戦姫シャナルディア・オルベリアス
作中に使われている一人称「わらわ」について
今後の展開で誰が喋っているか分からなくなりそうなので、使用しています。
異世界では「わたくし」と同じ意味であると解釈してください。
「馬鹿皇太子が!」
オルベリアス帝国第一皇女シャナルディアは、いらだっていた。
「なぜこんなになるまで放置していたのだ。」
皇太子が忙しいとの理由でシャナルディアに魔獣討伐を命じたのが今朝で、今は魔獣の森を警戒している三つの砦からの報告書に目を通していた。
「シャナルディア様、報告書をまとめると、元々定数割れしていたところに大規模な魔獣の来襲があり負傷者多数、現状での維持は困難と見積もられます。」
「レギアル、明日の朝に出陣すると第二騎士団に伝えよ。あと、緊急時の防衛規則に従い出兵するように周辺貴族に伝令を出せ。」
直属騎士に命令を出し、深くため息をつく。
現在の帝国では、病床の皇帝に代わり皇太子が内政と軍事を皇女が外交を担当していた。
戦いに行きたくない皇太子は魔獣の進行を放置していたが、最悪の事態になる一歩手前で皇女に丸投げしてきたのである。
「ガイス、ミーツ王国から来る使者の歓迎の宴について、念をおしておく必要がある。半時後に担当部署の長を会議室に呼び出せ。」
一月後に貿易交渉のためにやって来る使者を迎える予定であったが、責任者である、わらわが参加できないため、皇太子派の各部の長を脅しておく必要がある。
先年もヴィサス王国の使者と皇太子派の貴族がもめて火消しに苦労した。
できれば、わらわは残りたいが砦の防衛線が崩壊すると帝国北西部に多大な被害が出るため、一人でも多くの騎士を連れて出陣する必要がある。
短い時間で側近たちと対処方法を検討した。
「ベルム、会議室に向かう供をせよ。」
「ほかの者はどうした、なぜ来ぬのか?」
四人居るはずの担当部署の長が一人しか居ないことを問う。
「申し訳ございません。他の者は皇太子殿下の勅命で動いておりこちらに来ることができません。お許しください。」
それっぽい理由をつけてはいるが本当の理由はわかっている。
皇族とはいえ妾の子である第一皇女の立場は弱い。
あえて無視したのだろう、そして中立派の彼だけがやってきたのだ。
その後、歓迎の宴の事でも交渉内容の事でもなく、皇太子がやらかしそうな失敗について協議した。
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「たったこれだけなのか・・」
騎士団の定員は百名のはずである。
シャナルディアは第二騎士団の騎士たちを見ながら呟いた。
眼前には皇女の直属騎士三十名と第二騎士団五十名が整列していた。
老齢の騎士団長が一歩前へ出て報告する。
「第二騎士団、皇太子より出陣を免除されたものを除き精鋭五十名、いつでも出陣できます。」
つまり、皇太子派の貴族は戦いから逃げたのである。
「この戦いは厳しいものとなる。真に戦える者の以外は邪魔でしかない。騎乗」
シャナルディアと精鋭八十名は帝国北西部の砦へと出陣した。
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シャナルディアは砦まで通常五日の日程を自ら騎乗して三日で駆け抜けた。
そして周辺を荒らしている数百の魔獣を殲滅し、各砦を転戦した。
出陣から二十日経ち精鋭は二十七名しか残っていない。多くの者が負傷により戦列を離れた。
これほどの被害が出たのは、各砦に来るはずであった皇太子派の貴族が来なかったためだ。
そんな状況の中、帝都に送った増援要請の返書を見たシャナルディアは心の中で激怒した。
騎士の増援や奮戦した騎士への労いについては一切触れておらず、損害への叱責と帰還後の責任について書かれていた。
「皇女殿下、増援はいつごろ到着の予定でしょうか?」
会議に集まっている貴族を代表しオルマイヤー侯爵が発言した。
「増援は来ぬ。」
会議に集まっていた者たちに激震が走る。
「うろたえるでない!臆病者が来ても子守に手間がかかるだけだ。わらわは、真の帝国貴族たるそなたらの力を信じておる。」
動揺は一応収まったが、増援が無い状態では会議の主題である原因調査に避ける戦力は少なく、わらわが直属の騎士とともに森にはいることに決めた。
「レギアル、森に連れて行ける者は何名だ。」
会議の後に最古参である騎士に問いかける。
「私の他に五名です。」
「その者たちには休息を取らせよ、明後日森に入る。」
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オルマイヤー侯爵らに見送られて砦を出発してから三日経った、わらわ達は大量の魔獣が通過した痕跡をたどって森の中を進んでいる。
「殿下」
レギアルが歩みを止め、周囲を警戒する。
「何かに見られています。」
緊張が高まったそのとき、突然毛むくじゃらの魔獣が現れた。
前衛のガイスとベルムが即座に反応し切り伏せた・・はずだった。
剣戟は魔獣の体毛に阻まれている。
二人が後ろに跳躍するのと入れ替わりにレギアルが魔力攻撃を放って突進する。
魔獣は魔力弾を回避し、おもむろに森の木をつかみ投げつけてきた。
普通に生えている木を片手で抜いて投げるなどありえないことだ。
常識外の攻撃にレギアルもいったん距離をとる。
「半包囲、魔力攻撃」
わらわの声に全員が無言で応じた。その時・・
「怪しいものではない。話がしたい。」
突如魔獣が人の言葉で喋った。
魔獣が人語を解するのか・・
「そなたは何者か?」
「俺か、俺は水森久秀、この森に住んでいる。」
そう言って頭の部分の毛をどけて顔を見せる。
松平王国の武士は魔獣の森に篭ってムシャシュギョウを行うことがあると言うが・・・
「わらわはオルベリアス帝国第一皇女シャナルディア・オルベリアス、そなたは松平王国の武士か?」
「ん・・いや、俺は異世界から来て、この森に引きこもっている、ただのニートですよ。」
ニートとは何だ、それより異世界から来ただと、それは松平王国の始祖が居た伝説の世界か・・・
「異世界から来たと証明できるか?」
この問いに対して、腕から何かをはずして投げた。
わらわに向かって投げられたそれを、レギアルが横から手を出してつかんだ。
「危険物ではないようですが、この大きさに対して重すぎます。このような金属は見たことがありません。」
そういいながら見せられた物は、金属とガラスで作られた精巧な腕輪で、ガラスの内側には小さな棒が三本あり、その一本は絶えず動いている。
「確かにこれは見たことが無いものだな。」
この未知の魔術具もだが、異世界の者は素手で岩を砕き、その体は剣を弾くと言う。確かに伝説のとおりだ。
わらわが頷くと、レギアルは腕輪を投げ返した。
「ヒサヒデ様が異世界の者であることはわかった。話とは何か?」
伝説の化け物のような存在だ。慎重に対応する必要がある。
「お嬢さん、一目ぼれです。付き合ってください!」
こいつは何を言っている。全員がそんな思いで彼を見た。
いや待て、彼は異世界の者だ、言葉の意味が異なっているかも知れん。先ほどもニートという未知の言葉を発した。きっとそうに違いない。
「ヒサヒデ様、ヒトメボレとツキアウという言葉の意味がわからない。噛み砕いて教えてほしい。」
「そうなの・・」
彼はずいぶんと思案した後に「結婚してください!」と答えた。
えーー!まて落ち着け、わらわは第一皇女だ、結婚の申し込みは陛下の許可を、いやそんな話ではない・・・
わらわは顔を真っ赤にして混乱している。この手の話には免疫が無いのだ。
混乱している、わらわに代わってレギアルが答える。
「この場での即答はいたしかねます。皇帝陛下のご判断を仰がねばなりません。」
おい待て、なぜまじめに答えている。確かに異世界の者の血が入れば、この力が子孫に受け継がれる。前向きに検討せねばならんのか・・
「さすがに即答してもらえるとは思ってはいません。この辺りは俺の縄張りだから、道案内として同行したい。」
わらわは、いまだ混乱から回復できない。
「同行の件は皇女殿下と相談した後に回答します。その前に、最近魔獣が森の外に大量に移動している事について何かご存知ではありませんか?」
「ああ、あのでかい獣のせいかもしれない。」
その言葉で、わらわの混乱は収まった。
「そなた、その獣のいる場所を知っているのか?」
「案内できるけど・・案内したくない。」
「なぜじゃ、案内してくれるのであれば同行を認めるぞ。」
「俺も手に負えない危険な獣なんだ。そんなところに君を連れて行きたくない。」
そう言って渋る彼を何とか説得し、獣のところへ向かうため前進を再開した。
しばらく進み、今は食事と休息をしている。
彼は少し先の様子を見てくると言って、わらわ達から離れた。
「皇女殿下、彼を信用しすぎるのは危険ではありませんか。」
「ガイス、そのようなこと気にしても、せんなきことよ。彼にその気があれば、我らはすでに死んでおる。」
「皇女殿下は、我らでは彼に勝てないと思われますか!」
「勝てぬだろうな、魔力をこめた剣を持っているのは、わらわとレギアルだけじゃ。森の中では勝負にならぬ。」
普通の剣では彼を傷つけられなかった。これで勝てると思うほうがおかしいのだ。
レギアルだけは、わらわと同じ考えのようだ。
他の騎士たちは悔しそうな表情を浮かべる。
「この先に鎧を着た者が数人いたけどお仲間ですか?」
いつ戻ってきていたのか、木の上にいる彼が問いかけてくる。
我らの仲間はこれで全員である。あの馬鹿皇太子が独自に騎士を派遣しているわけもない。おそらく他国の騎士であろう。
「皇女殿下、どうされますか。松平王国の者であれば話しもできましょうが、ローズマイヤー王国の者であった場合は戦いになる可能性もございます。」
「このような奥地まで来る剛の者たちだ。戦いにはならんだろう。ヒサヒデ様、案内をおねがいする。」