世界終末論 その弐
『世界の終わりがやってくる前に、宇宙人が救いにやってくる』
そんな噂が囁かれ始めたのはいつだったっけ。
終わり行く世界に未練はない。皆で宇宙人と共に新しき世界に行こうではないか。
誰が言い出したんだっけな。偉い教祖だったっけ?インチキ宗教家だったっけ?国王だったっけ?
まぁどうでもいいんだけど、その噂を信じている俺以外の人間は皆荷物を持って、惚けた笑顔で、救いの場に向かっている。
俺はただ、地面にしゃがんで、救いの場に向かう人達を眺める。俺の友人も、向かってる。
止めたって無駄。何度も説得したのに、誰一人として聴いてくれなかった。
何故かは分からない。分からないけど、何故か知ってる。
世界の終わりなんて、滅びなんてやってこない。救いの場なんてなくて、救いにやってくるんじゃなくて、連れ去りにやってくるんだって。
なんとなく、数日前に出会ってから俺に懐く男の子のイーストを見る。
俺が見てるのに気づくと、にっこりと笑った。
イーストが何か言いかけた時だった。
「ライオネル、行かないのか?」
友人の声。見上げると、皆と同じ惚けた笑顔。
「行かないよ。この世界は終わらないから」
「終わっちゃうぞ?この世界は終わっちゃうんだぞ?“赤い人”がそう言ってるんだ。“赤い人”は俺達を助けようとしてくれてるのに、なんでお前は従わないんだ?」
「“赤い人”なんて、俺には見えないからな」
「…………」
俺にブツブツ恨み言を言った後、歩き出した。皆と同じように、狂ったようにくすくす笑いながら。
“赤い人”がやってくる。救いにやってくる。
惚けた笑顔で口を揃えて言うもんだから、気持ち悪い。
「お兄さんは、くろいひとの声が聴けてよかったね」
イーストがパンを齧りながら笑顔を向けてくる。
「くろいひと?」
「くろいひと達はね、僕らを守ってくれてるひと達なの。お兄さんのこともね、くろいひとに教えてもらったの」
言いながら、窓の空いてる部屋に向かって手を降る。けど、誰もいない。
「皆ね、くろいひと達の声を聴かないから、“赤い人達”に連れて行かれちゃうの。くろいひと達は守ろうとしてくれてるのに」
「ちょっと待って。“赤い人達”って、やっぱ宇宙人なのか?」
「くろいひとは空からやってきたって言ってる。空からやってきて、地球の人達を連れて行くんだって。連れて行かれないように守ろうとしても、地球の人達は“赤い人達”の声を聴いちゃうんだって」
じゃあ、俺が漠然と救いの場なんてないって知ってたのは、イーストの言うことを信じるなら、くろいひとが守ってくれてたから?
「お兄さん、あの人達の中に行かないでね。もう助けないで。お兄さんでも、戻れなくなっちゃうから」
痛いほどしがみついてくる。まともな精神でいるのは、俺とイーストだけなのかもしれない。
狂った笑顔で一点を目指す群衆。
宇宙人に連れて行かれるかもしれない群衆。
俺はただ、何もせずに群衆の波が途切れるのを待つ。
その夜、山の向こうに眩い光の柱が忽然と現れ、忽然と消えたのを見た。
「あぁー!兄さん鈍臭すぎ!せっかくのチャンスだったのに!」
「ごめんごめん。次は捕まえる」
あれから一年。世界は滅びてない。
俺達は人が消えた世界でサバイバル生活を楽しみながら、充実した日々を過ごしてる。
あの日、光と共に消えた人達がどうなったかは分からないし、知る由も無い。
ふと、視界の隅に黒い影が写った。俺はその真っ黒な影に向かって手を振る。
黒い影、もといくろいひとも笑顔で手を振り返してくれた。
最も、見た目は真っ黒な影だから表情はないけど。
なんとなく空を見上げて、消えた友人に言う。
ほら、世界は滅びなかっただろ?世界は綺麗なままだぞ?世界は広いのに、もったいない。
世界終末論 その弐 了