14. 異変の山の主
あともう少しで1章は終わりです。
一気に連続投稿したいからちょっとだけ書き溜め期間入れることになると思います。
というよりも、本編作品を書く繋ぎとして書いたはずの作品がここまで伸びるとは……。
「シエルさん……?」
ロウさんがまるでどうすればいいか分かっていないかのようにわたしを見ていた。システム上、パネルは見えないが多分、同じクエストが発生してるんだと思う。つまり、ロウさんもクエストを受けかねてるってことか。
ロウさんも、同じ答えに行き着いたみたいで、めっちゃわたしの指を凝視していた。
「もしかして、貴女にもクエストが?」
「うん……ちょっと、受けようか迷ってるんだけど」
依頼を受けない理由。
それは、システム的に依頼というのは5つまでしか受けられないからで、しかも依頼を破棄する際、好感度を捨ててNPCに直接申し出る必要があるとかいう妙に面倒臭い仕様があるからなんだよね。
更に依頼を受けるまではその依頼の内容が分からないときた。依頼を受けることにもある意味リスクがあるって、これちょっと依頼を受けるの躊躇っても仕方ないよね?
……まあ、今回のはクエスト名から既にはっきりしてて分かりやすいけど。薬草採取って書いてあるし。
しかしそれでも、何か嫌な予感がするのは気のせいだろうか。何もなければ良いんだけど。
とはいえ、流石に事前情報なしで依頼を受けるなんて危ない橋を渡るような行為をしたい人はそう居ないだろうから、代わりとしてクエストの表示として難易度も表記されるようになってるのは、良心的だと思いつつも妥当だとは思う。それがクエストの前に表記される星で、最大10段階の中で星が多ければ多い程、内容は難しいものになっていると聞いた。
今、目の前に表示されているのは星4……クエスト全体で見ての難易度らしいので、明らかに最初の街で受けるようなクエストには見えないんだけど? 運営さん、難易度調整間違えてない?
薬草採取なんて依頼、普通はこういうのって最初に受けるようなものだと思うんだけど、運営は一体何をさせるつもりでこの難易度に設定したんだろう……ああ、本気で嫌な予感しかしない。
それにしても、確かに現実でそうほいほい請け負いまくって放置するような人なんて心象が悪くなって当たり前だけどさ……でもわたし、カレンさんから頼まれてる依頼もまだ消化出来てないんだよね。当人からは特に何も言われないし、元々「期間は特に決めてないから、急がなくてもいいよ」とは言われてるけど、約束は約束なので、忘れないように早めに終わらせておきたい。なら南なんて行くなって言われそうだけど……。
そもそもゲームなんだし、ここまでリアルにする必要はなかったんじゃないかと思う。しかも星4って、駆け出しに何をさせるつもりなの?
「だめ、かな……」
わたし達が決めあぐねているのを見て、しょんぼりと俯くルナちゃんに、わたしはつい指が動いてしまった。無意識としか言いようがなかった。
「……はっ!?」
『クエストが受諾されました』
気付けば、クエストの承諾ボタンをポチッと。もうこうなってしまえば、依頼を断ってもクエストは継続されるから、結果、もし依頼主に何かがあれば、クエストは失敗となってしまい、NPCからの好感度も下がることになってしまう。無意識とはいえ、先走りすぎたかも……いやいや、困った子供を前にわたしは何を言ってるんだろう。そもそも、シークレットクエストなんて無茶をやらかした後に子供が出すクエストで怖気付くなんて……。
「手伝ってあげる。だから、顔上げて?」
そう言ってあげると、ルナちゃんはばっと顔を上げた。目尻に涙に浮かべていたから、かなりびっくりした。それでも何とか平静を保つことは出来た……と思う。もう、NPCだと思うことはやめにしよう。大人だったらあざとさがあったのに、まだほんのちっちゃな子供が上目遣いするなんて、反則だよね……。
あ、そういえばロウさんにも聞かないと。
「ロウさん。わたし、成り行きで受けちゃったけど……」
「僕も受けました。元々、僕が貴女を巻き込んでしまった訳ですから。最も、戦いはそこまで得意じゃないんですけど……」
ロウさんはわたしよりも早くに受けると決めていたようだ。流石、あれだけの集りに囲まれても屈しなかった男。不屈の男。
「何だろう、今、大分複雑な気分になったんだけど……」
気、気のせいだよ……多分。
それより戦闘が苦手って言ってたけど、ロウさんって、生産職なのかな。そうだとしても、カレンさん以外の生産職に出会ったことがないから、どんなジョブを選んだのかはちょっと想像出来ない。
何の生産職なのだろうか……鍛冶? ちょっと違う。料理人? あ、意外と合ってそう。他は……うん、覚えてすらない。これは本人に直接聞こう。
「ロウさんは生産職?」
「僕ですか? そうですね、薬師を選びました」
薬師は薬草を調合してポーションや他様々な効果のある薬を作り出す職業らしい。というか、そのまんまでした。
ロウさんは何故か照れ隠しをしながら、ぽつぽつと語り始める。
「実は僕、リアルでは医学部で医師を志してまして……だからこのゲームを始めた時、人を助けることをしたくて薬師を選んだんです」
唐突に始まった自分語り。
特に意外でもないけど、やっぱこの人頭は良いみたいだ。この人の性格からしても、医学を学ぶのは真っ当に生きてきた結果なんだろう。そして案の定、わたしよりも歳上でした。
「ゲームとかやってて、リアルの方は大丈夫?」
「え? ああ、勉強のことですか? 確かにそんな理由もあってゲームはあまり出来ませんが、しっかりスケジュール管理してやってるので大丈夫ですよ」
「それは良かった。それで、クエストは今から……?」
「はい、是非やりましょう!」
頬を赤く染めながら同意するロウさんから、何処となく何かを気にしているように感じた。
ところで、さっきからわたしを見て頬を紅く染めるのは何故なのかな……。
ゲームだから普通に病気にかかるはずはないし、そもそも本人が薬師なんだったら熱くらいの状態異常なら自分で治せるだろうから違うか。じゃあ、何故こんなに紅くなって……。
「え、えっと……」
ルナちゃんは自分が蚊帳の外になっていたことに居たたまれなかった様子。身体をもじもじさせる姿は大分可愛らしい。是非とも妹に貰いたいね。
「お兄ちゃんって、戦えますか……?」
「僕? うーん……多少なら戦えると思うけど、シエルさんの方が強いはずだよ」
「シエルお姉ちゃん、強い?」
「他の人の戦闘をあんまり見たことがないんだけど……まあ、そこそこ強い、のかな?」
「本当? シエルお姉ちゃん、凄い!」
言葉をそのまま鵜呑みにしてしまったようで、ルナちゃんが目を輝かせて間に受けちゃった……本当に、多分だよ? 多分。
シークレットボスをソロで倒せたから最低限の実力はあると自負してるけど、もしかしたらβの頃と比べて弱体化してるのかもしれないし、そもそもハルハルが戦ったボスよりゴーレムの方が遥かに弱いのかもしれない。だから正直、ゴーレムを倒しただけじゃ強いかどうかの指標にはならないと思う。
「お姉ちゃんお姉ちゃん、わたしの妹がね、今病気でおねんねしてるの。それを治したいの。だから、一緒に山に採りに行きたくて……」
「一緒に?」
えっと、それはもしかして、ルナちゃんを街の外に連れ出す必要があるってこと? だから星4クエってことなのかな。採取クエストかと思いきやまさかの護衛系だなんて、クエスト名で簡単に分かったなんて言ってたさっきまでのわたしを殴りたい……。
「それは……困りました。それだと僕、あまり役に立てませんね」
一応、弓は持ってるのですがと言いながら小振りの弓を取り出したロウさん。確かこれは【短弓】って武器種で、大量にあった初期武器の中にもそんなのがあったような気がする。よく覚えてないのは、武器種が多すぎていまいち把握しきれないんだよね……。
「そういえば、シエルさんの装備ってそれ、かなり珍しい格好ですね。オーダーメイドですか?」
「あっ……そ、そうだけど」
今まで何も言われなかったからすっかり忘れてたけど、わたしの服は巫女服……って、この流れを何度すればいいんだろう。まさか、もうこの服に慣れちゃった? それくらい、装備がわたしにぴったり合っているってことなんだろうけど。そこら辺も、カレンさんがしっかり調整したんだろうな。流石トッププレイヤー。
「そ、その……なんというか、可愛らしいですね」
「お姉ちゃんの服、可愛いです」
……だから、なんでそこで顔を紅くするの? ついでにルナちゃんまでも囃してきた。
今のは見て見ぬふりをしておこう。素性も知らぬ男と交えるつもりはない。大体、この姿もリアルと違う人がほとんどだろうに、ゲーム内で妄想してたらいつか痛い目見るかもしれないよ。ロウさんは誠実で優しい人だから、あんまりそういうのには引っかからないようにと切に願います。
なんて見当違いなことを考えていると、ロウさんの視線はわたしの服装から、腰に提げてある刀へと移っていた。
「なんというか、その刀? 凄い装備に見えるんですけど」
「まあ、これボスドロップだからね」
「ええ!? し、シエルさん、いつの間にボスを……?」
「……?」
あ、しまった。フィールドボスとは違って、シークレットボスを討伐してもアナウンスが流れないから、今のところボスについて知ってるのはわたしとカレンさん、あとレイクとハルハルだけなんだった。ロウさんなら信頼出来そうだけど、初対面の人相手にいきなり話すのもなんだし……そういや、カレンさんも会ってすぐに結構ポロポロ喋りまくってたんだった……自制しよう。
なお、ルナちゃんには何のことか分かっていない模様。ゲームの世界の住人にはボスなんて概念はないのかな……ないか。
ちなみに杖の方は、武器を2つ装備してるのがバレないように今はショートカットの方に収納してます。ショトカに積めるアイテムは10種までなだけあって、即時出せるってのはやっぱ便利だよね。まあ、入れるのもポーションとエーテルくらいしかないんだけどね。
「ごめん、あんまり人に言えることじゃないから」
「そうですか。まあ、あまり他人から言い寄られるのも嫌ですからね。その気持ち、分かります」
何処か遠い目をして言うロウさんには、説得力が感じられた。ロウさんに何があったんだろう……。
「それにしても凄いですね。シエルさんってトッププレイヤーの方なんでしょうか……」
「お姉ちゃん、凄いの?」
「凄いですよー」
「凄い! お姉ちゃん!」
「凄いしか言ってなくて何が凄いのか分からないんだけど?」
それにしても、ちょっと助けてクエストを受けただけなのに、ルナちゃんにはすっかり懐かれちゃったな……。
「それでルナちゃん、山ってのは南にあるの?」
「……う、うん。山があってね、そこに薬草が生えてるんだって。でもね、そこには山の主が居るから、絶対に近寄っちゃダメだよっておばあちゃんに言われてるの」
それじゃ何で直接? って言いたかったけど、聞いても意味がないんだろな……クエストはもう始まってるわけだし、実質護るのがこのクエストの本質だってことだろうからね。
ただやっぱり気になるのが山の主という言葉。正直、ボスっぽい臭いがする。エリアボスなのか、それともまさかフィールドボスとは言わないよね? 胸騒ぎだけが凄い。
「ロウさん。もしフィールドに出ても、ルナちゃんの近くに居てくれ、なんて言ったら……」
「はい、いいですよ。僕、さっきも言った通り、本当に戦いが苦手なんですよ。特に戦いたいって願望はないので、むしろ僕もルナちゃんを護ってる方がいいです」
「そう……ありがとう。でも、もし何かあったら、ルナちゃんを連れて走って逃げて」
「分かりました。けど、シエルさんも無理は禁物ですよ?」
「無理をしても、街に戻ってきてちょっとのデスペナがかかるだけだけどね」
でも、これでボスに鉢合わせても、ルナちゃんが死ぬ可能性は結構減ったはず。NPCだからと言って、目の前で死ぬのは寝覚めが悪すぎるし、身を張ってでも護らないと。
「じゃ、行こうか。わたしも、そう時間はないから」
「はい!」
「うん!」
行くは初めてのフィールド、南。嬉しそうにしながらも、何処か不安げなルナちゃんの手を引いて、クエストへと向かった。