一話…上官ネイシア
「ただいま〜!…つっても誰もいないか」
重い足取りで玄関に座ると革の靴を脱ぐ。支給された軽装備の制服をさらに軽く改造している自分は私服とほぼ変わらない動きやすさであるが、それでも戦場を走り回れば疲れもする。
汗と血と雨で汚れきった服を脱ぎ、風呂に入る。
「あの少女…どうなったかなぁ…」
―――――――
「…えぇい!邪魔だ!いいからそこを通せ!」
城下街表通りにある一軒の酒場で怒号をわめき立てる者が1人――短い黒髪に小麦色の肌…黙ってさえいれば恋人には困らぬであろう女がそこにいた。少年マットの上官ネイシアである。
「全く…騒ぎすぎだ……」ぶつぶつと呟く姿はまるで鬼嫁のよう…しかしこの性格では結婚は当分先だろうが
そんな彼女は人を探しているようで、キョロキョロと周りを見ている。
数秒の後、視線が一点に集中する。
「アルベール将軍!!探しましたよ!重要な話があるのできてもらえますか?」
「なんだ、ネイシアちゃんじゃないか。愛の告白でもしにきてくれたのか?」
「アルベール将軍、それ以上話せば首が飛ぶことになりますが?」
ネイシアの冗談とは思えない言葉に大きく笑いを飛ばしたこの男は見た目も言動も軽い男である。
が、人の話は聞くようで、笑いながらもすぐに席を離れネイシアと共に店を出た。後ろからは逢い引きか〜?と囃し立てる声が止まなかったが。「…で、どうした?」
「はい、うちの部下が少女を保護したとのことで現在高官に預けてきました。将軍に報告が必要かと思いましたので」
「少女ねぇ、何だってまたあんなところに?」
「それはわかりませんが、部下の報告では小屋に閉じ込められていたということです」
それを聞くとアルベールは眉にシワを寄せ、腕組みをして考え始めた。
「他国の捕虜って可能性もあるが…グロードとの戦に負ければ皆殺し。大方近くの村から掻っ攫ってきたんだろう。かわいそうに…」
「そうですか…では私はこれで失礼します。貴重な時間を割いていただきありがとうございました」
そう言うとアルベールの返事も聞かずに早足で去ってしまった。彼女のことだ、家で一人酒でも飲むのだろう。
「捕われた少女…ねぇ…」
―――――――――
プルルルルル…プルルルルル…
「はい、もしもし」
「私だマット。ネイシアだ。さっそくだが明日任務だぞ。盗賊退治だ」
「今日グロードとやり合ったばかりじゃないすか。冗談じゃない、おれはごめんっすよ」
「これは任務だ、正当な理由なしに断ることはできん。明日の正午に城門前に来い。以上」
「正当な理由ならあるっすよ、だるいし筋肉痛だし…ってあれ?切れてる…」
マットは舌打ちし受話器を放り、硬いベッドに横になる。目を細め、諦めたように眠りについた。