『Sky』
そこから暫くの間、桐野はずっと勧誘してきていた。
そう日にちの感覚が消えるくらいには。
「今日の体育は明日の体育祭の予行練習にしろー。ケガだけはするなよー」
いつのまにか体育祭は明日に迫っていた。
「なんてこった…。俺はあれから一体何をしてたんだ…」
ただただ桐野に話しかけられ、それを断り。
家へ帰りぼーっと考え込む。
そしていつものように音楽に触れ、日常的なことを行い。
そしてまた日が来る。
ひたすらにそれを繰り返したのか。
なんて無駄なんだろう…。
俺、桐野、榊、桃山、椎名の五人は集まって…練習はしなかった。
リレーなんて走るだけだからである。
ちなみに走る順番は
桐野
桃山
榊
俺
椎名
である。
前回、話し合いをしたつもりだが、全く決まっていなかったのだ。
今決まったことである。
一応作戦、というものがある。
なるべく中盤で差をつけようと言うのだ。
桐野は鈍臭く、バトンを落としそうなので受け取る必要のない一番目。
桃山に合わせてもらい、榊へと渡る。
榊はとりあえず差をつけたり、詰めたりしてもらう。
俺も同じく。
椎名はそのアドバンテージを活かしてゴールへ。
という感じだ。
そこまで決まればすることはもう無いので俺は壁にもたれてぼーっとしていると軽音組がやってきた。
いつもの四人だ。が、今回は泉もついてきている。
「ねぇ、昴くん。どうしてもダメなの?入ってくれるだけでもダメなのかなぁ?…どうしても歌いたいんだ、私」
桐野は今までになく真剣な表情をして話しかけてきた。
「歌う方法ならいくらでもあるだろ」
別に部活として活動しなくてもいいのだ。
路上ライブも出来るだろうし、今はネットもある。
「…違うの。私はみんなに届けたいの。私の歌を。大好きな歌を。それだけじゃない。歌に力があることを伝えたいの」
「…」
かつて同じことを考えた奴が居た。
言ってることも似ている。
今、そいつは…歌わない。いや、歌えない。
「なあ、昴。良いんじゃないかな。そこまで悩まなくて」
泉がそう言ってきた。
「俺はお前のことを良く知ってる。お前は歌が大好きだ。歌うのも聞くのも奏でるのも。そして…大好きな…ユニットが活動をやめると同時に歌わなくなった。知ってるさ。だけどさ」
何を言おうとしているのだろうか。
「そろそろ、一歩踏み出す時じゃないか?今回の件、良いきっかけになると思う。それが後ろへの一歩だろうと、前へと進む一歩だろうと。変わらない考えや想いから止まるだけよりはよっぽど良いと思うぜ、俺は」
何も、言えなかった。
泉は、全て知ってる。
見てきていたから。
言い訳も出来ない。言い逃れも出来ない。
目を背けることを今まで許してくれていたのかもしれない。
向き合わなければならないのだろうか。
投げ出したことが今、俺に返ってきている。
「お願いします」
桐野だけでなく、みんなが頭を下げる。
泉は笑顔で見ている。
もう、答えは知ってると言いたげに。
この日をきっかけに俺は軽音部のメンバーとなる。
長い付き合いになる。そんな予感がした。
三日。
あれから過ぎた時間だ。
体育祭、というにはあまりにも馬鹿騒ぎなイベントを終わらせ本日は月曜日だ。
芸能人を呼んだりする、というのは尾ひれが付いていたようだ。
だが生徒会を筆頭にお祭り騒ぎをしたのは間違いない。件の副会長がみんなを煽り立てているシーンを見かけた。
ちなみにリレーは八組中三位という無難な結果で終わった。感想をいうならば、走り終わってから五人で笑いあって
「充分充分!」
と言い合ったことくらいだ。
あの日、軽音部に入ることを決めてからまずしたのは部活申請だ。
桐野が部長、桃山が副部長とし活動内容はバンドのように活動すること。
みんなが楽しく聞いてくれるような音楽を作る、というのが目標だ。
そして今日から活動が始まる。
それに当たり、俺は学校のイベントについて調べた。
一番近いのは夏学祭。
あと二ヶ月ほどしかないが、なんとか二曲程は仕上げたい。というところだ。
各々の技術の確認は今日することになっている。
申請と同時に部費も入ることになってるから徐々にアンプ等揃えていきたい。
しばらくは持ち込みである。
「さて、いくか…」
今日は忙しい…。
学校への道を歩きながら考える。
俺は一体何をすればいいのだろうか。
歌は歌えない。
楽器ならそこそこだが大抵揃ってる。
キーボード?
いや、あそこに混じるのも…。
そんなことを考えている間に学校につく。
こんなにも短い道のりだったかと思ってしまうほどあっという間だった。
「…いいきっかけ…ね」
「おはよう、芹沢」
教室に入るなり桃山が話しかけて来る。
「ああ、おはよう」
「一応荷物とか部室へ運んでおいた。今みんなも持って行ってるところだよ」
見た目通り気が利く。
「助かる。とはいっても俺は何もないけどな」
桃山は顎に手を当て
「…芹沢は何をするんだ?」
と今現在最も悩んでいることを口にした。
「何をするんだろうな」
ふたりで悩んでいるところに桐野達が帰ってきた。
「たっだいまー!お、昴くん!おはよう!」
相変わらずの元気良さである。
朝からよくそこまでテンションが上がるものだ。
「おはよう」
「茜、芹沢は一体何をするんだ?何をさせるべきなんだ?」
桃山が放った言葉に桐野は笑顔で言った。
「ん?色々!」
放課後、部室に集まる。
「さて、とりあえず全員の技術の確認だな」
各々準備してもらう。
曲は俺がわかる曲と言っていたが何をするのだろうか。
「さて、じゃやろっか!」
四人は集まってセッションしたらしい。
自信はそこそこあるようだ。
「亜衣ちゃん、よろしく」
神崎がスティックを鳴らす。
そうして始まったのは…。
「…『Sky』…」
Skyのデビュー曲だった。




