従兄様は策士でした。
「陸斗くん」
「何も言うな」
心底げっそりしているのは陸斗くんだけじゃありません。流石の私も顔も盛大に引き攣っています。
何故こんなことに……。
それは例のごとく従兄様に呼び出されたことからはじまりました。
従兄様は私の顔をみるなり挨拶もそこそこにメイドさんに私を押し付け、にこにこ笑顔のメイドさんたちによって可愛らしいワンピースに着替えさせられ、髪を弄られ、化粧を施されました。
従兄様はメイドさんたちによっていいところのお嬢様(仮)に変身させられた私を見て満足そうに頷き、仰いました。
「潰しに行くぞ」
意味が分からなくて固まる私を車に押し込み連れて行かれたのは見ず知らずの豪邸でした。
潰しに行くって、なにを?
まさかこのお家潰しちゃうつもりじゃないですよね?
嫌な汗が背中に伝うのを感じながら従兄様の顔をチラリと覗き見て………後悔しました。
と、とっても楽しそうに笑ってらっしゃるーーー!!
まさか本気で潰す気ですか!?何やらかしたんですか!?このお家の方はどんな逆鱗に触れたんですか!?
怖い!怖すぎる!!お家に返してくださいーーーー!!
完全に勘違いしていた私は状況が思っていたよりもずっと深刻で私に被害が出るようなことだとは考えもしませんでした。
一緒に連れてこられたのも従兄様のただの気紛れだとばかり……。
知らなかったんです!
ここが陸斗くんのお家だなんて!陸斗くんのお父様が陸斗くんの婚約者を連れて来ていて顔合わせをする予定だったなんて!従兄様がそんな状況の陸斗くんのところに私をポイっと放り投げてひとりで帰って行くだなんて思いもしなかったんです!!
だからお願いします。
詳しい説明が欲しいとは言わないので、お家に帰らせてください。
「……そんな不安そうな顔すんじゃねぇよ」
「だって、」
「大丈夫だ。お前を巻き込んだりしない。婚約くらい自分で断わる」
「……断われるの?」
従兄様が私を連れて来たってことはそういうことだと思うんです。
陸斗くんが断わるに断われないような相手だから、私を使えって。
もちろん従兄様の介入なしじゃ会うこともしない私たちに焦れて外堀から埋めていけ的な意味もあるのではないかと今では思ってますけどね!
清々しいまでに私たちの心は無視ですね!流石従兄様!!
答えは苦虫を噛み潰したような陸斗くんの顔を見れば分かります。
「ねぇ、陸斗くんその人と婚約するのと私とするのどっちが嫌?」
「はぁ?そりゃ、お前よりあいつに決まってる」
「じゃあ、行こっか」
「は?……お前、まさか」
「アキ兄がね、潰して来いって。だから今だけ私が陸斗くんの婚約者!」
「沙奈、」
ぐっと顔を歪める陸斗くんにへらりと笑って見ると大きな溜息を吐かれました。
「お前が思ってるほど簡単にはいかねぇぞ」
それでもいいのかって真剣な顔で最終確認をとる陸斗くん。
当然私はもちろんと頷きました。
なんとなく、ほんとうに何となく、陸斗くんが誰かのものになるというのはモヤっとしたというか、面白くなかったというか、なのでこのまま陸斗くんが婚約してしまうよりはずっとマシなような気がしたのです。
「またカフェラテ飲みたい」
「……ケーキもつけてやるよ」
申し訳なさそうな、複雑そうな顔から少しだけ笑みを取り戻した陸斗くんになんだか安心して私はまたへらりと笑ってしまいました。