13. とある路地裏の出来事
ゼノコロゥが時間泥棒なのです……
ログインすると、いつもの広場。
ただ、いつもよりも向けられる視線が遥かに多かった。一体何が……?
「あっ」
やっと思い出した。そういや、装備は巫女服のままでログアウトしたんだった……わたしみたいなのがこんな装備負けな格好をしていたら、誰だって注目するに決まってる。見られた後で装備なんて変えても意味ないし……いや、そもそも変える装備がないんだった。
武器とは違い、ウフフみたいな不慮の事故対策として防具に耐久値は付いていなくて、そのおまけとして防具を別の装備に変えると初期防具がなんと消滅してしまった。
もしそれを知っていたら、絶対何かしらの装備を手に入れるまでは初期装備のままで居たと思う。多分、カレンさんが意図的に隠していたんだろうけど。
目立たないようにプレイするつもりがかえって目立ってしまっているこの状況。明らかに浮いている見た目に対して、不審者のような動きでその場を退散するしかなかった。
行くのはいつもの西通り……ではなく、南の道。後から攻略サイトで調べてみた話だと、東西南北で敵の強さが分かれているらしい。一応、対策していれば最初からどの道でも進めるようにはなっているらしいんだけど、実質的には北が一番敵が弱く、南が一番強いといった話を聞いて、ちょっと気になっていたり……とまあ、そんな成り行きがあるわけで、南を行くことにした。ちなみにわたしがよく行く西は上から2番目。つまり、わたしは南の次に強いフィールドでずっとバッサバッサと無双狩りをしていたということに。
剣で殴ったら吹き飛んだってこれ、聞いた側としては凄いパワーワードだよね……。
今になって考えてみれば、自由が売りのこのゲームにおいて、わたしの行動範囲はとんでもなく狭かった。もはや自分が決めた道しか通らないニートレベルと言っても過言ではないかもしれない。ログインしてから西通りを行き、その途中にあるカレンさんの工房に寄り、西の平原エリアを通って森エリアで狩りをする。全て、寄り道をせずともいいルートとなっていることに気付いた時、わたしは思った。
このままじゃ、ただ機械的に同じ動きを繰り返してるだけに過ぎない、と……。
そういう理由があって、今日は南へと行ってみることにしたわけで、何故南? と問われると、まず北は人が多すぎるという点を指摘する。まだサービス開始して間もないこの時期に最初に行くなら北に行く人が多いと思うから却下。それに、レイクやらハルハルにちょっかいをかけられそうだし。
東もある程度同様で、広場でも2番目に向かう人が多かったから後回し。人目を気にしすぎじゃないか? とか思われるかもしれないけど、今はまだ目立つことなく1人でやりたいわたしとしては、今は出来るだけ人目につきたくはないんだよね。
それでもなお通りがかる人にちらちらと視線を向けられるが、そこまで多くはないからなんとか我慢は出来ていた。
ふと、南通りは路地裏が多いことに気付き、早速好奇心のままに誘われる。昔からわたし、こういう裏道的な場所が好きだったからね。
くねくねと入り組んだ道を進んで行くと、こんな道を通る人は居ないようで、途中から視線も全く感じなくなったのは最大の幸運だった。
これはもえ、マップがなかったら間違いなく迷っていたね。いや、正確にはマップの足跡機能でどの道を通ってきたのかが分かるだけで、実際はもう迷ってるんだけどね……。
それにしても、
「何もないね……」
予想に反して……いや、逆に予想通り? まさに路地裏といった道が続いてるだけで、正直何も特筆して面白いものは見当たらないし、唯一気になったことといえば、ボロボロの服を着たNPCがあちらこちらに居ることくらいか。建造物も老朽化しているものか多いし、もしやここ、スラム?
更に暫く歩き続けても、何も目新しいものは見つからない。もう、元の場所に戻ろうかと思った時、マップに大量のマーカーが表示されているのに気付き、再び好奇心がくすぐられた。
このマップ機能、凄い便利で万が一道に迷った時のための今まで通ってきた道が表示される足跡設定。マップ上にピンを刺して場所を把握しやすくし、またそこまでの道順を表示させることが出来るナビ設定。フィールドではパーティメンバー、街中であればプレイヤーとNPCの位置が表示される表示設定などなど、かなり細かく設定出来るようになってて非常に親切設計になってるのが、このゲームのシステムで最もと言ってもいい程嬉しかった。昔からわたし、よく道に迷ったりしたから……。
そのマップの表示設定によれば、7つの青い点……プレイヤーを表すマーカーと、1つの黄色い点……NPCを表すマーカーが1箇所に固まっているみたい。これは、間違いなくトラブルの予感。
これだけの人数、何かあったとしか思えないし、それに、その中にNPCが混じっているのも気になる。全速力でその場へ駆け付けると、如何にも悪そうな容貌で武器を構える6人のモブ顔プレイヤーが、1人の若い青年プレイヤーと傷ついて倒れている幼女を囲い込んでいた。
最も、青年の方もわたしよりは歳が上だろうけどね!
っていや、そんなことよりもこの6人、もしや噂のブラックプレイヤーとやらなのかな……。
それ以上思考することは許さんとばかりに囲んでいる内の1人が片手斧を振り上げるのを見ると、はっと我に返った。
先に助けないと!
「【風弾】!」
事前に詠唱していたレベル2の【風魔法】を、今にも振り落とさんとする男へと放つ。MPによって生み出された3つの不可視の弾丸が男へと飛んでいきあの男に当たるのが見えた。ただ、街の中であるため、攻撃が命中してもダメージはおろか、びくともしなかった。
けど、これでいい。元々街の中ではPKが出来ないことくらいは分かってた。あいつらがわたしにさえ気付いてくれれば。
目論見通り、いきなり背後から攻撃されたことにより、ピタリと動きが止まり……わたしの方を見た……いざあいつらの視線を向けられると、大分と気持ちが悪く感じた。
「なんだてめえ」
「それはこっちのセリフなんだけど。こんな大人数で寄ってたかって何してるの?」
男達が睨みつけてきたのを、負けじと睨み返してやる。こういう時は、相手に舐められないように怖気付かないようにのが大切だって、怜が言っていたから。
「くそが……まだガキじゃねえか」
「……はい?」
ガキってのは……つまりわたしのこと? 6人の男達の方は、見た感じでは恐らく大人なのだろう。確かに彼らから見ればわたしはガキかもしれない。けどそれ、女の子に向けて言うことかな?
それに……
「ガキって、それどっちの意味?」
まさか、背のことじゃないよね? 小さいとかそういうことじゃないよね? いやいや、そんなはずは……。
「何言ってんだおめえ。チビは黙って……」
「あ、もういいや」
男が言い終える前に、通報する。
『ハイクロ運営です。どうかなされましたか?』
「他者プレイヤーへの迷惑行為を発見しました。南通り、途中の路地裏です」
『了解しました。すぐに確認します……はい、確認出来ました……ああ、酷いですねこれは。過去のモニターにもクエストなどの妨害やハラスメントの形跡がありますし、これは……酷いですね。ひとまず対処させていただきます』
と運営が言った瞬間、
「な、なんだこ……」
光に包まれた男6人は、ログアウトの時と同様のエフェクトを放って消えていった。どうやら、ログアウトさせられたか、何処かに移動させられたようだ。
「ありがとうございます。あの、わたしも攻撃しちゃったんですけど、大丈夫ですか?」
『ま、人を助けるためならばセーフですかね……初めてなので厳重注意で済ませますが、今後は注意してくださいね? 』
ゲーム始まって3日だからその初めてが早すぎると思うんだけど。
「分かりました。ありがとうございます」
『いえいえ、これが仕事ですから。では、より良いゲームライフを』
とGMコールが切れたところで、倒れる女の子の前で何かを躊躇っている青年へと駆け寄る。
「何してるんですか?」
怪訝に思い、尋ねてみる。
「あ、助けていただきありがとうございます。その、この子を運びたいんですけど、僕が触っても大丈夫なのかなと思って……」
「あー……」
つまりこの青年、人としてこの子に触れて変な誤解を受けないかと心配しているのだろう。それはつまり、NPCと知っていてしっかりこの世界の住人として見ていることになる。
何をしてたのかは知らないけど、6人がかりで襲うさっきの男共とは大違いだね。
「じゃあ、わたしが運びますね」
「あ、それでお願いします……えっと」
「ああ、ごめんなさい。鑑定不可にしてたんでした……わたしはシエルです。貴方は?」
「ロウです。よろしくお願いします、シエルさん……あと、敬語や敬称はなしでも大丈夫ですよ」
「ありがとう。こちらこそよろしくね。それで、この子は何処に?」
「……どうしましょう?」
困った表情を浮かべるロウさん。このゲームにはホームという、マイホームを持つことが出来るのだが、生憎わたしは持っていない。というより、まだこのタイミングで持ってる人なんて居ないんじゃないかな。自分の家なだけあって、かなり金はかかるみたいだし。そもそもこの始まりの街で不動産みたいな店自体を見かけないので、2つ目かそれ以上先の街に行く必要がある可能性も存在する。
と行き場に迷っていると、意識を失っていた女の子が少し唸りながら、目を開いた。目を覚ましたようだ。
結局ロウさんの覚悟は無駄になったようだ。まあ、とりあえず何事もなく目を覚ましたのは何よりだね。
「わ、私……」
「大丈夫?」
「……っ!」
普通に話しかけただけなのに、何故か怖がられてしまった。解せぬ。
「ごめん、僕に任せて……ねえ、大丈夫だったかい?」
「あ……さっきのお兄ちゃん」
「そうそう。この人が助けてくれたんだよ?」
「お、お姉ちゃんが……?」
ロウさんの告白に、たじろぐ女の子。自分で言うのは癪だけど、わたしの見た目、中学生か最悪小学生にも見えるらしいから、わたしがあの凶悪そうな6人衆から助けたって言われても信じられないよね。
それにしてもこの子、本当に仕草が人間っぽいなぁ。中で人が演じてるって言われても、納得出来るかもしれない。ただ、流石にゲーム内全体の人口を考えるとそれも有り得ないか。如何にこのゲームに使われている技術が凄いのかが分かるね。
「え、えっと……助けてもらって、ありがとうございます」
「んーと、敬語じゃなくてもいいんだよ? それに、そこまで気を遣わないでくれていいから。あんまり硬いとわたしもあなたも逆に疲れちゃうからね。ほら、これ。」
まだ困惑している女の子へと初心者用ポーションを渡す。ごめんね、わたし、まだこのポーションしか持ってないから、それだと全快しないかもしれないけど出来れば許してね。
とはいえ、これで初心者用ポーションも残り1つになってしまった。後で買い溜める必要があるか。
「ルナ、だけど……いいの?」
「ルナちゃんね。わたしシエル。手当しないわけにはいかないでしょ? だから、それはあげる」
何度も視線をわたしとポーションへと移し続ける女の子に、出来うる限りの笑顔で首肯してみせる。
代わりに高い金額を請求するとか、恩を売って後々恩返しをしてもらうとかは考えていないからはこは安心してほしい。
女の子はポーションのびんの蓋を開けた後、何のためらいもなく飲み干した。彼女の身体の傷が、みるみると癒えていく。
そして完治したらしい女の子は、今一番の笑顔を浮かべた。
「ありがとう、お姉ちゃん!」
「……あ、う、うん」
一瞬、子供の眩いばかりの笑顔に見惚れ放心してしまっていたが、なんとか我を取り戻すことが出来た。同時に、超子供に弱い割に不器用なレイクと、子供が過剰なくらい好きすぎるハルハルには出来るだけ会わせないよつにしないと、と心で固く誓う。
「ねえねえ、お姉ちゃん。お姉ちゃんって、強いの?」
「え? うーん、どうなんだろう。まあ、魔物退治なら結構やってるかな?」
「凄い! じゃあ、お姉ちゃん。ちょっとだけ助けて欲しいんだけど……だめ?」
頭の中に、ポーンという効果音が流される。それの意味することを、わたしは理解した。
『星4クエスト【異変の山の薬草探し】が発生しました。受諾しますか?』
宙に表示されたログに、わたしは迷うことになった。