撤退、戦姫シャナルディア・オルベリアス
魔獣の咆哮が響いた瞬間に強烈な頭痛に襲われ、わらわは魔獣から飛びのき膝をつく。
前方ではなぜか同士討ちが始まっている。何が起こった・・
冷静な部分がわらわに告げる。
「動ける者は撤退、わらわは動けぬ見捨てよ!」
その時ヒデヒサが駆け抜け魔獣を蹴り飛ばし騎士たちから引き離した。
それと同時に帝国騎士が意識をなくして倒れる。
「撤退だ!」
後衛の騎士の声に王国騎士たちが、わらわ達を抱えて走り出す。
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わらわ達はヒデヒサ様が魔獣を抑えている間に撤退した。
レギアル以外の帝国騎士はいまだに目を覚ましていない。
「オルベリアスさん、俺を頼ってほしい。呼んでくれればいつでも俺が助ける・・だからあんなことは言わないほしい。」
「何のことじゃ?」
「あなたが、“自分を見捨てろ”と言ったことです。」
ヒデヒサ様は悲しそうな目をして、わらわを見つめていた。
「戦場とは無常なもので一瞬の判断で生と死が分かれる時がある。指揮官はその時に間違えてはいけない。」
ヒデヒサ様はいろいろなものを飲み込み口を開いた。
「俺は貴女に考えを変えろとは言わない。だけど、そんなことは二度と言わせない。そんな状況にならないように、俺が守り抜いてみせる。これからも傍に居させてはもらえないだろうか。」
「うひゃー!」
わらわとヒデヒサ様は同時に声の主をみた。
「あ、おかまいなく、どうぞどうぞ続きをなさってくださいませ。わたくしのことは、その辺の森の木だとでも思ってくださいな。」
そこには、真っ赤な顔をして鼻を押さえているリィーナがいた。
「そなたいつからいたのじゃ。」
わらわが問いかけると、リィーナはすばやく木の陰に隠れる。
リィーナのおかげで、まるで求婚されているような雰囲気は回避できたがどうしたものか。
「リィーナ、出てきてくれ。先ほどの件と今後の話をしよう。」
呼びかけると、もじもじしながらでてきた。
「ミズモリ様の“先ほどの”求婚の言葉にわたくし感激しましたわ。お金にむずかしくお考えかもしれませんが、ご安心くださいませ。森で暮らしてらしたのなら、魔獣の牙や皮などをお持ちなのでしょう。それらをこちらで買取させていただければ、お金のご心配など必要ありませんわ。」
「シャナ様、“今後の”ご婚約などで必要な、婚約指輪やドレスは、是非ともわが商会にお任せください。最高級のお品を、低く用意させていただきますわ。」
「「いや・・」」
「奥方様、お二人が困っておられます。少し落ち着かれてください。」
「あら、ガーベラに3号、今ね大切なところなのよ。「奥方様、深呼吸です。」」
「「・・・」」
「ありがとうガーベラ、落ち着いたわ。」
「すまぬなリィーナ、何か勘違いをさせたようだ。先ほどの魔獣と明日の行動について話をしよう。」
リィーナは令嬢らしからぬ顔を改めて、わらわに向き直った。
「だれか騎士達に何が起こったのかわかるか?」
「ごめん、俺にはわからない。」
「シャナ様、わたくしたちの推測では、魔獣が咆哮した時に一瞬だけざわざわした感覚が襲ってきましたけど、すぐに最高神のご加護に包まれました。魔獣が人の精神に干渉して操ろうとしていたのだと思いますの。わたくしたちは、全員が早朝に最高神のご加護を祈っていたので、操られた者がいなかったのだと思いますわ。」
「今からわらわ達にも加護を祈れるか?」
「先ほど無理に加護を祈ったため今日明日は最高神に祈りを届けることができませんの」
戦闘中に剣に加護を祈ったことが、ここまで負担になっておったのか。
「わかった、今後の方針なのだが、まず最初に言っておこう。・・・・・・わらわ達を置いていっても恨まぬ。」
その言葉にヒデヒサはさびしい目を、リィーナは首を横に振った。
「あの魔獣に現状で対抗できるのはミズモリ様だけですの。我々だけで移動するほうが困難なのですわ。」
そう言って微笑んだ。
そんなわけはなかろうに・・
「そなたらには、ここがどのあたりかわかるか?」
「3号、説明してくださる。」
「俺のカンではここから東に三四日でオルベリアス帝国に、西に一日で松平王国に出られます。」
「3号のカンは今まではずれたことがございませんのよ。」
リィーナは自信ありげに笑った。
三四日か、先ほどの戦闘で食料の大半を捨てて撤退した。選択肢がないな・・
「よし、明日は松平に行くとしようぞ。なに、心配する必要など無い、魔獣の森付近におる貴族は大抵信用できる。」
「わかりましたわ、わたくしたちに異論はございません。移動の方法はこちらにお任せくださいませ。」
「お願いする。こちらの騎士は動けないと考えてほしい。」
任せると伝えるとリィーナは一礼して自国の騎士のところに戻っていく。
しまった、またヒデヒサ様と二人きりになってしまった。
「そんな顔をしないでください。今は優秀な護衛くらいに考えてください。俺はいつまでも待ちますから・・・おやすみなさい。」
そう言うと、わらわの返答を待たずに立ち去った。
独り考えをめぐらす。静かな夜だ、少しはなれたところで騎士が不寝番をしている。
ヒデヒサ様の求婚は真剣なものだった。わらわの一存で決められないのだから答えを返さないことはしかたがない。
そもそも、結婚ということに関して今まで考えたことがなかった。
皇帝は宮殿に引きこもり、すべてを放棄している。今帝国で力を持っているのは皇后とその子供である皇子だ。二人は妾の子である、わらわを嫌っている。そんなわらわに求婚する勇者は今まで現れなかった。
求婚されたことは個人としては少しうれしい気持ちはある。
それと魔獣からわらわ達を守った姿は凛々しかった。
初めて現れた、わらわより圧倒的に強い男に心惹かれるところがある。
わらわは何を考えている。急に恥ずかしくなり、考えるのをやめて無理やり眠りについた。