中篇
あたしの、姉さん。
生まれつき身体が弱く、家にこもりがちだった。入院も、よくしていた。
だから――外の世界に憧れていた。
そんな姉さんの書く絵は、温かく、優しさにあふれていて、本当に大好きだった。本当に、本当に、大好きだったんだ。
あたしもそんな姉さんを真似して、絵を描くようになった。ふたりで笑い、夢を語り合った。
姉さんは、絵に携わる仕事をしたいと言っていた。あたしは、絵本作家なんていいかなと思った。
……いや、物語は考えられないから、誰かにお話を作ってもらう必要がある。幼馴染のユーマに頼もうか。
そんな姉さんは、五年前に死んだ。
ちょうど、今のあたしと同じ年。中学二年生だった。
その時、きっと。あたしの心も死んだに違いない。
あたしの夢も、壊れてしまった。
いいや、違う。
あたしの、夢――じゃあない。それは、姉さんの夢だ。大好きだった姉さんの夢を、真似していただけに過ぎないんだ。
だから、あたしに夢を追う資格なんてありはしない。
◇
その日の夜。
あたしは、学校に向かった。
あたしの夢は、所詮借り物。
姉さんの夢を、真似ているだけ。
そんなあたしに、『ノゾミちゃん』からのメッセージが届くのだろうか。
深夜そっと家を抜け出して、真夜中の通学路を歩きながら、そんなことを考える。こんな夜遅く、ひとりで物騒だろう。けれど、そんなことは気にしない。最悪の場合、どうにでもなれだ。そんな自暴自棄。
校門前には――人影が、あった。
「嫌な予感は、あったんだけどなあ」
「ユーマ」
幼馴染の少年が、そこにいた。
「こんな夜遅く、物騒だぜ?」
呆れたような彼の声に、あたしは眉をひそめた。
この、お節介め。
「何で、わかったの?」
あたしが、ここに来ることが。あのあと、興味ない振りをしていたのに。
「あざといんだよ」
ユーマは肩をすくめた。
「どんだけ付き合い長いと思ってんだ、バーカ」
あたしは、思わず泣きそうになった。うつむいて、顔を見せないようにする。精一杯に強がってみせる。
「あんたこそ、バカじゃないの?」
「まーなあ」
相も変わらず、軽い口調。それから、訊いてきた。
「それで、行くのか?」
「…………」
「俺も、付き合うよ」
「……バカ」
あたしは、ぽつりとつぶやいた。
あたしとユーマは、日記帳に書いてあった手順に従う。
「ノゾミちゃん、ノゾミちゃん、今から会いに行きますよ」
けれど。
果たして、あたしに返信はあるのだろうか。こんなあたし自身に、そんな資格はあるのだろうか。条件は、その夢が本心からのものであること。
ユーマには返信があった。
少し遅れて、あたしにもきちんと来た。
「じゃあ、行くか」
ユーマが言う。
「……ええ」
あたしは少し震える声で――頷いた。
◇
日記帳に書かれていた通り、校内の六ヶ所を歩いていく。最後は、屋上に続く階段。校門と同じように、あっさりと開いた。
開ける視界。
星の瞬く、一面の夜空の下。
彼女は、立っていた。長い黒髪、少し古びたセーラー服。
ノゾミちゃん。
そう呼ばれる、少女。
……どこかで、予感はあったのか。
意外にも、驚きは小さかった。
須藤ノゾミ。
あたしの姉さんと同じ名前の怪異は、姉さんと同じ顔で、そこに立っていたのだ。
ノゾミちゃん救済作品。わたしが本来書きたいのは、やっぱりこれなのかもしれません。後篇は日曜投稿の予定であります。