少年魔術師の濃密な1日
初投稿処女作です。温かい目で見守ってあげてください。
朝は眠い。そう思っているには俺だけか?いや、きっと多くの人が思っていることだ。だってそうだろう。夜までしっかり働きまたは勉強して明日に備える。そうはいっても朝だって起床の時間が決まっているだろうし、しっかり寝ることができるのは幼い頃までだろう。
つまり何が言いたいかということだが、俺は眠い。
窓から光が差し込み小鳥達が囀りを始める。俺はそれらの影響で起きてしまった。
時計を見ると時刻は6時ジャスト。家を7時半までに出れば学校に余裕を持って着く。
つまり、だ。一時間半あればあることができる。それは……
二度寝だ。
せっかく二度寝できる時間に起きたのだ。あの、一回起きたのにも関わらずもう一回寝るという背徳感、布団の温もり。是非とも堪能すべきだ。
そうと決まれば早速、行動に移ろう。
俺は覚醒しかけた意識を再び水面も奥底へ沈める。
こうして俺は二度寝の旅に旅立った……
「ぐほ!!」
と思っていた頃が懐かしい。
腹部にとてつもなく強烈な痛みを感じた。
目を開けると俺の腹の上に金髪幼女が乗っていた。
「キズナ、朝食じゃ」
朝食じゃ、じゃねえよ。
俺の睡眠を妨害して。ボコボコにするぞ。
なんてことは絶対に口に出さない。そんな事言ったら殺される。
彼女は吸血鬼のハートレスだ。俺は特別にレスと呼ぶ事を許可されている。
彼女は超強い。どれくらい強いかっていうと伝説に残るくらいには強い。
『大陸落としのハートレス』。これは誰でも知っている話だ。
昔、一つの大陸を全て掌握した国があった。その国はさらに領土を拡大しようとした。
そんなある日、一つの小さな島があった。勿論、その島も占領しようとして上陸した。
そこで目にしたものは金銀財宝だった。無論それらを全て持ち帰り島は焼き尽くした。
その後、しばらく経った頃、一人の絶世の美女がその国の城を訪ねた。
その美女は言った、「とある島にあった金銀財宝を知らないか。何で島を焼き尽くしたのか」と。
代表で答えた男は言った、「それらは全て国のものだ。どうしようと勝手だろう」と。
美女は言った、「返せ」と。
男は下卑た笑みを浮かべながら言った、「あれは私達国のものだ。でも、お前が私の女になれば考えてやるぞ」と。
美女は無表情になり言った、「そうか。だったら死ね」と。
次の瞬間、さっきまで話していた男の首が落ちた。その場にいたものは唖然とした。
美女は言った、「儂が穏便に済ませようと思えば調子に乗りおって。儂を怒らせた罰じゃ。この大陸にいる人間は皆殺しじゃ」と。
そして、その日うちに一つの大陸から人間がいなくなった。
美女は世界各国にその国の王の首を持って行き宣言した、「儂の気分を害すればこうなる。覚悟しておけよ」と。
そして最後にこう言った。
「儂の名はハートレス。最強の吸血鬼じゃ」
と、まあそういう伝説になるほどだ。これは一種の戒めでもありこの国に昔から伝わっている。
そんなやつ相手にしたら俺なんか一瞬でミンチだ。今は美女ではなく美幼女だけど。
そんな事を思っていると、レスは一向に動こうとしない俺に腹を立てたのか俺の耳元に口を寄せた。
「なにを惚けておる。さっさとしない血を吸うぞ」
そう言われ耳を噛まれた。俺は慌てて飛び退く。
「わかった、悪かったから血は吸わないでくれ」
「わかっておる。今は血は吸わんよ」
だったら露骨に残念そうにしないでほしい。心臓に悪いから。
朝食の準備は割と早く終わる。ご飯は炊いてあるし、味噌汁も冷蔵庫にある昨日の残りを取り出してあっためるだけだ。あとは魚を焼いて、野菜を切ってサラダを作るだけだ。
朝食を作り終え完成したものをテーブルに持っていく。レスは既に座っていた。運ぶの位は手伝ってほしい。
自分のを運び終えて食事を始める。
朝食を食べながらレスが話しかけてきた。
「なあキズナよ。今日はなにをするんじゃ」
「学校に行くけど」
「それじゃあ儂が暇じゃろうが」
知るか。そんなこと。
「だったら料理でも覚えればいいじゃんか。そうすれば俺が楽になる」
「儂は血があれば十分じゃから遠慮しておくのじゃ」
「だったら飯食うなよ」
「それとこれは別じゃ」
「なんだそれ」
意味がわからん。
こんな風に適当に雑談しつつ食事を終えた。
その後も登校する時間まで適当に雑談していた。
「ん。もう時間か。そんじゃあ着替えるか」
時計を見ると7時25分だった。俺はさっさと着替える。
寝巻きを脱いでインナーを着てその上に学校指定のローブを着る。
あとは杖の代わりでもある短剣とバックを持って準備は完了だ。
「よし、そんじゃあ行ってくるわ」
「うむ。できるだけ早く帰って来るんじゃぞ」
「ああ」
そして俺は学校に向かった。
◆
俺が通っているのは王立魔法学園だ。ここは魔法適性があれば誰でも入学することができ多くの生徒が通っている。また、国が力を入れて作った学園だけあり広大な敷地面積を誇る。端から端まで歩くとなると日が暮れてしまうだろう。その問題は転移門によって解決されるから気にする必要はないけど。ちなみに転移門とは離れた距離を一瞬で移動することの出来る装置だ。
王立魔法学園には初等科、中等科、高等科があり、俺は高等科の一年生だ。
生徒達はAからFまでの六段階にランク付けされている。Fが一番下でAが一番上だ。これは生徒達がより切磋琢磨できるように学園側が決めたことだ。ランクが上がれば学園側から優遇されるし、卒業後高待遇で仕事にもつける。
ランクを上げるには基礎知識、魔法能力、状況判断の三つが問われる。これらを全て合格した者がランクアップすることになる。
ランクは全て平等になっていて初等科にAランクの生徒がいる可能性もある。流石にそんなやつは学園が始まって以来いたことはないらしい。ちなみに俺はAランクだ。高等科一年生でAランクは10人ぐらいしかいないので学園側から見て優等生に当たる。そんな自覚はないけど。
家を出て10分で魔法学園に着いた。門をくぐり敷地内に入る。そこには俺と同じ登校中の生徒達がたくさんいる。この時間帯が一番人が多いだろう。
俺が歩いているとチラホラと視線を感じる。これはいつものことだ。高等科一年生でAランクは珍しいし、俺の髪の毛が黒いからだろう。この国では黒髪は少ないから目立つ。一瞬、この髪の色で妹達がイジメられていないか心配になるが俺よりコミュ力が全然あるし平気だろう。
視線に気づかないふりをしてそのまま教室に向かう。
教室に入るとクラスメイトが俺をチラッと見るが何事もなかったかのように視線を戻す。クラスで浮き気味なので当たり前かもしれない。
……もしかしてぼっち?
これ以上考えると精神的に辛くなるので忘れよう。
俺はバックから魔法書を取り出す。これは上級魔法について書かれている本だ。
俺はその本に書かれているフライのページを開く。
フライとは空を飛ぶ魔法だ。慣れてくると空を縦横無尽に飛び回ることができる。是非とも覚えたい。だが、この魔法は精密な魔力コントロールが要求される。体を浮かすぐらいならどの魔法使いでもそこそこ魔力があれば出来るが空を飛び回るとなるとそうもいかない。それは俺も然りだ。俺は魔力はかなり多いが魔力コントロールが苦手なのでフライが出来ない。が、いつまでも出来ないままにするわけにもいかない。魔力コントロールの練習もしているし早くできるようにしたい。
俺が本を読みながらそんな風に思っていると声をかけられた。
「おはようキズナ。何を読んでいるんだ?」
顔上げると美少女がいた。
肩の辺りで整えられた銀髪に特徴的な切れ長い目。激しく自己主張する胸。全てにおいて他の生徒達と格が違う。
彼女はアリス=スカイフォード。この国の公爵家の娘だ。そしてこの学園唯一の俺の友人にしてAランクの生徒で学年一の優等生でもある。
「アリスか、おはよう。これはフライに関して書かれている本だ」
俺が言うとアリスは首を傾げた。
「フライ?キズナは出来なかったのか?」
「むしろできるやつが少ないだろ」
高等科一年生で完璧にフライを使えているのはアリスくらいだ。俺以外のAランクの生徒の中には使えるやつもいたがアリスには到底及んでいなかった。
「いや、てっきりキズナの魔力量なら出来ていると思ってだな」
「アリスも知っているだろ。俺は魔力コントロール下手なの」
「確かにそうだがキズナなら普通に使える気がしてな」
「そうかあ?」
なぜそのように思われているのだろうか。そんな風に思われるようなことしたっけ。
俺があれこれ考えているうちにもアリスは話を続ける。
「要するにキズナはフライを使えないんだよな?」
「そうなるな」
それならさ、とそこでアリスは一呼吸置いて少し頬を朱色に染めて言った。
「きょ、今日の午後の授業のときにフライについて私がわかるところまで教えようか?」
「えっ、いいのか?」
「もちろんだ」
それだったら折角だし甘えさせてもらおう。
「それならお願いしてもいいか?」
「ああ、任せてくれ」
「ありがとう。やっぱりアリスは優しいな」
「そ、そんなことないぞ。キズナと一緒にいたいだけだし」
「?」
後半は何を言っていたのか。小声で早口だったので何を言っていたのかわからなかった。
それはともかく折角学年一の優等生に教えてもらうんだ。しっかり教わろう。
今日の楽しみが一つ増えたな。午後が待ち遠しい。
◆
退屈な午前の授業が終わった。
午前中は座学で座りっぱなしだったので体が硬い。大きく伸びをすると体がパキパキとなった。
午後はいよいよ実技の時間になる。
午前中の座学は教室で行われているが、実技は馬鹿でかいグラウンドで行われる。
これは、魔法を使う際に周りに迷惑をかけないようにという配慮のためだ。
でもだからって転移門を使うほど広くしなくてもいいと思う。教師だって大変だろうに。
どうでもいいことだが実技の時間は教師が8人もいる。これは生徒が先生に質問出来るようにと、事故があった場合に対応出来るようにするためだ。
だが俺は一回も教師を利用したことがない。だって正直魔法に関して質問があるならレスに聞いた方が詳しいし理解出来る。
と、午後の授業の前に昼食の時間があった。
この学園に通う者はなかなか豪勢な食事を無料で食べることができる。しかも、ランクが高い者はさらに豪勢な食事を食べることが出来る。確かAランクの食事にはフルコースがあったはず。一体昼食にどれだけ時間をかける気なんだと言いたい。
でも俺は所詮、庶民なので全員が食べられるAセットを頼む。
ということで早速食堂に向かう。
食堂は腹を空かせた生徒達によって埋め尽くされていた。
カウンターには長蛇の列が出来ていて食堂のお姉さん達は忙しいそうだ。
俺はAセットを注文する列に並ぶ。
10分程待ってようやく俺の番になった。
すると配膳をしていたお姉さんに話しかけられた。
「ん?キズナ君か。君はいつもここだね」
「ああ。あまり高い食事には慣れていないしお姉さん達の作る料理は美味しいからな」
「ははっ!そう言ってもらうと作り甲斐があるよ!それじゃあ午後も頑張ってね」
こんなやりとりをして食事を受け取った。
今日のAセットは生姜焼き定食だ。
俺はそれを持っていつも食事を取っている端の方にある1人席に腰を掛ける。
高等科に入ってからずっとこの席で食べているのでここは俺の特等席みたいな感じになってしまっている。別にここに誰か別の人が座っていても文句とか言わないけど。むしろ文句を言うやつが馬鹿だろ。
でも、まあ、こうして食事を食べられるのでありがたく思う。
昼食を食べ終わり、俺は第5グラウンド(生徒達は5グラと呼んでいる)に向かっていた。
5グラまで少し歩くので早めに移動する。校舎が広いとこういう所が面倒だ。
すると5グラに向かう途中に大きな人だかりができていた。
何事だろうか。何やら誰かが言い争っているように見える。
近くにいた男子生徒に聞いてみるか。
「何があったんだ?」
「なんかスウェッジ野郎がスカイフォードさんにちょっかいかけているらしいぞ」
なんだと?
俺は男子生徒にお礼を言って人だかりの中を割って入る。
するとそこにはアリスと甘いマスクの男、スウェッジが言い争っていた。
「アリス!どうしたんだ?」
俺が声をかけるとアリスはホッとした表情をした。
「キズナか、良かった。何でもないさ。さっさと授業に行こう?」
そう言ってアリスは俺の手を取ってその場を離れようとした。
しかしスウェッジがそれを阻止した。
「待って下さいアリス嬢。こんな野蛮な男よりも私がエスコートしましょう」
そう言ってスウェッジは俺を蔑んだ目で見てくる。どうやら噂通り庶民を見下すような人間らしい。
「黙れ!貴様といるよりもキズナといた方がよっぽど有意義だ!」
「なぜですかアリス嬢?こんな男のどこが……」
ここまで怒っているアリスは珍しい。
でも大体事情は分かった。大方、この男がアリスに無理やり付きまとっていたのだろう。で、そこに俺がきて更にややこしくって感じか。
ならここは平和的に解決するか。
「おい、確かスウェッジとか何とかだっけ」
「僕のことはスウェッジ=オーダー様と言え!平民ごときが!」
「はいはいスウェッジ様スウェッジ様。それでさ、俺と決闘しようぜ」
「なんだと?」
「俺が勝ったらもうアリスに付きまとうな。もし俺が負けたらこの学園を辞めてやるよ」
辺りがざわめく。それもそうか。俺、一応Aランクだしそいつが辞めるかもしれないとなるとそれは問題だろう。
スウェッジは少しだけ悩んで答えた。
「……いいだろう。その条件飲んでやる。決闘は今日の午後の授業だ。覚悟しておけよ」
そう言ってスウェッジは去って行き、取り敢えずここはお開きとなった。
俺はというと、無言のアリスに引っ張られて5グラまで来ていた。
5グラに着いてアリスはようやく俺の手を離し、一気に俺をまくし立てた。
「馬鹿か!馬鹿なのかキズナは!」
「アリスがそう言うんなら馬鹿かもな」
「そういうことじゃない!スウェッジは貴族以外を見下すような最低なやつだが実力は確かだぞ。それなのにお前は……!」
酷い言い様だ。俺、そんなに無茶言ってないけどな。流石に勝算がないような戦いに挑むような人間じゃない。
「まあ安心しろよ。俺は負けないから」
「あっ……」
そう言ってアリスの頭を撫でる。アリスはさっきまでが嘘のように落ち着いた。妹達にこうすると落ち着くのだがアリスにも効いてよかった。
10秒程撫でていたらアリスがハッとしたように手を払いのけた。
真っ赤な顔でこほんっ、と咳払いをする。
「私はキズナのこと信頼してる」
「そいつはどーも」
「だから絶対に勝て。キズナが居ないと学園がつまらなくなる」
それは光栄だ。俺だってまだアリスにフライを教えてもらってないし、可愛い妹達に失望されたくないし、このことでレスに馬鹿にされたくないし、何よりも俺自身誰にも負けたくない。
だから俺は笑顔で言った。
「ああ、任せろ」
◆
どうやら今日の午後の授業を1時間中止にして高等科全員で俺とスウェッジの決闘を見る事になったらしい。
てっきりグラウンドでこじんまりとやると思っていたのだが、予想よりも話が大事になってしまったようだ。
今俺は、俺は闘技場の控え室に1人でいる。
時間まで俺は魔力を身体に循環させておく。これをすると魔法がよりスムーズに発動出来る。
「キズナさん、時間です」
係の生徒が俺を呼びに来た。どうやらやっと始まるようだ。
司会の声が聞こえ始めた。
「あー、あー。聴こえるか?今から2人の男が1人の女を巡って戦うぜ!しかも2人共Aランクの生徒だ!こいつはきっとすげえ戦いになるぜ!これは盛り上がって来たぜぇーー!!」
ワーーー!!と会場のボルテージは既に最高潮のようだ。
というか何だか話がかなり盛られている。別にアリスの取り合いではねえよ。
「まずは水魔法と氷魔法のエキスパート、高等科2年のイケメン貴族スウェッジ=オーダーの入場だーーっっ!」
女子からは黄色い声援が男子からはブーイングが大きく響き渡った。もちろん俺も心の中でブーイングする。
次は俺の番か。
「そして今回、スウェッジ=オーダーに喧嘩を売ったのは多彩な戦いをする高等科1年のエース、キズナの入場だーーっっ!」
俺は声に従い、闘技場の中心へ歩み出る。
とても大きな歓声が俺を包み込んだ。周りから見たら俺はどのように映っているのか。年上に喧嘩を売る馬鹿な一年生だろうか。
中心までくると司会がルール説明を始めた。
「ルールは簡単だ!どちらかが戦闘不能になるか、降参するかで勝敗が決定するぜ!但し殺しは御法度だ!」
俺はしっかりルールを聞く。だがスウェッジはどう見ても殺る気満々といった表情をしているんだけど。そんなに俺が嫌いなのか。
「それじゃあ試合開始だ。両者構えて」
全身に魔力を流してどんな魔法にも対応出来るようにする。
静寂が会場を満たす。
そして……
「試合開始っ!!」
試合が始まった!
「ウォーターボール!」
まず先に動いたのはスウェッジだ。スウェッジは手始めにと巨大な水の玉を放つ。
「エンハンスフィジカル、ダークボール!」
俺は自己強化魔法を使い、身体能力を向上させ、ウォーターボールを避ける。そしてお返しにと闇属性の巨大な玉を放つ。と同時に俺は駈け出す。
「ウォーターウォール!ウォーターアロー!」
スウェッジは水の壁を作ることによってダークボールを無効化する。
そして俺に50を越える水で出来た矢の雨を降らした。
「ちっ!アースウォール!」
かなりの範囲なので俺は1度立ち止まり土魔法で俺の上に壁を作る。無数の矢が壁に当たるが問題ない。全ての矢を受け切った。
「ウォータースネーク!奴に喰らいつけ!」
スウェッジの攻撃はまだ止まず水で出来たヘビを放ってきた。ヘビは集団で俺に向かって来る。
「面倒だな。バースト!」
1匹ずつ仕留めるのは面倒なので、俺はヘビ達の中心に小さな爆発を起こす。ヘビ達は小さな爆発によって全て水に戻った。
「ファイブアロー!」
今度は俺が火、水、風、土、闇の5属性で構成された矢を放つ。
「くっ!ウォーターウォール!アイスウォール!」
スウェッジは5属性全ての矢に耐えるために氷と水の壁を作り出した。俺の矢は2つの壁を突き抜けることが出来なかった。でもそれでいい。
「なっ!?」
スウェッジは驚きの声を上げた。理由は、俺がスウェッジの目の前にいたからだろう。俺はスウェッジが矢を防いでる間に一気に距離を詰めたのだが、本来魔術師は敵に近づくことなどしないから尚更驚くだろう。
俺はスウェッジが固まっているのを見逃すこともなく、スウェッジに掌底を放った。
「グフッ」
俺の掌底をくらいスウェッジは吐血した。まあ、掌底を打った瞬間にスウェッジの体内に俺の魔力を流し込んだので体の内側にダメージをくらったのだろう。
俺は追い打ちをかけようとしたが、突如、スウェッジの周辺が凍りはじめたので1度距離をとる。
スウェッジは口に付いた血を拭って俺を睨みつけて言った。
「よくもやってくれたね」
「まあ、試合だし」
「ふざけた事を言って……!今から僕の本気を見せてやろう!来い、ウォータードラゴン!アイスドラゴン!」
そう言うと同時に水龍と氷龍が出現する。
「降参するなら今のうちだぞ?」
そう言うスウェッジの表情は既に勝利が確定しているとでも言いそうな顔だ。
……何を言っているんだこいつは?
偽物の龍二体を用意して勝った気になっているとか脳内お花畑かよ。
「降参するわけないだろ」
「そうか、なら死ね」
いや、殺しちゃダメだろ。
冗談はさておきスウェッジの造った二体の龍が俺に襲いかかる。
と言ってもこいつらは本物じゃない。所詮スウェッジの魔力で作られた弱っちい龍だ。本物に比べれば雑魚もいいところだ。ならこれ位余裕で倒さないといけない。
まず最初に水龍が噛みついてきた。俺は一歩後ろに下がってそれを避ける。そして瞬時に水龍の下に潜り込み水龍の顎を全力で殴る。しかも今度はスウェッジに流し込んだときとは比較にならない程の魔力を流し込む。
パァァァッッッン!!
すると水龍の頭が弾け飛んだ。水龍は水滴となって辺りに散らばった。
俺がもう1匹の氷龍を見ると氷龍はブレスの構えをしていた。
ブレスは広範囲なので避けられない。しかも氷龍のブレスはくらったものを凍らせる。そしたら大きな隙を見せることになる。それは避けないといけない。
「ファイヤウォール!サンクチュアリー!」
なので俺は慌てて炎の壁と防御結界を展開する。
そこで氷龍からブレスが吐かれた!
ブレスは俺の炎の壁を消し去りサンクチュアリーに罅を入れていく。俺はサンクチュアリーに魔力込め続けどうにか耐え抜いた。
今度は俺の番だ。
「ダークバインド」
黒い影が氷龍に巻き付く。氷龍は抵抗するが動くことが出来ない。
「創造・ダークランス」
虚空から1本の黒い二又の槍が出現する。この槍は俺の魔力で造られたもので闇属性の効果を持っている。
「エンチャント・ファイヤ」
黒い槍の周りに炎が纏う。これにより元々闇属性だった槍に火属性も付与される。
俺はそれを掴み氷龍に狙いを定める。
「っっっっらぁっ!!」
そして俺は助走をつけて思い切り黒い槍を投げた。
槍は一条の黒い閃光となって氷龍を一直線に貫く。
氷龍は砕け散り、辺りにキラキラと残滓が舞う。
「ば、バカな……」
スウェッジはご自慢の魔法が破られて半ば放心状態だ。
俺はスウェッジに近付いて放心しているスウェッジの顔面を容赦なく殴った。
「げぼらっ!?」
スウェッジは飛んで行き2、3回弾んで止まった。
少し強く殴りすぎたかもしれない。だが、
スウェッジはビクンビクンしているので死んでないと思う。
慌てて審判が来てスウェッジの様子を確認する。
うん、どうやら死んではいないらしい。気絶しているだけのようだ。
ということはこれで勝敗は決したか。
司会は大きな声で言った。
「勝者、キズナ!」
会場は歓声に包まれた。
試合も終わり控え室に戻るとアリスがいた。
俺はアリスに話しかける。
「よっ、アリス。勝ったぞ」
俺がそう言うとアリスが抱きついてきた!
俺は慌てる。
「えっ、ちょ、アリス?」
「………馬鹿!もしキズナが負けたら私はあの男のものになっていたのだぞ!」
いや、それはないだろう。アリスは公爵家の人間だし、やろうと思えば公爵家の権力を発揮することが出来る。
俺がそう思っているとアリスは俺の疑問に答えるように言った。
「忘れたのか?試合が始まる前、司会が言ったことを」
「確か1人の女を取り合ってって……」
え?それってもしかして…
「そうだ。つまりお前が負けたら少なくとも校内で私がスウェッジの女になると広まることになる。この学園には貴族も多いしそれが学校外で広まるのも時間の問題だ。」
それがスウェッジの狙いだったのかも知れないな、とアリスは付け加える。
まじか……。そこまで頭が回んなかった。
確かにそうなれば公爵家も動き辛くなるかもしれない。
もしかしてだからこの闘技場でやることになったのか?
でも、まあ、勝ったしいいか。
「それで、だ。つまりキズナがこの試合に勝ったからその、私はキズナの……」
「ん?ああ、そういうことか。大丈夫だ、アリス。元々、俺はアリスのことを…」
俺はここで一呼吸置く。
「私のことを?」
アリスが尋ねる。俺は笑顔で言葉を紡ぐ。
「大切な友達だと思っているから」
………………
…………
……
…
「キズナさん、キズナさん!」
係の人に揺すられて目を覚ました。
俺はいつの間に意識を失っていたんだ。全く記憶にない。
「大丈夫ですか?」
とりあえず係の人に大丈夫だと伝えて部屋を出る。
なんだか試合が終わってアリスに会ってからの記憶がない。何があったのだろうか。
ともかく俺は今から授業に参加するため5グラに向かう。
5グラに着きアリスにフライに事情を聞こうと思い話しかけたら無視された。何度話しかけても無視されたので仕方なく端の方で1人でフライの練習をする。
時折アリスの方を向くと難易度の高い火魔法で的を燃やしているのが見えた。やっていることは普通なのに何だか恐怖を覚える。
結局、その後もアリスに無視され続けた。
女の子だし、きっといろいろあるのだろう。その内、元に戻ってくれると信じている。
◆
「ただいま〜」
学園も終わり帰宅した。
家のドアを開ける。すると玄関にいたのは1人の美女だった。突然の出来事に体が石のように固まった。
俺が固まっていると美女は言った。
「ご飯にするか?お風呂にするか?それともわ・た・し?」
「ごめんなさい家間違えました失礼します」
きっと家を間違えたんだ。俺は勢いよくドアを閉める。が美女に止められた。
「酷いのう。折角儂がお主のことを癒してやろうと思ったのに」
「むしろ焦るわ。つか何で大人になってんだよ、レス」
そう。この美女は見知らぬ人ではなく朝は幼女だったハートレスの大人ヴァージョンだ。
大人になったレスは身長が170センチ位まで伸び、胸がめちゃくちゃ大きくなっている。また、幼女の時の可愛らしさはなくなり妖艶な大人の雰囲気を醸し出す。
これだったら『大陸落としのハートレス』に出てくる男の気持ちも分かる気がする。
レスはそのまま話を続ける。
「今日は暇潰しに町の本屋に行ってのう。そこで本を読んでいたんじゃが、その内の1冊に新妻はこうすると書かれておったんじゃ。折角だから試してみようと思ったんじゃ」
「何言ってんだ。お前はどちらかと言えばヒモだろ」
「む、別にいいじゃろ。儂のような美女と過ごせれば満足じゃろ」
確かにこの世にレス程の美女はいないと思うがそれとこれでは話が違う。
そもそも自分で美女って言っちゃ駄目だろ。
と、いつまでも自分の家の前で話すのも変なので家に入る。
家の中に入ってローブを脱ぎハンガーに吊るしておく。このローブは自動清潔と自動修復の魔法が付与されているのでこうして干しておくだけで綺麗になる。バックと短剣も近くに置いておく。
「クリーン」
それが終わったら自分の着ている服にも魔法をかけて綺麗にする。このクリーンの魔法はすごく便利で掃除や洗濯など様々な場面で使える。でも、消費魔力も無駄に多く余り魔力が無い人には使えないのが難点だ。
次は夕食の準備だ。今日は何にするか。
うーん。……そうだ、パスタにしよう。
作るものが決まったしさっさと作ろう。
「うし、出来た」
今日の献立はバター醤油のキノコのパスタ、サラダにコンソメスープだ。
それらをテーブルに運ぶ。相も変わらずレスは既に椅子に座って待っていた。だから待ってないで運べっつうの。
先にレスの分を運び、次に自分の分を運ぶ。
レスは俺が自分の分を持ってきたときには食べ始めていた。せめて俺が食べるのを待っててくれよ…
俺もレスに続いて食べ始める。うん、よく出来ている。
俺が自分の作った料理に満足しているとレスが話しかけてきた。
「それにしても何でお主は料理が上手いんじゃ?」
「妹達に色々作ってやってたんだよ。妹達に美味しいって言われるのが嬉しくてな」
「お主の妹達か。妹達っていうからには1人じゃないんじゃろ?」
「ああ、双子なんだ。それであの2人の可愛さといったらもう本当に可愛くて天使と比較するのも馬鹿らしいなるくらいで……」
「ああ、もう良い。お主が妹が好きなのはわかったからのう」
「そうか?」
でも本当に可愛いいんだよ。来年は高等科になるし学校でも会えるだろう。楽しみだ。
食事も終わり、俺は授業の課題を済ます。ていうかなんで学園は課題を出すんだ。課題なんて家でやるもんじゃないだろ。全部授業内で終わらせて欲しい。家でやったって大した意味にならないだろうし。
課題を終わらせて俺はシャワーを浴びる。本当はお風呂に入りたいがお風呂はあまり普及していないので我慢だ。週末、銭湯に行くのもいいかもしれない。
シャワーを浴びた後は特別やることは無いのでレスとおしゃべりしながら魔力コントロールの練習だ。
まず、魔力を可視化する。そしたら魔力を1から9までの数字の形に変えていく。これを出来るだけ早く、丁寧に、スムーズに行う。しかもレスと話しながらだ。
目標としては無意識で数字を作れるようになることだ。今の俺には1と2と3くらいしか上手く作れない。
ちなみにアリスにこれをやってもらったら普通に1から9まで出来ていた。流石、学年一の優等生だ。それに比べて毎日これを繰り返しているのに俺は……
こうして訓練もしつつ時間を潰し、今現在の時刻は9時30分。そろそろ寝る準備だ。
でも俺には、いや俺達には寝る前にやることがある。
そのために俺は服を脱ぎ上半身裸になりベッドに座る。そしてレスに対して首を差し出した。
「いいぞ」
俺がそう言うとレスは俺に抱きついてカプッと俺の首に噛みついた。そしてチューと俺の血を吸う。
これは俺とレス、2人だけの儀式なようなもの。いや、どちらかというと契約の方が正しいかもしれない。
俺とレスが出会って交わした契約。
それはレスから知識や技術を得る代わり俺は血を差し出すというもの。今日、スウェッジに使った相手の体内に自分の魔力を流し込むのだってレスに教えてもらったものだ。
レスにとって吸血というのは生きるために必要なことで俺の血は最上級に美味いらしい。
だから俺は自分の血を捧げる。
もう2度と後悔しないために。強くなるために。
こうしてお互いの利害が一致して今日まで一緒にいる。といっても今は昔とは違い利害が一致しているから一緒にいるわけではない。少なくとも俺はレスを家族の一員だと思っている。
と、感傷に浸っている内に今日の分を吸い終わったようだ。
レスが俺の首筋から口を離す。
そしてそのままベッドに押し倒された。え?押し倒された?普段は血を吸われておしまいなんだけど。
レスの顔を見上げ、間近にレスの顔を見る。やっぱりレス以上の美人はこの世にいないだろうな。ってじゃなくて。
「何で俺は押し倒されているんだ?」
「……お主今日女に抱きつかれたじゃろ」
「なぜそれを!?」
「やっぱりじゃな。女というのは勘が鋭いんじゃ」
勘とかいうレベルじゃないだろう。そんなのわかるわけないだろ。ないよな?
と問題はそこじゃない。
「それとこれに何の関係が?」
「つまりこういうことじゃ」
「っっっ!?」
そう言われて思い切りキスをされた。
しかも唇と唇が軽く触れ合うものでなく、ディープな方だった。
およそ10秒間、俺にとっては永遠にも感じられた。その間に俺の口内は蹂躙され尽くされる。
ようやく唇が離れて俺にとって長いキスが終わった。俺は大きく息を吸い込む。ファーストキスがこんなに激しいものになるなんて思いもしなかった。きっと俺の顔は真っ赤だろう。
レスは自分の唇をぺろっと舐める。とても艶かしい。
俺が初めてのファーストキスに驚いているとレスが口を開いた。
「いいか。儂は嫉妬深いんじゃ。キズナよ、お主は既に儂のものじゃ。わし以外の女にお主は渡さんぞ」
レスは頬を少しだけ赤くして、誰もが見惚れてしまうような笑顔で言った。
嗚呼、俺はきっとこの吸血鬼から逃げられないのだろう。そう思った。
その後、大人の階段を上ることにはならずに俺の貞操は守られた。
レスは寝る、と言って影の中に消えてしまった。何回も見ているが羨ましい。俺もやってみたい。
俺はというと先程の光景がフラッシュバックしてなかなか寝つけなかった。悶々とした夜を過ごし、ようやく眠りについたのは夜が明ける頃だった。
◆
朝、眼が覚めるとまだ6時だった。1時間とちょっとしか眠れていない。だが、考えて欲しい。家を7時半に出れば学園には余裕で間に合う。ならやることは1つ。それは……
二度寝だ。
せめてあと1時間は寝ようと思い意識を水面の底へ沈めていく。
そしてネズミが主催している夢の国へ旅立った……
「ぐはっ!?」
腹部に衝撃を受け体がくの字に曲がる。
残念ながらネズミ主催の夢の国へ行くことはできなかったようだ。さよならネズミさん。
目を開けると金髪幼女がいた。
「キズナ、朝じゃ」
朝じゃ、じゃねえよ。そんなんもん時計見れば分かるわ。
しかも昨日はあんなことがあったのに平然な顔しやがって。こっちは今にも顔が赤くなりそうだというのに。まあ今は幼女なので平気だろう。俺は変態ではないし。
もう、二度寝は諦めてのそのそと起き上がりキッチンへ向かう。
昨日は濃密な1日だったが今日はどうだろうか。昨日のように濃密に感じるのかそうではないのか。楽しいことや面白いことはあるのだろうか。ただ、言えることは、きっと今日も明日も明後日もずっとその先もこのワガママで最強の吸血鬼と一緒にいるのだろう。
俺はそう思いながら朝食を作り始めた。
どうでしたか。いつか似た設定で長編を書いてみたいです。