スバルコンプレックス
「さて、この学校についてなんだけど…」
そう言って担任の御坂先生は続ける。
曰く
この学校が自由をモットーにしているため、生徒会が取り仕切っていること。
金持ち学校だということ。
入学式と始業式は同じであること。しかも放送である。
とか言いながら、スピーカーからは本来有難いはずの校長の話が流れている。
この御坂先生。適当すぎる。
「…てなわけで自己紹介とか始めていこうか!私も君達のことよく知らないし!」
校長の話はガン無視である。
てことで。
「先生」
「ん、どしたの?えーと……」
「芹沢です」
「ああ、君が芹沢くんか!有名だよ!金髪!顔は女の子っぽい。そして入試で良い成績!周りからは不良だと言われてるらしいけどその髪の毛は母親譲り。さらに高めの声。噂になってるよー?知ってる?」
…。俺だけやたら詳しいな…。
「校長の話は無視ですか?」
「…ぶっちゃけ聞き飽きたっしょ?しかも校長が言ってるんだけどさ、挨拶する意味あるのかな?って」
まじか。
「だから有意義に使おう!」
そして自己紹介が始まった。
基本的に流していたが
「桐野 茜です!好きなことは歌うこと!そしてこの学校に軽音部!もしくはバンドで活動したいと思ってます!我こそはという人は自己紹介の時に言って欲しいです!それか、私に直接言いに来てほしいです!隣の芹沢くんにはフラれました!」
という桐野には抗議の目を向けた。
さらには
「館山 泉です。えー、部活は料理研究部に入ることにしてます。そして、昴、つまり芹沢くんとは幼馴染で、いろんな秘密も過去も知ってます。よろしく!」
という館山は後で殴ることを決めた。
後のクラスメイトのことも適当に聞き流していた。
どうせ一年間だし、なんとなく覚えるだろうと思ったのだ。
「さて、自己紹介も終わったし今日決めるのはクラス委員長くらいだねー。誰かやらない?」
御坂先生の言葉に対して応える人はいない。
「あのねぇ…わかってたけど…。誰もやらないなら適当に決めるわよ?」
その瞬間、全員が凍った。
「万が一、と思って作ってきたけど。まさかねー。はい、これ。一つだけ当たりが入ってるから。それ引いた人が委員長ね」
机の上に置かれたのは箱に入っているくじ達だった。
みんなが引いていく。
そして外れていく。
そうしてとうとう自分のところへやってきた。
「嫌な予感がする」
そうして引いた紙。箱は後ろへ。
耳が心臓の音や後ろの音を拾う。
緊張してきた。どうしようか、これ。
嫌だ、開けたくない。
でも開けないと!
「くっ…」
そして俺は紙を開「うおー、マジか!俺かあ!」
…。心臓の音が落ち着いていく。
そっと開いてみた。
何も書かれていなかった。
委員長は泉に決まり、解散。という流れになった。
「えっ、ホントに?」
隣には物好きな女子が4人集まっている。
きっと軽音部の話だろう。
「あっ、ちょっと待ってね!おーい、館山くーん、芹沢くーん!」
帰りの支度をしていた俺たちに声がかけられる。
「隣なんだから叫ばなくてもいい。うるさい」
そんなキツイ一言に対しても桐野は笑顔で
「ごめんごめん!今からね、カラオケ行こうと思うの!どうかな、てかその前に自己紹介?」
さっきしただろ…聞いてなかったけど。
「んじゃ、改めて。私は桃山紫。この学校にこの2人と受験して無事合格。あたしらだけの軽音部を作ろう!ってね。そしたら1人なのに作ろうとしてるやつが居たからさ。話してみたら気が合うし、仲良くしようかって。それでカラオケに行かないか、って誘ったんだ」
桃山は、なんか男勝り?ボーイッシュ?であった。
目もキリッとしてる。
睨まれたら怖そうだ。
一つだけ気になった。
「…ギターか」
ボソッと言ったつもりだが聞き取られたみたいだ。
「へえ、よく分かったね」
「まあ、指でわかる。一応ギター、少し出来るし…噂で聞くところではギタリストの指は桃山みたいに硬い皮膚になる、って」
それでも見ただけでわかる奴はそんなに居ないよ、と桃山は笑った。
笑うと、綺麗だな。と思った。
「次は私だね!私はね神崎亜衣です!ね、ね、私は何やってるかわかるー?」
無駄に元気なのは桐野と同じだ。
指を見てみる。
指と指の間に目立たないが、硬い皮膚が見える。
更には細長い小さなケース。
その目の動きを見ていた神崎は笑いながら
「おおー!バレたみたいだから仕方ない!私はね何を隠そうドラム担当である!」
無駄に偉そうだが、嬉しそうである。
ドラムが心から楽しいのだろう。
なんとも太陽みたいな明るさの奴だ。
「さて、最後かな。私は畑涼音。まあ、最後だしパートはどこやってるかわかるかな」
…肩に掛けている黒いケース。
アイバニーズのロゴ。そして欠かせない最後の楽器。
「アイバニーズ、だけでも充分だけどな」
そういうと少し驚いた顔をしていた。
「自己紹介は終わったねー!で、カラオケ、行くでしょ!?」
桐野は笑顔で聞いてくるが
「行かない」
「昴が行かないなら俺もノーだな」
残念そうな三人と不満そうなのが一人。
「なんでー!行こうよ芹沢くーん!」
はっきり言った方が良いかな…。まあもう一度断れば諦めるだろ。
「悪いが行かない。諦めろ」
「なんでーーー!良いじゃん別に…。都合があるわけでもないんでしょ?」
腕にまで縋り付いてくる。
…駄目だ。ここまでされたら
「良い加減にしろ」
切れてしまった。止めなくては、そう思うのに口が止まらない。
「行かないと言ってるだろ。都合がない?だからと言って行く理由にもならない。何故強制されなくてはいけない?」
そこまで言ってやっと止めなくてはという気持ちがブレーキをかけてくれた。
四人の目が驚いている。
でも今は謝れなかった。
俺は鞄を持って、教室を出ることにした。
「悪いね。昴のやつも悪気があるわけではないんだ。ただ誰にでもコンプレックスはある。そこを理解してくれ。もっと仲良くなれたら誘ってくれ。その頃にはあいつも少しは刺々しく無くなるだろうから」
館山くんはそう言って芹沢くんを追いかけていった。
「そうだよね…。いきなり馴れ馴れしくしすぎた、よね。あはは、反省」
私は館山くんの言葉を思い返す。
「コンプレックス…かぁ」
畑さんが肩に手を掛けて
「まあ、仕方ないよ。もっと仲良くなれたら誘ってってさ。来てくれるかは別だけどね。本来いきなりすぎるのも良くないしね。ともかく」
三人とも頷いて
「カラオケ、行こうよ!」
私たちは教室を出た。
「明日…謝らないと」
後悔を残して。
校門を出る辺りで泉は追いついて来た。
「まったく、大人気ないなぁ昴」
…俺は悪くないと思うんだが。
「ま、今回は桐野さんも悪かったけどね」
だけどあんな言い方はなかったんじゃない?と言われた。
確かにあそこまで言う必要は無かったのかもと桐野の顔を見たときに思った。
だけど、言わざるを得なかった。
どうしても、歌だけは歌えない。
「フォローはしておいたから。じゃ、また明日な!」
そう言い残して泉は帰っていった。
俺の家は学校から近い。
徒歩でも15分で済む。
そうして着いた自分の家。
「ただいま」
誰も反応する人は居ない。
基本的に一人で過ごすことになる芹沢家だ。
母親は元歌手でテレビや雑誌、他の歌手の育成などで忙しい。
父親はエンジニアである。
スピーカーやマイクなど音声機器に携わる仕事を今はしているらしい。
そんな関係か我が家は防音壁である。更にはレコーディングスタジオの設備も備えてある。
一軒家三階建てで贔屓目に見ても、お金持ちである。
自分の部屋に戻りベッドに寝転ぶ。
「歌…ね」
天井にはSkyという文字が入った女の子のポスターが貼られていた。
昴は、母親の歌が好きだった。
保育園の頃から特に意識していた。
歌を聴くのも歌うのも好きだと。
だから家で楽器に触れ、歌うのが日常となっていくのも当然だった。
そんな自分にとってSkyと呼ばれるユニットは特別だった。
自ら書いた歌詞。
そして音をつける。
それをみんなに聞いてもらう。
それを心から楽しんでいく。
それがSkyというユニットだった。
デビュー当時から新曲が出れば、自分のお金で買っていき、アルバムも何もかも揃えた。
ライブ会場に貼られているポスターだって貰った。
天井にあるポスターにはユニット全員のサイン入りポスターもある。
わざわざ書いてもらったのだ。
思い出に、と。
書いてもらった次のライブが活動中止宣言のライブとなった。
それ以来Skyは歌っていない。
そして昴もそれ以来歌うことをやめてしまった。
ただ、楽器を触るのだけはやめることができなかった。
音楽との、Skyとの繋がりが無くなってしまう気がしていたからだ。
だから昴は再び立ち上がり、一階にあるレコーディングルームへと入った。
「…」
ピアノを弾きながら口を開く。
「っ…!」
しかしその口から出た音は詰まる音だけだった。
そのあとはただピアノの音が流れるだけとなった。
目の前には楽譜。
横には歌詞も置かれている。
昴はピアノを弾く手を止めて歌詞を手に取った。
そして口を開く。
手を伸ばしてみても 掴めない空
子供の頃の夢だ 諦めきれなくて
今でもふと思う いつか掴みたいと
だけど果たされないこの願い
人には空があまりにも遠すぎる
どうせなら鳥になれたなら良かったのに
僕らは駆け回る 毎日忙しなく
途中で夢なんて忘れて生きていく
僕らは駆け回る 毎日忙しなく
いつかは忘れたことも忘れてしまうのかな
「読めるのに…な」
俺はそう呟いて歌詞を戻して部屋を出た。
歌詞は微かな風で一枚、紙を巻き戻した。
その紙にはこう書かれていた。
Sky 『諦めきれない夢』