乙女の鮮血
母の待つ家に帰るために戦う。
「パパ、もしかしたらエイミー姉さんは伝説の聖女かも知れない」
「いや、間違いなく伝説の聖女生まれ変わりだろう。そうかだからエイミーは……」
パパはエイミー姉さんのために泣いていた。
「フランス語で二十歳をヴァンタンと言うんだ。でも伝説の聖女は二十歳を待たずに死んだ。だからお前は二十歳にならなきゃいけない。その聖女のためにもエイミーのためにも」
私を励ますパパ。
私もそれに応えようとしている。
(えっ!? どうして私が明日二十歳になるって知っているの?)
やはりこの冒険は仕組まれていたのだろうか?
(そうか。二十歳はヴァンタンって言うのか。きっとパパにも私が伝説の聖女に見えているんだ! よし! 明日二十歳になってやる。何が何でもなってやる!)
私は大きな勇気に包まれていた。
二十歳を前にして火炙りの刑になった、伝説の聖女のような統率力や甲冑の類いはない。
それでも心はヒロインになっていた。
それと同時に、私は忘れていたことを思い出していた。
私がフェンシングを習い始めた頃、父の傍らにもう一人いたことを。
それが雅の双子のお兄さんだったのだ。
そして今、又パパの傍らにその人がいる。
その事実を今ハッキリと感じていた。
(あの人が今此処で私を励ましてくれている。パパと、チビと一緒にフェンシングで戦ってくれている。でもどうして此処に居るの?)
それが不思議でならなかった。
(一体何時乗り込んで来たの? もしかしたら、あのイルカの中にいたの? あの時、現実だと認識していないせいか何でも出来た。ウンテイや棒登りはは苦手だった。それでも必死に上を目指したんだ。もしかしたらあの時、陰から私達を手助けしてくれていたのかな?)
私は改めてあの人を見た。
あの人はパパと一緒に……
骸骨達と戦っていた。
(雅ごめんね。貴女の双子のお兄さんを見つけたに、今メールが出来ないの。そうよね雅? 今此処に居るのが雅のお兄さんよね?)
私は未だに信じられずにその人を見つめていた。
(好きだった。大好きだった。でも……、この時のために言えなかったの。そう……
全てはこの時のために。パパを魔法の鏡の中から開放するために……私は乙女のままで……。その鮮血を守る為に恋心を封印してきたのだった)
私の血が……、割れた鏡を再生する?
私は知っていた。
本当に知っていたのか?
だから……
だから……
ヴァージンなのか?
だから……
だから……
女子会オンリーだったのか?
だから……
だから……
大人になりたくなかったのか?
だから……
だから……
恋しいあの人まで封印したのか?
思い出せないように、心に鍵を掛けて……
だから……
だから……
パパの記憶さえも置き去りにしていたのか?
だから……
だから……
子供のままでいなければならない。そう思い込んでいたのか?
(そうだ全てはこの時の為に! 雅……私、本当に貴女のお兄さんが好きだったのよ。だから……必ず一緒に戻るね。お兄さんを必ず雅の元へ連れて帰るからね)
私は決意する。
だから此処に居る……
合わせ鏡とコラボして現れた魔法の鏡。
目の前の鏡に……
ひび割れた鏡に……
私の血を捧げる為に。
(お願い甦って! お願い家に返して!)
私は自ら掌を切り、写し出された鏡に擦った。
そして一心不乱に鏡に祈りを捧げた。
気付いたらパパが傍にいた。
あの人も……
チビも其処にいた。
パパは私の傷付いた掌にそっとハンカチを当ててくれた。
こんなにも優しいパパの記憶を無くしていた私。
もう我慢出来なかった。
私は暖かいパパの手を掴んで逃げ出した。
(この手の温もりは……そう、皆生きていると言う証拠だ)
だから、私の流した血は決して無駄ではない。
パパを助けることが出来るかも知れないから。
もう一度サーベルを手にする。
行く手を遮るキャプテンバッドと戦う為に。
「マルシェ!」
「ロンペ!」
俄か戦士だと思う。
でも誰よりも熱いハートで溢れている。
(パパのために! チビのために! 母のために! パパを助けに来てくれたあの人のために! そして何より、エイミー姉さんのために!)
迫り来る骸骨。
パパはサーベルを構えて私を守ろうとしている。
私は泣き虫だった……
私は弱虫だった……
パパは思い出に残る私しか、子供のままの私しか知らない。
果たして私は弱いままなのか?
私は自問自答を繰り返しながら又サーベルをフレンチに握った。
私は、自分の血が鏡を再生すると信じて捧げた。
はずだった。
でも結局鏡は再生しなかった。
「所詮偽りの鏡なのか?」
パパが崩れ堕ちた。
「偽りの鏡?」
私は自分の血を捧げた鏡の前で立ちすくんでいた。
「乙女の鮮血って一体何なの!?」
私はパパに激しい感情をむき出しにしていた。
「パパを助けたいのに……私の血では駄目なの?」
パパは困り果てていた。
パパが悪い訳じゃない。
(解ってる!)
私は偽りの鏡の前に崩れ落ちた。
合わせ鏡から写し出された虚像の魔法の鏡の前で。
(虚像? つまり、実体が無いってこと?)
「そうか?」
私は其処に写った魔法の鏡に何かを感じた。
「もしかしたら?」
私は私の血を捧げた鏡を触ってみた。
「パパ解ったわ。この鏡は映像だからよ。だから駄目だったのよ」
「そうか本物の鏡でなければ駄目だって言うことか」
私は頷いた。
「パパ家に帰ろう」
私は力強く言った。
パパは操舵室へ急いでいた。
足かせが邪魔をして時々転びながらも、一生懸命パパの出来ることをやろうと。
私とチビはその盾になることを誓った。
パパを母の元へ帰すために、家族で帰るために。
パパは操舵室で戦っていた。
船を港に戻すこと。
それだけを目標に。
私は骸骨と戦っていた。
パパの操縦の邪魔をさせないために。
チビも隣で戦っていた。
パパから教えて貰ったフェンシングの技で。
あの人もパパのために戦ってくれていた。
(私達はパパの弟子だった。だからあの人は強くなれたのだ。パパの言葉を信じて、努力に努力を積み重ねて……)
私は成長した青年を頼もしげに見入っていた。
「いいか良く聞くんだ」
パパが叫んでいる。
私達はすぐ傍に駆けつけた。
「もし鏡が再生して脱出出来たら、すぐに鏡を覆い隠すんだ。パパは何とかなる。だから解ったな?」
合わせ鏡によって、操舵室の前に映し出された魔法の鏡。
その映像が家に戻る手掛かりになると思われた。
満月の光に導かれ、大型客船は静かに港を目指し始めていた。
その先に、ボートを漕ぎ始めた港があると信じて……
更にその先に、我が家があると信じて……
「大丈夫だ。パパを信じて!!」
パパが力強く言い放った。
乙女の鮮血で鏡を再生することができる。