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1枚の荷物

彼女は郊外から大手町に勤める普通のOLだった。郊外といっても自宅ではない。出身は東北の片田舎だった。一人暮らしをするのに妥当な家賃で探していると、そこそこ郊外のアパートになっただけだ。


彼女は人付き合いがあまり得意ではなかった。なんとなく出身の東北弁が出るような気がしてならない。男性がウケを狙って使う東北弁は歓迎されるが、女の子がそれと知らず使う東北弁にはみんなが引いてしまう。従って彼女は無口だと言われるようになった。


若くて可愛い女なら無口でももてる。いやベラベラ喋る女より人気が高い。しかし彼女のようにとっくに30歳を過ぎた地味な女にとって無口とは致命的だ。先日も同期の結婚式があった。新婦の彼女とは同い年だ。とくに器量がいいわけでもない。私より太っている。でも、よくしゃべって明るいのだ。新郎は「彼女なら肝っ玉母さんになってくれそうで」と挨拶していた。


そんな彼女の趣味は通販だ。日用の必需品から要らない物まで何でも通販で買っている。自宅まで届けてくれる便利さと、何より店員とのやりとりが不要なのが気に入っていた。


その日は注文をした記憶のない宅配便が届いた。宛名が自分だったのでとりあえず受け取った。

「もう、何注文したかもわからなくなってきたのかしら」

と、いぶかりながら、箱をあらためて持つと異様に軽い。何も入っていないみたいだ。

とりあえずカッターで開けてみる。

中には紙が1枚「おめでとうございます。次はあなたの番です。」と書いてあるだけだった。

「なに、これ、私への荷物じゃないわ。」

宛先のシールをみると、確かに自分だった。

間違いを運送会社に連絡しようとしたが、ちょうどその部分のシールが剥がれていた。差出人も同様だった。見える範囲の運送会社のマークは知らないものだった。

「困ったわね。でも紙1枚でしょ。届いていないってわかればまた送るわよね。」


そんなことがあったのも忘れたある日のこと。


「おい、○○くん、△△商事のパーティーに代わりに出席してくれたまえ。」

「えっ、部長、なんで私が。」

「例のクライアントがお怒りの件、今から私と課長と係長でお詫びに行くんだ。こっちは我が社の社運がかかっているが、△△商事のほうはただの付き合いだからさ。」

「でも私がですか。」

「何言っているんだ。君はこの部で最古参なんだよ。しっかり頼むよ。」

そう言って部長たちは出かけて行った。


困った。今時の若い子なら通勤着のままパーティーにも行けるだろう。でも私はリクルートスーツみたいな地味な格好をしている。パーティーより葬式のほうが似合いそうだ。

それに何より人前は苦手だし。


パーティーの時間だ。彼女は嫌々ながら会社を出発した。


ほぼ定刻にパーティー会場に着いた。

そうすると、何か様子がおかしい。

「□□物産の方がおみえです」

「□□物産の○○様、このたびはご足労をお掛けしまして。本日は誠にありがとうございます。」

「いえ、私は××部長の代理で来ただけで、あのぅ。」

「もちろん部長様からはご連絡いただいております。もっとも優秀な部下の方がいらっしゃるのでよろしく頼むとのことでした。私どものために、誠に恐縮です。」

「ですから、あくまで代理で・・・」

「まずは、パーティー会場へ。」


パーティー会場は予想通り華やかだった。彼女のような地味な格好の女の子などひとり

もいなかった。


「○○様のお召し物、素敵ですね。」

「えっ。」

「男性のスーツはいわば戦闘服じゃないですが。私は「女性もそうあるべき」と思っているんです。あのチャラチャラした女の子の服なんかすぐ破れちゃいますよ。あれでは戦えません。やはり○○様のようなしっかりしたお召し物が一番です。」

「はぁ。」


何なの、これ。どっきりカメラ。って私、素人か。冗談ならやめてほしいなぁ。


「では、宴もたけなわでございますが、本日、ご列席の皆様からお言葉を賜りたいと存じます。

「それでは提携関係において多大なるご支援を賜っております、□□物産の○○様、よろしくお願いします。本日は××部長様から我が社のエースを送り込んだぞ、とのお言葉を頂戴しております。」


「スピーチするもの大変よね。どうせ誰も聞いていないのに。その隙に料理食べよっと。」

「えっ「□□物産の○○様」。「□□物産の○○様」って私のことじゃない。」

周りは彼女の登壇を待って盛大な拍手をしている。


彼女は一瞬立ちくらみがした。周りはちょっと驚いたが手を差し伸べるほどではなかった。


彼女は凜として演壇に向かった。

関係者へ一礼のあと、流暢に自己紹介をし、××部長が欠席したことを詫びた。


「このたびの御社のインドネシア進出をお祝い申し上げます。すでに進出しております弊社もふんどしを締め直す必要があると強く感じている次第です。」

(笑)

「インドネシアと言えば自動車と電器産業が先行しておりますが、昨年度のGDPを見る限り・・・」

その後も完璧なスピーチが続き満場の拍手で終わった。


演壇から降りる時にまた軽い立ちくらみがした。


「いやぁ○○様、素晴らしいスピーチ、ありがとうございました。」

「はぁ。」

「インドネシアの経済の分析の視点は大いに参考になりました。」

「はぁ。」

「しかし「ふんどし」はよかったですね。あれで場が和みました。」

「ふんどし、ですか。」

「お疲れのことでしょう。あとは飲み物や食べ物・・・食べ物はもうほとんどありませんが、ごゆっくりお楽しみ下さい。」


彼女には何があったのか、一切の記憶がなかった。


パーティーはお開きになった。

「是非2次会で○○様の蘊蓄を頂戴したいところですが。」

「すみません。明日も朝が早いので失礼させてください。」

「そうですか、それは残念です。ではお気をつけてお帰り下さい。」

そう言ってタクシーの運転手にタクシーチケットを渡していた。

「ここからウチまでって、結構かかるのに気前いいわね。」


風呂の中で、彼女は今日一日何が起こったか整理したが、整理が付かなかった。

「あの自己中の部長が私にパーティーに行けと言ったのは、まあ不自然ではないな。」

「おかしかったのは△△商事についてからよね。」

「なんだか、ウチの部のエースが来たとか勘違いしてた。」

「私の服を褒められたのには笑ったわ。」

「で、私がスピーチする羽目になって、そこの記憶がないんだよね。」

「終わったら大喝采でしょ。私何しゃべったんだろう。

「確かインドネシア進出のパーティーだったから、去年行ったジャカルタの話でもしたのかな。」

「でも都心からウチまでタクシーに乗れてラッキーだったわ。」

彼女の記憶はこの程度のものだった。



その数週間後

「※※商事にこの見積書を届けてくれたまえ。」

「部長、だったらバイク便の方が早いですよ。」と彼女。

「こういう書類は手渡しすることに意義があるんだよ。」

「でも私が手渡ししても、意味ないと思うんですけど。」

「いやぁ、先方が急に時間指定してきて、担当者は全員手がふさがっているんだ。だから君でもいいから仁義を通して欲しいんだ。」

「私でもいいから、ですか。」

「頼むよ。」


ハイハイやりますよ「私でもいいから」仕事。

文句を言っても仕方ない。グズグズしていると先方の指定の時刻に間に合わない。

彼女は見積書の入った封筒を持って地下鉄に乗った。


※※商事に着いて受付で担当の☆☆課長を呼び出してもらった。☆☆課長はすでにロビーで彼女の到着を待っていた。

「□□物産の○○と申します。例の件の見積書をお持ちしました。」

「☆☆です。××部長さんからお伺いしております。直々に恐縮です。」

直々に、ってただ見積書を届けに来ただけなのに。

「××部長さんから、たまたま方角が一緒なので次期役員候補が行くから、と聞きまして、お待ちしていたところです。」

「はぁ。」

この人、誰かと勘違いしているわ。

「ところで○○様、早速ですが見積書を拝見させていただけないでしょうか。」

「これは失礼しました。こちらになります。」

「ちょっと中を拝見させていただきたいので」と彼女をロビーの椅子に誘った。

「御社と弊社では一カ所だけ、毎回計算の方法が異なる箇所がございまして。」

「今回も異なりますね。どうしたものでしょう。いつもは僭越ながら私が修正させていただいているのですが。」


一瞬、彼女に目眩がした。

「失礼ですが、☆☆様の計算方法は、原材料に対する関税をこの部分で算出されていらっしゃると拝察します。一方、弊社の計算では関税をここに上乗せしています。これは万が一税務監査があった場合に関税の処理をわかりやすく見せるための措置で、失礼ですが☆☆様の計算方法では長時間の監査が生じるかと存じますが、いかがでしょうか。」

「なるほど、確かにおっしゃる通りです。私はついつい売り上げ重視で計算して税に対する配慮にかけていました。勉強させていただきました。」

そしてまだ彼女は目眩がした。

「では、今日はわざわざ弊社まで足を運んでいただきありがとうございました。貴重なご指摘までいただき恐縮です。」

「こちらこそありがとうございました。」


「まただ。気を失ってしまった。そんなに長い時間ではなさそうだ。」

「見積書にクレームをつけられて、その後を覚えていない。しかし、結果的に☆☆課長は納得したみたいだった。一体、何が起こったのだろう。」



こんな不思議な出来事が彼女にちょくちょく起こるようになった。

彼女も当然原因や因果関係を探るようになる。


近しい営業先の事務所で決算書のまとめ方でもめた時にも、彼女は目眩を覚え、気がつくと問題は解決していた。

よく世間話をするなかの良い主任さんに聞いてみた。

「私って何しました。」

「何いっているんだよ。最初に××部長が来れませんと謝ったあとで、うちと□□物産さんでは計算の順序が違うだけで決算の数字の途中には多少差が出ますが、結果の数値が一致するのは当然です。ただ計算が楽なのは□□物産の方です。ですから□□物産のやり方に統一しませんか。って言って。うちの所長が、はい、って言ったんだよ。」

「そんなこと言ったんですか。私、全く記憶がないんです。」

「疲れてるじゃないの。休暇でももらったら。」


その後もこの現象が起こるたびに、何があったかを詳しく教えてもらうことにした。


どうも目眩や立ちくらみがあると、その直後には人が変わったように専門的な発言が出来てみんなを感心させる能力が備わるらしい。そして次の目眩や立ちくらみでその記憶が消えてしまう。

△△商事のパーティーや※※商事のように目眩や立ちくらみの前から前兆が現れることもあるらしい。

そして前兆がある時ほど目眩や立ちくらみの後の行動が完璧のようだ。


そのうち彼女は、

「意図的に目眩や立ちくらみにならないかなぁ。」

と考えるようになった。

試行錯誤の末、カフェインを大量に摂取して内耳を回すと目眩に至ることがわかった。

訓練により、ほぼ100%の確率で目眩を起こすことができるようになった。目眩の時間はほぼ5分だ。


それからは、難しい交渉事を選んでは××部長に、

「私に行かせて下さい。」

と積極的に頼むようになった。

そして、意図的に目眩を起こさせたあと、完璧な対応をみせた。

しかし、それと同じくらい、とんちんかんな答えで場を笑わせることもあった。

彼女は目眩が不十分なのだと思った。



「おい、もういいだろう。」と××部長。

「そうですね。」と◎◎役員秘書。

「彼女を呼びたまえ。」


「失礼します。」彼女は役員室に通された。

「あ、僕、役員待遇の部長だから。」と××部長。

「こちらは秘書の◎◎君。」

「はじめまして、◎◎です。」

「はじめまして、○○と申します。」

「まぁ、正確には、はじめまして、じゃないんだけどね。」

「はぁ。」


「最近、君の周りで不思議なことが起こっているだろう。」

「はい。」

「なぜだと思う。」

「可笑しいかもしれませんが、目眩のせいかと思います。」

「確かに可笑しいね。なぁ◎◎君。」

「はい、可笑しいです。」


「あまり焦らしても可哀想だ。我々はね、女性の幹部候補生を選んでいるんだよ。」


「△△商事で君はべた褒めされただろう。あれは◎◎君が渡した原稿なんだよ。」

「そこで恐縮がろうが、否定しようが、そんなのは関係ないんだ。」

「要は、君にはそれだけ優秀な才能があることを他人も認めている、ってことを認知出来るか否か、なんだよ。」「ここで君は失敗したね。」


「洋服を褒められて時も、はぁ、はないだろう。自分のファッションに自信を持っているはずだろう、君は。」


「その後のスピーチの前後で立ちくらみしただろう。これは気功が多少できる◎◎君の仕業さ。立ちくらみ自体に何の意味もないんだよ。」

「でも、その後のスピーチが素晴らしかったのは・・・」

「まだわからんかね。あのスピーチは素の君がしゃべったものなんだよ。私も聞いていて惚れ惚れしたよ。こんな逸材が部下にいたとは。」

「しかし、それを君は立ちくらみのせいにした。なぜかわかるかね。自分に自信がないからだよ。」

「自信がないから難しい話は忘れてしまう。」


「※※商事の見積書にも驚かされたよ、見積書の作成手順についてろくに教育も受けていない君が先方の経理のプロをやり込めたのたがら。」

「私も陰から見ていて驚きました。」

「前後の目眩はもちろん彼の仕業だよ。」


「君は自分の才能と能力に気づくべきだったんだよ。」

「それなのに、なんで君は目眩のつくり方なんかに必死になったんだね。」

「自分にそれだけの才能があるなんて・・・」

「いいかい、君はうちの会社に何年いるんだい。いくつの部署を経験してきたんだい。まさに幹部候補生として最高の逸材だったんだよ。」


「本当に残念だよ。もう下がっていいよ。」



「じゃあ、次はこの子だな。例の宅配便を送ってくれたまえ。」




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