正義のファイブ・レンジャー
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自給九百五十円で正義の戦士、ファイブレンジャー・グリーンへと就任した榊田たかしは、秘密基地のアラームのけたたましい音に顔をあげた。
「ふがふがふが(なんじゃい、この音は。それより腹が減ったのう)」
シルバー人材センターから派遣されて来た、レッドことリーダーの富士岡トシゾウ(102)は入れ歯が外れたままそう口にした。なにを言っているのか分からない。
「レッドは『勇猛なるファイブレンジャーの戦士たちよ、今こそ地域の平和を守る時だ』」と申しております」
介護人を勤める高橋いずみ女史が冷静にレッドの言葉を翻訳した。
「ふがふが(わしゃそんなこといっておらん)」
「レッドは『総員出動せよ、敵は渋谷小学校の運動場にいる』と申しております」
「ふがふが(なんであんたがそんなことしっとるんじゃ)」
「レッドは『敵は悪辣非道の秘密結社ダークプロミネンスだ。今日こそ成敗してくれる。出動だ』と士気を高めています」
レッドといずみ女史の連携の取れた指示に、グリーン以外のメンバーが応じる。
「うぅう……いやだ……お外出たくない」
そう言いながら部屋の隅っこでうずくまっているのは、ブルーことは榛原アカネだった。高校を中退してから家に引きこもり続けたが、親が無理矢理ファイブレンジャー・ブルーへの就職を決めさせたのである
ブルーは外に出るのにおびえたように体を震えさせ、「ちょっと……おトイレ」と吐き気をこらえるような様子で飛び出していく。外出を迫られると嘔吐を繰り返すことがブルー唯一の難点であった。
「ブルー。おトイレから出たらすぐにレンジャースーツに着替えてくださいね。あとグリーン。イエローを連れ出してきてください」
いずみにそう指示されて、たかしははっとして倉庫へと向かった。イエローはたいへん優秀な団員だが、あまりに強すぎる力を持つ所為で、戦場へは檻に入った状態で運ばれる。
「ねぇグリーン。あたしのワンピース知らない? 花柄の青い奴」
と、携帯電話をいじくりながら言ったのは、ピンクこと平塚さくら隊員である。まともにしていればかわいらしいだろう顔を、怪人と見まごうほどに厚化粧している。
「……え? 知らないけど……」
「そっかー。見付かんないだよね……じゃあたし今日の出撃パスで」
「は?」
「オキニのワンピがないといけなーいっ」
いいながらスナック菓子をむさぼるピンク。グリーンがいずみ女史を見ると、どうでもよさそうに顎をしゃくっていた。
「ふがふが(いずみさん、ごはんはまだかのう)」
「レッドは『ピンクは置いて、出撃だ』と申しております。あとおじいさん、ごはんなら、昨日食べたでしょ?」
「ふはははっ! この渋谷小学校は我らダークプロミネンスがのっとったっ!」
カメのような体と両手についたドリルが特徴的な怪人『カメドリル』は、小学校の運動場で高らかにそう言った。「うぃーっ!」と下っ端どもが嬉しそうに追従する。
「これで今日の給食は俺たちのものだっ! おとなしくしていろよ、小僧ども。おとなしくしてたら牛乳とコッペパンくらい残してやる」
そう言って怪人カメドリルがにらみをきかせると、運動場に律儀に整列して捕まっている小学生たちは「プリンは?」と尋ねた。
「やらん。それは全部俺が食べる」
卑劣なり怪人カメドリル。小学生たちはあまりの横暴に抗議することしかできない。
「ふがふがふが(いずみさんや、ちょっと小便が出そうじゃわい)」
「レッドは『やい怪人カメドリルめ。このファイブレンジャーが来たからには、悪事はそこまでだっ!』と申しております」
そこに到着したのはレッド率いる正義の味方・ファイブレンジャー。レッドは車椅子、イエローは檻に入った状態での登場だ。ブルーはいずみに首筋をつかまれたまま、外出のプレッシャーからか泣きじゃくっており、一番新人のグリーンは萎縮して一番後ろに控えている。
「なにぃ? ファイブレンジャーだとぅ?」
「ふがふが(なんじゃあいつら。わしらのことを見とるぞ)」
カメドリルがレッドをにらみつけ、レッドは不安げにいずみ女史を見詰める。
「ゲンゾウさん、ここは一つ。いつもの口上をやってください。そうしたら、二日ぶりにキャットフードを食べさせてあげますから」
老人虐待に定評のあるいずみ女史がそういうと、レッドは意を決した様子で
「ふがふがっ。ふがふがふが(変身っ。ファイブレンジャー・レッ……)」
レッドが変身を行い『ファイブレッドっ!』と名乗りをあげようとしていると、下っ端隊員の一人がいたいけな老人を容赦なく射殺した。
「なにぃっ。名乗る前に打つだと……」
グリーンが驚愕してそういったが、どう考えても当たり前、パロディなどではむしろお約束である。いずみ女史は「やはりそうなったか」といった顔をしている。……さらば、レッド。ありがとう、レッド……。
「レッドがやられたぞっ! ものども、やれぃっ」
「うぃーっ!」
怪人カメドリルの指示で、下っ端どもが必死の形相で襲い掛かってくる。彼らにも守るものがある。組織のため、これまでに倒れた同僚のため、家族のため、派遣から正社員に昇格させてもらうため……。
「いきなさいっ。イエローっ」
いずみ女史が言う。グリーンの持ってきた檻の中から、ファイブレンジャー屈指の戦士、イエローが出撃した。
ゴリラのような巨体をしたその戦士は、ゴリラのように敏捷な動きで下っ端共に飛び込んでいく。イエローはゴリラのごとき太く強靭な腕で下っ端ともをなぎ払い、ゴリラのような歯で下っ端共に噛み砕いた。
ゴリラのような体毛に覆われた、ゴリラのようなゴリラ……イエローことゴリラのミュールくん(13歳)は、次々の怪人どもを血の海に沈めていった。
「ほら、ブルー。次はあなたが出撃なさい」
「お家帰して……戦いたくない……」
ブルーが泣きながらいずみ女史に懇願する。
「仕方ありませんね」
いずみ女子は溜息を吐いた。それからポケットから透明の器具を取り出す。ブルーは蒼白になった。
「や……それは……」
「ちょっとちくっとしますよ」
言って、いずみがブルーの腕に注射器をつきたてた」
「……やめて……やめ……う……うぐっ…………うふふふふふ」
ブルーの瞳に獣そのものの光が宿る。
「キモチイイっ! イィヤッホーっ! 出動だぁっ!」
そう言ってブルーは元気溌剌と言った様子で飛び上がり、いずみに渡された二丁拳銃を乱射する。
「腐れアスホールどもっ。順番にファックしてやるからそこに並びなっ! 今日の獲物は何匹かなぁ? たくさんいるかな? たくさん殺せるかなぁ……? 真っ赤なお花を咲かせてくれるかなうふふふふふっ」
薬がなければ戦闘はおろか外出すらままならないが、薬さえあれば射撃の名手として縦横無尽の活躍をする。ちなみに今注射したの脱法ハーブは、打ってから一時間は極度の快感と躁状態が続くものの、後は地獄のような体調不良と無気力が数日続くというものである。
二人の活躍で、しばらくの間は優勢そのものだったファイブレンジャーだったが、怪人カメドリルの容赦ない人海戦術によって徐々に劣勢に追い詰められてきた。向こうは月収十一万で次々に社員を使い捨てることができるが、こちらは何せファイブレンジャーであるので五人しかいない。
「仕方ありません。ブラックを呼びましょう」
いずみ女史がそこでとんでもないことを言った。グリーンが聞き返す。
「え……今なんて?」
「ブラックを呼びましょう。ファイブレンジャー六人目にして最強の戦士です」
それじゃファイブレンジャーにならないんじゃ……とグリーンは思ったが、口に出さなかった。
「うぐはははっ。この調子だ下っ端ども。今日こそファイブレンジャーを血祭りにあげてくれるっ!」
「うぃーっ」
カメドリルと下っ端は大喜びだ。特に下っ端はここでファイブレンジャーが死んでくれれば、後は安全な裏方業務をすれば良いのだ。がんばれ下っ端、家族の為に。
絶体絶命な状況で、グリーンはとんでもなく強大な気配が背後から迫るのを感じた。
「……こ、これは」
「ブラックですね」
いずみ女史が請け負う。「な、なんだっ?」困惑するカメドリルの前に現れたのは、ファイブレンジャー最強の戦士。
黒光りする数十トンの巨体。
そそり立つ鉄の逸物。
砂を抉りながら走行する強靭なキャタピラ。
ファイブレンジャー・ブラックこと『最新式P1228重戦車』が、うなりをあげて下っ端どもをひき潰しながら運動場に侵入する。巻き込まれた下っ端たちは声をあげることもできずにぺしゃんこになった。この作品は特撮ものでありコメディではないので、ギャグみたいにぴらぴらの紙になることはなく、若干のモザイクがかかるものの血と臓物などはしっかりと撒き散らされる。
「ま……待てっ。それはヤバいって、ええいっ。退却だ、退却、もうこの小学校に用はない、去れっ」
すかさず退却の指示を出す怪人カメドリル。その大半がPTSDを発症しつつも、ほっと胸をなでおろす小学生たち。
しかし、そこで悪人を逃すファイブレンジャー・ブラックではない。
「やっておしまい」
いずみ女史の指示の元、ブラックが主砲をカメドリルに向けてぶっ放す。ずっしりとした鉄の弾丸はカメドリルの体を貫通し、何をモチーフにした怪人なのか分からない姿に変質させた。
そして勢いそのままに弾丸は小学校の校舎に激突する。その恐るべき火力は一ヶ月前耐震工事が完了したばかりの校舎を一撃で粉砕させた。
崩れ落ちる自らの校舎を魂の抜けた表情で見守る小学生たち。適切なメンタルケアを施さなければ、情操成長に多大なる影響があるのは最早確実だった。
「さて……」
いずみ女史は、そこで新人のグリーンに向けてにこやかな笑顔を浮かべた。
「研修期間は終了です。いかがでしたか?」
グリーンはすぐさまレンジャースーツを脱ぎ捨てると、迷いのない声でこういった。
「辞表を書かせていただきます」
読了ありがとうございます。