前篇
少し病んでる状態から、回復しました。ちょっと毛色を変えてみます。
ノゾミちゃん。
そんな怪談が、わたし達の中学校にありました。
深夜の学校で見つけ出すことが出来たら、夢がかなう。
いいえ、違います。
夢がかなうわけではありません。彼女は、才能をくれるだけです。それも、ほんの少しの才能を。
本来、当人に眠っている才能を、目覚めさせてくれる。そこまでです。その先に、夢を形にできるかは当人次第。
代償が、あります。
それは、夢を裏切らないこと。
諦めるのは、構いません。どうしようもない事情があって、夢を追い続けることができないこともあるでしょう。それならば、ノゾミちゃんも許してくれます。
ただし。
その夢を、裏切ったら。
自分の本心からの夢を、自ら否定して、嘲笑ったら。
彼女に身体を引き裂かれて、殺されるのです。
◇
「ふーん」
あたし――須藤リンコは、眺めていた日記帳を机の上に置いた。
「どうしたよ?」
思ったより乱暴に叩き付けてしまったのか、向かいの席で携帯ゲームに興じていた幼馴染みの男の子が少しびっくりして、声をあげた。
少し野暮ったいけれど、割とハンサム。そんな彼と仲のいい――あたし自身は腐れ縁だと思っているけれど――ちょびっとだけ、女子の嫉妬の対象となっているらしい。どうでもいいけれど。
あたしとそいつ――久坂ユウマは、ここ星状中学校のオカルト倶楽部。現在中学二年生の、たったふたりの部員。
まあ、確か廃部寸前だったところ、すでに卒業してしまった先輩達に泣きつかれて、なし崩しに部員になったのだ。
ちなみに、現時点でも、廃部確定なのだけれど。なんだこうだで、部としての存続は認められている。ほとんど予算なんてないけれど。
活動なんて、ほとんどしていない。放課後の溜まり場と、なっているだけ。基本、こうやってユーマとだらだら過ごしているだけだ。
来たる文化祭に向けて、学校の怪談でも特集して見ようか。そう思ったのは、ほんの気まぐれ。古い本棚を漁っていたら、片隅からその日記帳を発見したのだった。
「ユーマ、これ知ってる?」
あたしは、そのページを開いたままで突きつけた。ユーマは律儀にゲームの手を休めて日記帳を手に取ってくれた。
「んー、ほうほう」
目を通す。そこには、先ほどまであたしが読んでいた内容。ノゾミちゃんと出会った四人の悲劇的な末路が、描かれていた。三人は、殺害。残った独りは、かなわぬ夢を追い続ける。その人生は、まさに生き地獄だった。
――そうかなあ、と。
あたしは、思う。
それだけ一生、諦めきれないものがあるんだったら、それは本望じゃないのか。そんな考えのあたしは、子供だろうか。
そこまで、好きなものはない。やりたいこともない。
生きたいほどの希望もないけど、死にたいほどの絶望もない。
そんな一生に、意味なんてあるのだろうか。
「あんたには、夢なんてあるの?」
「そーだな」
日記帳を閉じたユーマは、テ―ブルの上に丁寧に置いた。
「リンコを嫁にして、幸せな家庭を築くことかな」
当人を前にして、それを言うか。
「お手軽な夢だね」
「そうだなー」
軽い感じで、ユーマは返した。
きっと、そんなことはない。
幸せな家庭。それは、一方的じゃない。お互いの感情と想いが結びつきあって、初めて成り立つものだから。
だから、あたし相手じゃなりたたないだろう。
あたしは、甘えている。
幼馴染の、好意だか善意だかに。久坂ユウマは、本当にあたしを好きなのだろうか。それは、ただの同情じゃないのだろうか。そう疑っても、突っ込むことはできない。
卑怯で、臆病者。
死ぬべきだったのは、あたしの方だった。
彼女には、夢があった。
才能も、あった。
そんな彼女――姉さんは、死んでしまって。出来損ないの妹は、のうのうと生き長らえている。
なんて、罪深いのだろう。
ふと、思った。
ノゾミちゃん。
もし出会えれば、殺してもらえるのだろうか。