと次々に進んでいく。途中、かなり道が枝分かれしていたもので、正直自分の現在地も、何処に向かっているのかもさっぱり分からない。まあ、現在地に関しては飛ばされた時点で分からないんだけど。
通路の壁には、ところどころに文字のようなものが書かれている……。
『水天の世界蛇は、勇者によって封印された』
「やっぱ蛇っぽいか。流石に大きさまで神話と同じなんてことはないだろうけど……そんな奴と戦えなんて言わないよね」
神話上では世界を一周する程の体躯と言われているヨルムンガンド。正直、そこまで行くと相手にも出来ない。鬼畜を超えてゲームを破綻してるので流石にないだろう……と思いたい。
今までが明らかに無謀なことばっかりだったから、確実に否定出来ないのがなぁ……。
「特定のギミックで弱体化……とかもありそうだな」
普通なら倒せない敵を、倒せるようにするためにはなにかのギミックで弱体化させる、なんてことはゲームではよくあることだし、可能性としてはなくはない。でもそれだったら、専用フィールドでそのギミックを発生させるのか、それとも戦闘に入る前にあらかじめギミックを発動、もしくは解除する必要があるのか。
改めて思う。このゲーム、ヒントが少なすぎる。
自由度を売りに、と考えるなら、確かにヒントなんて指標を出さずに自由に行動させた方がコンセプトとは合っていると言える。
しかしこの遺跡に飛ばされるまでもそうだったけど、これ、手探りで一から見つけるには時間が足りなさすぎる。
そもそも、何度も複数の道の分岐があって、宛の分からないまままた分かれ道。
そういえば普通に歩いてたけど、わたし、この遺跡に何しに来たんだっけ。
「というかこれ、どうやって街に戻れば……」
実のところ、戻ろうと思えば戻れる。親切心のつもりか、はたまたいたずら心なのかは分からないが、メニュー欄には散るという謎の選択肢がある。これを選べば、一気に街に戻れるのである。
しかし、わたしは実際にこの機能を一度も使ったことがない。これは何なのか、と思って、好奇心からレイクに聞いたことがある。
その答えには、わたしも耳を疑った。
レイク曰く、
「あ? ああ。あれ、使ったらデスペナして街に戻れるってだけだぞ。簡単に言えば、死に戻りする機能ってことだな」
とのこと。
死に戻り……とどのつまりHPを0にするという舐めてるのかと突っ込んでやりたくなる謎機能。実際に、βテストの際に好奇心で使ったプレイヤーがいきなり崩れ落ちたかと思うと、一気に消滅したらしい。ゲームの中でも、街中での突然の出来事だったので、ショックを受けた人も結構居たらしい。
もう一度言おう。運営、なんて機能を付けてるんですか。
「はぁ……」
カーソルを例の文字に合わせ、明滅する文字を見て溜め息を吐きながら、メニュー画面を閉じた。
まだ探索は終わってないし、死に戻りは最終手段にしよう……。
「それよりもこの遺跡、何処まで続いてるの……?」
遺跡に入ってリアル時間で10分。ゲーム内時間では、既に30分が経過している。最初に飛ばされた部屋以外に、部屋という部屋は一度も見かけていない。ずっと、細い通路が続いてるだけ。まさか、道が外れたらずっとこのまま……なんてことは流石にない、よね?
そろそろ飽きてきたとげんなりしつつも、通路を進み続け……ふと、漆黒の闇に包まれた通路の先から、光が差し込んだ。
「何処かに着いたのかな?」
どうやらようやく当たりを引いたようだと、気付けば早足になっていたわたしは、どんどんと光が大きくなっていく通路を進んで行き……とうとう抜けることが出来た。
「広い部屋……」
先程までずっと狭い通路を歩いていたせいもあるかもしれないが、辿り着いた部屋は、大理石のようなもので構成された、かなり広い部屋だった。中央には何やら台座のようなものがあり、その上には占いにでも使うような水晶玉が置かれている。
それ以外にも、本がぎっしりと並べられた本棚があったり、壁には小さな滝のように水が壁に空いた穴から流れる水が、これまた何処に続いているのか、人為的に空けられたような綺麗な穴へと流れ落ちていた。覗き込んでみるが、穴は真っ暗闇で何も見えず、正直言ってかなり怖い。
雰囲気を一言で言うならば、西洋の神殿……に見える。最も、わたし自身神殿なんて見たこともないし、ただの偏見でしかないわけだけど。
まず思うに、中央の水晶玉……これが、とんでもなく怪しい。触ったらいきなり光りだしたりとかしそうだ。触れるのは後回しにしよう。
となると、わたしが最初に見るのは本棚の本。というか、これしかない。
いくらなんでも、あんな真っ暗な穴の中に入りたいなんて思わない。というか、絶対入りたくない。やっぱり、レイクに言って連れてきた方が良いのかな……いや、でもよく考えたら、もう1回来れるとは限らないか。
あの石碑を倒せばまた来れるとは思うけど、正直同じ道をもう一度選べるかと言われると、全く自信がない。それに、そもそも同じ道を通ればここに来れるかも分からないわけだし。
この遺跡の探索は、出来るだけ今回だけで終わらせることにしよう。
早速、片っ端から本を開いては、全く意味のない内容のものは戻して新たに取るを繰り返す。
その結果、20冊もあった本は、たった10分足らずで残り1冊にまでその数が減らされるのだった。
取り敢えず、わたしは物申したくなった。
この運営、本気で大丈夫なのか……。
最初はまだ良かった。真っ先に出てきたのは『魔法全集』という、基本属性の魔法についての概要が細かく載っている本だった。これなら、まだファンタジー感があって、遺跡にあってもおかしくはないと思う。問題は、その次から。
料理本。見開きに書かれていたのは、肉じゃがの調理法。あまりにもおかしすぎる。こんなものがこんなところにあるって違和感が凄いんだけど?
その次から、暫く雑誌や漫画続いた。現実で存在する漫画の一巻のみがさながらちょっとしたワンルームのおまけのように並んでいた。ここは待機部屋か何かですか?
極めつけは、ビキニ女性が写るプロマイドだった。
「こんなものをゲームに持ってくるな!」
中身を見た瞬間、びりびりに破いてやろうと思ったものの、破壊不能オブジェクトであったことで壊すことは出来なかった。その代わりに、あの底の見えない穴の中に投げ捨ててやったが。
運営の悲鳴が聴こえるようで、なんとなくスカッとした。
「この本棚のせいで、一気にやる気が削がれたよ……」
この気分で敵とは戦いたくはないな……もしや、これが運営の策略?
いや、ないか。
兎に角、これで本題に入れるようになったので、唯一手元に残った本を開いてみる。その内容は手記。ヨルムンガンドを封印した、勇者の手記だ。
「ヨルムンガンドを封印するには、三日三晩もの激戦を要した……もうこの時点でもう1回封印の線はないか」
ゲーム内で3日ということは、リアル時間で丸々封印のために1日を潰すことになる。そんな無茶振り、あってたまるか。
「激戦の末、消耗したヨルムンガンドを封印することに成功した……まだその消耗ってのは残ったままなのか、それとも既に回復してる?」
まだ実際見ていないので、ヨルムンガンドが今どんな状態にあるのかは分からない。怪我をしてたら、倒せる可能性はあるかもそれない……けど、出来るだけ戦うのは嫌だなぁ。
それからも、ヨルムンガンドの弱点や、全く役に立たない封印方法とかが書いてあった。封印に聖剣が必要とか言われても、持ってないので無理です。
「……あった、戻る方法」
手記を読み進めているうちに、この部屋から出る方法が書かれていた。なんでも、真ん中の水晶に触れば出ることが出来るらしい。
危なかった、まさかこんなところでも運営の罠があるとは……ああ、でも本棚も運営の罠満載だったか。かなり稚拙だったけど。
もうこの部屋には何もないようだし、外に出ることにした。でも、この手記には何処に出るかとか、全く書いていないので、何処に飛ばされるのかは分からない。まあ、ゲームだしそうそうバランスが崩れるようなシステムにはしないだろう……。
でも、何故ヨルムンガンドのことばかり書いてあったのに、外に出る方法なんて書いてあったんだろう。
水晶玉に触れ、もう何度目かの転移の感覚を味わう。この時、わたしは気付くべきだった。手記には部屋から脱出出来るとは書いているものの、外に出られるとは全く書いていなかったことに。
「んー、何処だろう、ここっ……」
気付けば、わたしはまた見知らぬ場所へと飛ばされていた。さっきの部屋も広かったが、それとも比べ物にならない程広い部屋。
後ろを向けば、全身傷だらけで微かに動くだけの蛇が、横たわっていた。
『ヨルムンガンド Lv285 状態:瀕死』
何処から突っ込めばいいんだろう。