11. 派生進化と新装備
本日2話目です
メニューを操作し、技能の欄を開く。
『【マナショック】を【マナショックSP】に進化させることが出来ます:必要ポイント5』
予想していた通り、進化させることが出来るようになったのは【マナショック】だった。ただ、名前も変わって新しい技能になるのかと思ったなら、名前の最後にSPと追加されるだけのようだった。
それにしても、技能ポイント思ってたより使うな……新しい技能なんて取らずに、保留にしておいてよかった。
「SP……」
「シエルさんシエルさん、何か悩んでいるようだけど、メニューを開いてるのかい?」
……何か期待のこもった目で見られてるような気がする。ただの派生進化だよ? めぼしいものはないからね?
「ただの派生進化だよ」
「もう派生進化なんだねぇ。攻略組の人達ももうレベル20だけど、シエルさんはソロの中では凄く早いね。で、何が派生進化出来るようになったの?」
「【マナショック】」
「例のアレか……」
例のアレって……言い方は悪いけど、例のブツみたいな変な言い方はやめて欲しい。何故かカレンさんが遠い目をしてるけど、結構優秀な技能なんだから。
それよりもう攻略組はレベル20なのか。今の時間は……もう17時? うわ、てことはあの森にかなりの時間こもってたことになるよね。明日から学校もあるし……今はその話は置いておこう。
確か、二次職への昇格がそのレベルだったよね。攻略組は見たことがないけど、もう昇格は済ませたんだろうな。
「そういえばカレンさんって、レベルいくつなんですか?」
「ボク? 今は11だよ」
「嘘っ!?」
あれだけ魔物狩りをしたのに、生産職のカレンさんに迫られるくらい高いなんて……とショックを受けていると、苦笑を浮かべたカレンさんに肩を叩かれた。
「まあまあ。何か勘違いしてるかもしれないけど。生産行動でも経験値は貰えるからね?」
「それは初耳だった」
攻略サイトを覗いた時は生産職のページは見ていなかったから、完全な勉強不足だった。生産職になるつもりも生産行動をする予定は今までもこれからもないので特に困ることはないが。
「まあ、今のシエルさんには関係ないことだからあんまり気にしない方がいいよ。ボク、これでもいつも奥の工房で立てこもってるくらいだからね」
言われてみれば、カレンさんがログアウトしてるところを見たことがない。工房に寄る前には一応カレンさんにはダイレクトで行くことを伝えはしてるけど、その際、フレンド欄でカレンさんの名前がログアウトしていることを示したことは、1度もなかった。まだ2日目だからスタートダッシュのためにひたすらやり込んでるのかな? まさか、デフォルトってわけではないだろう……違うよね?
「まあ、ボクからは詳しいことは聞くつもりはないよ。シエルさん特有のビルドで苦労して派生させたわけだし。気にはなるけどね」
「いや、いいよ。大した効果じゃないし」
大した効果ではない。これはまあ、そう言える。正直言って、ネタ効果に近かった。
「派生進化先の名前は【マナショックSP】」
「SP? 聞いたことがないけど、新しく出たか、もしくは固有の進化なのかな?」
カレンさんが知らないとなると、本当に固有の進化である可能性が高い。なんだかんだ言ってカレンさんには結構世話になったから、こういう新情報だけでも返すのは易い。
「カレンさんが知らないのなら、そうなのかな? 効果が今まで武器からしか使えなかった制限が解除されて、身体の一部であれば何処からでも使えるようになるってものなんですけど」
「それはまた……反動は残ってるんだよね? 使いにくくないかい?」
カレンさんの表情は、非常に微妙なものに変化した。用途を考えているのだろう。ちなみに、わたしはもう既に考えてある。
「ちなみに、シエルさんは使い方はもう考えたのかな?」
「うん……でも、今は秘密かな。見てのお楽しみにしたいから」
そう言って、口に人差し指を当てて微笑んで見せる。なるほど、とカレンさんは笑いながら、それ以上は追求してこなかった。
「で結局、その【マナショックSP】ってやつ? 取るってことだよね?」
「もちろん。だって、楽しそうだし」
もしわたしが考えていることが出来れば、このスキル一つでかなりの戦略の幅が広がる。カレンさんとはいえ、むざむざ教える必要もない。知ったとしても、取ろうとすら思わないだろうけども。
「まあ使い方は置いといて、やっぱシエルさんは面白いね。まだ2日目だというのに、どれだけ驚かせるつもりだい? 特に、ユニークウェポンなんて見せられた時には腰が抜けそうになったよ」
「自分じゃあんまり実感が湧かないんだけどね。でも、それだけでカレンさんが楽しめてるのならお安い御用だよ」
「ふふ、嬉しいことを言ってくれるね。そんなキミに……これ!」
嬉しそうに微笑みながら、カレンさんが取り出したのは……和服? いや、これは……。
「巫女服?」
「ザッツライト! これが、シエルさんに貰った狼の素材とちょっとした伝手で手に入ったレアな素材を使って本気で作った、渾身の力作だよ!」
通常は緋袴であるはずだが、カレンさんに渡されたのは蒼い袴。また、小袖の上から羽織るためか、ところどころ花柄が刺繍された千早もセットで着いてきた。というか、装備的には小袖と千早で1セットになっているようだ。
何故巫女服……あ、刀だからか。これ、デザインとかで苦情が来たりはしないよね……? いや、それよりもわたし、狼の素材で作ってって言ったはずなんだけど。
「レアな素材って……悪いよ、そんな大切なもの。だってわたし、狼の素材以外の分の対価は払ってないんだよ?」
「シエルさん……シークレットクエストと貴重な死にスキルの派生進化先の内の1つ。これがどれだけの価値を持つか、分かってる?」
とか言われても、両方とも偶然だったし、あのボスと戦ってる時は必死だったから他のことを考える余裕がなかったから、ちょっとよく分からない。
「まず、シークレットクエストの報酬。もしさっきの推測が当たっていれば、自分専用のオリジナル武器を入手出来るも同然ってことだよ? これ、前情報としてちらつかせるだけでも数十万ルナ出す人だって居ると思うよ」
「そ、そんなに?」
自分では膨大な時間をかけないと届きそうもないくらいの金額を簡単に出す人が居るかもしれないと聞いて、目を丸くする。そこまで言われると、確かにやばい。今になって、ようやく情報の重大さを理解させられた。
「そもそも、βではシークレットクエストは勝てないものだと思われてたんだよ。その考えが、突然覆された。もし公表すれば、シークレットクエスト専用で攻略に乗り出す人も現れるだろう」
「そ、それは……」
あまりにも大きすぎる規模に、わたしは何も言うことが出来ない。だって、カレンさんが言っていることは、人目なんて気にせず気軽にぺらぺらと話したことなんだから。幸いというべきか不幸というべきか、ゲーム内で気軽に話が出来る相手がレイクやハルハル、カレンさんくらいしか居ないので、今のところカレンさん以外には誰にも喋ってはいない。
グストさん? あの人、フレンドになってからまだ一度も会ってないんだよね……多分、今頃攻略に身を乗り出してるんだろうけど。
「やっと、自分が持っている情報の大きさが分かったみたいだね。これらの情報は君の大きなアドバンテージなんだから、これからは、そうほいほいと口を滑らせちゃ駄目だよ? もしうっかり誰かに聞かれでもしたら、人の口には戸が立てられないんだから、一瞬で広がるから、最悪シエルさんのゲームプレイに支障が出るくらいの囲い込みに遭う可能性だってあったんだから」
「よく分かった……いえ、分かりました。教えてくれてありがとうございます」
情報の独占にはそこまで興味はないんだけど、ゲームプレイに支障を来すのであれば話は別。自適悠々にプレイを主軸にやっていこうと思ってたのに、こぞってわたしを引っ張りだこになったら動きが制限されてしまう。カレンさんの忠告に、並々ならぬ感謝を覚えて、深く頭を下げた。
「だから敬語は……いや、それよりも、これを着てくれたらいいんだよ、ね?」
もしかしたら今までにないくらい……いや、断言しよう。今までに見たことのないような満面の笑みで巫女服を広げてみせるカレンさん。細かいところまで刺繍の施された完成された出来の巫女服は、とても鍛冶師が作ったものだとは思えない。案外、カレンさんはファッションデザイナーか、元より裁縫を趣味としているのかもしれない……結構ありそうだ。
わたしは少し躊躇いながらも、トレード申請を受けて巫女服を受け取った。着替える前に、一度インベントリから引き出してみる。受け取ったのはいいけど、わたしにこういう服が似合うとは思えない。昔から女のくせにぶっきらぼうな奴だなんて言われてきたわたしに、本当に着こなせるのかな。
けど何より、現実で着ないような服を着るのが恥ずかしかった。
「さあ、さあ、早く!」
「な、なんかコスプレみたいで抵抗が……」
「そんなこと言われても、そもそもこの世界の装備自体コスプレみたいなものだし……それに、巫女服ならまだ着物とそう変わらないでしょ?」
確かにそうだけど。でも、やっぱりそれは皆周りでは似たような服を着てるから目立たないし。巫女服なんて着て街の中を歩いてたら、絶対に浮いてしまう。
羞恥と、カレンさんに作ってもらったことの恩や新装備の性能を天秤にかけた結果……やむなく装備することにした。
わたしには、装備を頼んでおいて結果死蔵なんてカレンさんを馬鹿にするような行為は出来なかった。
その場でメニューから装備の画面を開いて……装備を一気に変更すると、わたしの身体に光が走って、初期装備から巫女服へと変化する。知り合いからもチビと揶揄されるわたしが巫女服を着てしまうと、傍から見ればコスプレしている子供としか思えないだろう。ただでさえ学年一と噂されるくらいに背が小さいのだから、あまり子供っぽいところは見せないようにしないと。
同時に、巫女服の性能確認。
『平原の巫女シリーズ。レア度(平均) 2。防御力(合計) 15。能力値上昇 AGI(微)、VIT(微)、DEX(微)』
特筆すべき性能はないけれど、今のわたしにはぴったりな性能。鎧と比べるとやはり防御力は大分低いらしいけど、初期装備なんて、能力値は一切なし、防御力も合計3だからね? むしろ、今までの紙防御でやってきたのを考えると、一気に死ぬ気がしなくなったくらいに思えてくる。靴も草履になったのだが、特に窮屈だとは思わないし、動きにくくなったなんてこともない。むしろなんとなく動きやすくなったような気さえするくらいだ。カレンさんの腕がいいのか、はたまたゲームシステムによる補正のせいなのか……。
とまあ、巫女服の性能はこんな感じだった。ちょっと子供っぽく見えるところに目を瞑れば、だいぶ強力な装備と言える。
「おお!」
逆に、カレンさんは子供のように目を輝かせながら、全体を眺めるようにわたしの周りを歩き回っている。
「や、やっぱりちょっと七五三みたいで恥ずかしいかな……」
「シエルさん、七五三って年齢じゃないし、そもそも七五三は振袖だよ……ああ、それとその髪も長いから、ボクが簪を挿してあげるからちょっと後ろ向いてくれる? あ、この簪にもちゃんと効果はついてるからセット装備登録しておいてね」
軽口を叩きながらも、鼻唄を歌いながらわたしの髪の毛を結うカレンさん。その後もふむふむとわたしの腕を持ち上げたり、丈が長くないか、幅があってないかなど、ゲームの中なのでシステム的に装備は本人の体格に合わせられるはずなのに、妙な拘りを見せている。カレンさんが女だったからよかったものの、男だったら明らかにアウトだった。
それからひとしきりわたしをいじくりまわし、最終的にはやりきったといった満足げな表情で、親指を立てて「グッジョブ」と言い切った。
……何がグッジョブなの?
「やはりボクの見立ては間違ってなかったみたいだね。今のシエルさんは、外に出しても恥ずかしくないくらいにびしょ……美人に見えるよ!」
「今美少女って言おうとしたよね?」
口を滑らしそうになったカレンさんを睨みつけてやると、ふいと目を背けられた。
その後、何故か杖を壊したことにバレた(【分析】を使ったらしい)ようで以前使っていた杖より攻撃力が5だけ高い強化アイアンロッドを受け取ると、わたしは時間が迫ってきていることに気付き、仕方なくカレンさんへの仕返しは諦めることに。
気分転換に現実なら絶滅するんじゃないかと懸念する程に森で暴れまわり、ある程度すっきりした気分でログアウトした。なお、レベルは13に、【一刀流】はLv10になりました。
今は時間にして19時。怜や悠達はまだログインしていることくらいは容易に想像できる。ただわたしは、家の家事も晩まで家に居ない母に変わって担当しているので、サボるわけにもいかない。それに明日には学校もあるので、あまり遅くまでゲームをやっているわけにもいかないだろう。今のわたしの担当は食事当番、他エトセトラ。
よし、今日はハンバーグを作ろう。確か、お母さんに頼んでおいた卵が……あれ?
「お母さーん。頼んでおいた卵はー?」
「あっ……!」
わたしの間延びするような問いかけに、何かに気付いたように慌て始める母、桜木真里亜。聖母みたいな名前だが、実際はおっちょこちょいで不器用だったりする。今も、どうやら卵を買い忘れたから焦っているようだ。ただ、その温和な性格による包容力や配慮の的確さ、更にその裏にある強かさは決して名前負けしていない。
仕方ないなぁ、とばかりに溜め息を吐き、慌てふためくお母さんを宥める。わたし自身も買い物を頼んだ身なので、怒れる立場ではない。
「わたしが代わりに買ってくるから、お母さんは家でゆっくりしてて」
「う、うん……えと、ごめんね、紫江」
済まなそうに謝るお母さんに、一瞬だけ昔のことを思い出したが、すぐに頭を振って霧散させると、買い物へと出かけた。
名前:シエル Lv13
職業:メイジ(1次職)
スキル:【一刀流Lv10】【風魔法Lv2】【杖術Lv7】【マナショックSP Lv1】【烈斬-】
装備:龍刀ミカヅキ、平原の巫女の白蒼小袖と千早、平原の巫女の蒼袴、平原の巫女の草履、平原の巫女の花簪