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戦人英雄譚  作者: 畔上昇
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三話 王都帰還

朝、いつもは静かな川の流れや、鳥の鳴き声しかしない小さな村にはとても似合わない服装の者達の声が響き渡っていた。


「遅れてすまない、ネイシア。太陽が昇り始める前にはつくはずだったんだが」


自分より位の低いネイシアに対し、申し訳なさそうに言うこの優男の名はカティーナ。身分の高い貴族のみで構成されるエリート部隊の隊長である。通常、騎士はそのほとんどが身分の低い民間人を蔑んでおり、こうしてネイシア達と話すことなどないのだが、カティーナだけは身分を気にしない気質で、軍部の者とも、町の人とも友好的な関係を持っている。ただし彼の部下もそうとは限らないが。「い、いえ遅れたなどっ!アルベール将軍には昼までにと聞いていたもので…。恥ずかしながら、まだうちの部下が偵察に行ったままでして…申し訳ありませんカティーナ隊長」


これでもかと頭を下げるネイシアとそれを制するカティーナ。単純に考えれば、ネイシアの責任はないのだが、わざわざ援軍に来てもらっておいて待たせるというのが気に障るのだろう、難儀な性格である。


――――――――――



「これは…」



きれいな森の中の、少しばかり開けた場所に、テントの残骸…細かく言えば切れた布や、杭やロープがそのままにしてあり、焚火の跡もある。よくみればあちこちに灰が散らばっており、昨夜盗賊達がここにいたのはどうやら間違いないようだ。




「おそらく誰もいないな…やはり昨晩のうちに去ったのだろう。ネイシア隊長に報告を入れよう。急いで戻るぞ」



敵がいないのを確認し、満足したように戻る偵察二人組。もし、ここで襲撃にあったとしても、おそらく気づかないのだろう、彼等の後ろ姿を見る少年の視線には気づいていなかったのだから…――



―――――――



時を同じくして森林を移動する集団――

こちらはマット達とは反対の方角である。


「頭、なんで逃げるんですかい?騎馬隊ってのはそんな強いんで?それとも、あのマットってガキが理由ですかい?」

「騎馬隊なんてどうでもいい、問題はマットさ。まあ、行方がわかっただけマシだけどね。それよりも次の目的地だ。アリス村…だっけ?急ぐよ!」


「ちょっ…頭ぁ!?速いですって!!」


部下はそのほとんどが徒歩なのだが、一切無視し、馬を走らせるその様はセフィーナの傍若無人ぶりが手にとるようにわかる。鬼上司というやつだろう。

少女の艶やかな笑い声と、男達の慌てる声が森の中でこだましていた――――



――――――――――



偵察が部隊の停泊した村に戻るまでのネイシアとカティーナの話し合いは長く続いていたが、そのほとんどは昨夜の襲撃の盗賊頭―セフィーナについてであった。

それもそうだろう、軍の部隊二十名の中に堂々と正面から侵入し、隊長であるネイシアに一撃入れた後、無傷で逃げ切るなど、とても一介の盗賊の行動ではないのだ。



「しかし、その女の目的は一体…戦衣や剣の強奪が目的なら見張りを倒した後奪ってるはず。となると、目的は別にあった…今後も気をつけるべきだな。無事でよかったよ、ネイシア」



「そ、そんな滅相もない!自分など!単身乗り込んできた相手を討ち損ねただけでなく、大事な部下を守れず…」


「いや、部下の命まではとられていないんだ、今はそれでいいだろう?向こうに殺す気がなかったのだろうな。…こうなるとますます疑問だが。ところで、その女の知り合いだという君の部下はどこに?」



「それが…マットは「おれならここにいるっすよ。お久しぶりですカティーナ隊長」


話に夢中であった二人にはマットが戻っていることに気づかなかったのだろう。

一体どこに…!と言いたげなネイシアを制し、カティーナはにこやかな笑みを浮かべ、マットに、その女のことを教えてくれと尋ねた――


「…ネイシア隊長に言った通りっす。昔の知り合い。ここ数年は会ったことないし、そもそも生きてるのかすら知らなかったんで有力な情報は期待しないでください」


ネイシアに言ったことをそのまま淡々と告げるマットだったが、その内容に納得いかないのか、うーんと唸りながら腕を組み唇を真一文字に結んでいる。


「ネイシア隊長!報告です!盗賊は昨夜のうちに移動した模様!焚火の跡を確認しました!」



カティーナが悩んでいる丁度その時に偵察が戻ってきたのだろう、それを聞いた他の隊員の反応は、安堵している者と、悔しがっている者…様々だ。


「…ご苦労。しかしそれでは我々が来た意味がないな。追っ手を出すわけにもいかんし…仕方ない、グロードとの戦もある。一度王都に戻ろう。それに、この人数ならば襲撃されても返り討ちにできるだろう。…よし。全員、直ちに準備せよ!王都に戻るぞ!」呟きつつも、最後だけは強く言い放ったカティーナの命令に、何人かの騎士は不満の表情を浮かべたが、さすがに異論を唱える者はいなかった。



――――――――――




ギイと鈍い音をたて開かれる王都自慢の巨大な鉄製の門――そこから出てきたのは十名のカティーナ騎馬隊…続いてネイシアの軍部隊である。襲撃を警戒しながらの帰還のため、かなりの時間はかかってしまったが。


「任務は終了だ!だが負傷者を病院に連れていく!医療担当の者は共に来い!それ以外は解散!」



ネイシアの号令を聞いた途端、幾人かは安堵したように自宅に向かい始めた。それもそうだろう、軍人と言ってもたかが一兵卒ではたいした給料はもらえない。ましてや戦争中だ。店を営む者や、農家の者などもいる。弱小国では仕方ないのだ。

そんな中、騎馬隊はこの後も任務があるのか、城に直行するようだ。ネイシアとカティーナが話しているのが見える。お互いに通じるものがあるのか、やけに親しそうだ。

だが自分には関係ない、と傍目に二人を見ながらマットは思う。そりゃああのきれいな小麦色の肌を触れられるのなら触れたいし、そうでなくともネイシアほどの美人となら話しているだけで羨ましく見えるが、やはりそんなことは自分には関係ない。


「そういや…あのガキどうなったんだ?」


任務中はセフィーナのことばかり考えていたマットであったが、昨日少女を助けていたのを思い出した。

「…家に帰って着替えたら見に行くか」

長時間歩いていたせいか、汗で身体がべとついて気持ち悪い。一度シャワーでも浴びなきゃやってられん。


―――――


シャァァァ…とひとしきり汗を流したところで、タオルで体を拭く。まだ髪は濡れているが、そんなことを気にするような男でないのだろう、シャツにズボンを身につけ、アレス王国の紋章が刺繍された上着を羽織る。これがなければ城内には入れない。

まったく国というのは不便なもんだ…

そう呟くマットの表情は緩みきっており、だるそうに首を回している。すぐ傍にあるベッドに今すぐ飛び付きたい欲求を抑えつつ、玄関のドアを開けた。



―――――――――


…疲れた。やはり隊長というのは私に向いてないのだろうか。部下の命は助かったが、そもそも安々と進入されたのは自分の責任だ。さらに言えばその前の、林道で囲まれたのも失態でしかない。あげく、一対一で切り合ったにも関わらず負けた。個々の武勇ですら劣るのだ、それも盗賊相手に。

今までの血の滲むような訓練は何だったのか、と疑問まで沸いて来る。


「…やめよう。ごちゃごちゃ考えるのは性に合わないな…剣でも振りにいくかっ!」


今の時点で敵わないなら、もっとつよくなればいい。次こそ勝つために。

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