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第一話

「――おや?」


 誰もが眠りについた深夜、白い月明かりが照らす王都の大通りで初老の男が足を止めた。


「まったく、罰当たりな奴もいたものだ」


 通りの脇には底に毛布をしいた木箱の中ですやすやと眠る赤子がいた。男は起こさないように注意しながら、しいてあった毛布で赤子をくるんで抱き、歩みを再開させた。


「しかし、お前もツいていないな。――これからこんなジジイと二人で暮らすことになるなんてな」


(ただ、こいつを育てるとすると、今の家では無理だな。何せ、あそこには危険なものと酒しかないからな……)

 思わぬ拾いものを抱きながら、男は考えた。


「いっそ辺境の村へでも引っ越してしまおうか! なあ?」


 腕の中の者に問いかけても、返ってくるのは安らかな寝息だけだった――――。











 ――――人が、多い。


 王都の大通りには人があふれ、数え切れないほどの人が行き交っている。脇には出店が並び、通りをさらに活気づけている。

 常に人間が移動する中、僕はその場に呆然と突っ立っていた。

 理由は、


「おじいさんの言うとおり、王都は村と全然違うや!」


 僕の故郷の村は『辺境』なんていう言葉がぴったりだった。国の最北。辺りは田畑、森、冬には一面の雪。そんな場所から急に王都へ来れば、こうなるのも仕方のないことだろう。たぶん。


「おい、そこの。邪魔だから早く行ってくれ!」


「あ、ああ! すいません!」


 さすがにいつまでも立ち止まっているわけにもいかず、僕は歩みを再開させた。目的地は決まっているため、足取りは軽い。

 ところで、今日は王都に四つある魔術学園の入学試験が一斉に執り行われる日だ。なぜ今この話をするかというと、僕はこれからその入学試験を受けに行くからだ。

 ――――魔術学園とは、まあその名の通り、魔術を学ぶための学園である。

 王都に四つあるといっても、それぞれに特色があり、所属している生徒の得意とする魔術の種類もそれぞれ違う……のだそうだ。全ておじいさんの受け売りだから詳しいことは分からないけれど。

 そして、僕は王都四学園の中でも一番との呼び声高い≪王立第一魔術学園≫の入学試験を受ける。おじいさんの話によると、ここは『どの国にもある、標準的な学園』なのだそうだ。

 ついさっきそれぞれに特色がある、なんて言ったのに拍子抜けだけれど、つまりは特徴がないのが特徴なのだ。


「……ここか」


 なんて気を紛らわしているうちに目的地に到着した。


「えっと、まずは……」


 人波をかき分け、受付を探す。


「あの、すいません」


 受付を探すのにはそれほど時間はかからなかった。


「はい。受験希望の方ですか?」

「はい、そうです」

「では受験票の提示をお願いします」


 当り前のことだけれど、入学試験はだれでも受けられるわけではない。事前に申し込みをし、学園側が入学試験を受けるのに相応しいか判断し、試験を受けるに相応しいと学園側から判断されて初めて受験資格が得られる。

 だから、僕が受験票を貰えたことに僕自身も驚いていたりする。


「セシル=クラウスさんですね、確かに承りました。では時間になりましたらアナウンスでお知らせしますので、それまでもうしばらくお待ちください」


 受付の男性は手元の羊皮紙に何やら書き記した後そう言った。

 さて、どうやって時間をつぶそうか……。アナウンスで時間を知らせてくれると言っても、ここからあまり離れない方がいいよね。


「――っ、すいません!」


 とりあえず露店でも見て回るかな、と思いその方向へ歩みを進めた直後、誰かとぶつかってしまった。


「ああ、いえ。僕の方こそ、すいませんでした」


 見れば相手は僕と同い年くらいの女の子だった。背は低く、体つきも細い。しかし、不思議と不健康などといった印象は受けない。僕を見つめる大きく澄んだ瞳は、目を合わせると吸い込まれてしまいそうだ。ちょこんとした鼻と小さい口もとてもチャーミングだ。


「……あの、どうかしましたか?」

「――っいや、なんでもないです!」


 女の子のことをじっと見つめていたら、さすがに不思議に思われるよね……。


「その、一つお聞きしたいのですが……」

「なんですか?」


 不意に女の子がおどおどといった様子で尋ねてきた。上目遣いでこちらを見上げる彼女に思わずどきっとしてしまう。


「入学試験の受付って、どこにあるか分りますか?」

「ああ、それならあっちにありましたよ」


 僕は先ほどまでいた方向を指さして言った。


「ありがとうございます!」


 僕にお礼を言うと、彼女は小走りで駆けていってしまった。


「あの子も僕と同じ所を受けるのか……合格するといいなぁ」


 ――って、人の心配よりも自分の心配が先か。

 でも、これも何かの縁だし、どうせなら一緒に合格していたいよね。……可愛かったし。


「さて、と」


 まだ時間もあるみたいだし、今度こそ露店を見て回るかな。






『試験開始時間が迫ってまいりましたので、受験者の皆さんは会場前に集合してください』


 あれから数十分後、辺りにアナウンスが響いた。振動を魔術によって拡張した声だ。

 会場前にはぞろぞろと人が集まってくる。……凄い人数だ。いったい何人いるんだろう。


「ええと、確か募集人数は150人くらいだったけど……」


 現段階で確実に150人以上いる。しかもどんどん人数が増えていってるし……。本当に何人受験するんだろう。

 

 結局、受験者が全て集まるのにそれから十数分ほどかかった。


『ええ、大変お待たせしました。これより≪王立第一魔術学園≫の入学試験を開始するのですが、受験者の総数は約5500名。募集人数が153名ですから、倍率はおよそ36倍です』


 整列している受験者の前で拡張石――音声を拡張する特性を持つ石――を使い男性が話をしている。

 ――36倍ッ!? なんだそれ! 5500人って、僕の村の人口より多いし……。




『――それでは、試験を開始しますので係員の指示に従って会場内に移動してください』




 こうして、入学試験は開始された――。

 ……先が思いやられるなぁ。

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