第1話 卵生の王子
【12月17日:全面的に話の改稿を行いました!】
宇佐津彦は、今の下関のあたりにあった龍城国の皇子であった。当時、倭国は天孫瓊瓊杵尊の子孫である筑紫の大王の下に、多くの小国の王が自治をなしていた。『漢書』によると、倭国は百以上の小国に別れていたという。
当時17歳、宇佐津彦は、宇佐の地が好きだった。下関にいる父親の龍城国王とは、最近はあまり話をしていない。母とも喧嘩をしたので、この宇佐の地にこもっているのだ。
山の緑がきれいだ。国元から離れると一人で農作業をしなければならぬという問題はあったが、山を歩いていると、吹き寄せる風が気持ちいい。
今日も、宇佐津彦は宇佐の山を一人で歩いていた。もう、十日以上、誰とも話をしていない。
そこへ、「宇佐津彦様~!!!」と声が聞こえる。
誰かと思って振り向くと、父の舎人が彼に向って駆けていた。舎人とは、貴人を護衛する軍人である。
「どうしたんだ?誰かと思えば、父に使える舎人じゃないか。」
「はい、私は舎人の賀一と申します。今日は、大事な話が合ってまいりました。」
「一体、何があったんだ?母さんが怒っているのか?それとも、親父が俺を勘当するとでも?」
「いえいえ、ちがいます。王様の側室の方が、遂に子供を御産みになられたのです。」
そういえば、父の側室が妊娠していたという話は聞いたことがある。側室と言っても、八女国の王女だから身分は高い。歳は19歳で、宇佐津彦とも近いので、よく一緒に話をしていたこともある。
「そうかあ、ほんなら、次の王さんは私じゃなくて、私の弟だね。別に、俺は王になんかなりたくないよ。」
「申し訳ございませんが、実は、そのことで、側室の王女様が嘆いておられるのです。」
賀一は「お察しください」と言う顔をしている。
しかし、宇佐津彦は何も察することはできない。「どういうことだ?」と、そのまま聞いた。
「実は……、王女様が御産みになられたのは、当たり前の人の子ではなく、卵を産まれたのであります。」
「それはいいことではないか。異形の形で生まれた子供にはな、特別な使命があるのだ。卵の形で生まれたからには、余程素晴らしい子供に相違ない。」
「王子様、王様が出された領民優生令をご存知ないのですか?奇形児、虚弱児、精神薄弱児は、蛭子の先例に従って、捨てなければならないのです。そんな命令を出した当の本人である王様が、卵の形で生まれた子供を生かしておくわけにいくと思うのですか?」
「奇形があるからと言って、殺すのはねぇ。自分の子供を殺す神経がわからん!」
「卵を自分の子供と思えるでしょうか?それはさておき、王様がその卵を壊せと命じているのですが、側室の王女様は壊したくない、宇佐津彦様の判断を仰ぎたい、と言っているのです。」
「は?」
「ですから、宇佐津彦様の説得があれば卵を捨てるが、そうでない限りは卵を守り、わが子として育てると・・・・。」
「そりゃ、自分の子供はかわいがって育てればいいじゃないか。わかった、下関に行く。どうせ、俺が何を言っても父上の心は決まっているんだろうがな。」
「とりあえず、急いできてください。事は一刻を争います。」
「わかった、わかった。とは言って、みんな私が返ってくるのを待ってくれていると思うがな。」
そういいつつ、宇佐津彦は自分の庵に帰り、龍城国王の宮殿である下関の多婆那宮に向かっていった。