第一章
その日はひどい雨の日だった。この国では雨は珍しく、降っても小雨程度であり、前方数メートルほどしか視界がなくなるほどの土砂降りなど、年に数回だった。
「…今日は雨か。落ち着くなぁ、きれいだなぁ…」
柵越しに雨を見る少女はずっと外の世界に憧れていた。隙さえあれば風景を見る。そんな毎日を過ごしていた。他にすることといえば質素な食事、堅いベッドで睡眠だけ…そんな生活が五年も続いていた。
――――――
降りしきる雨の中、息を荒げ走る少年が一人…。両刃の細剣と革の鎧を身に纏い、血と雨に濡れたその姿はまさに鬼…ただしその幼い顔立ちを見なければだが。
「…はぁ…はぁ…」
途中まではよかった。味方と共に攻め込み、優勢の状況が続いていた。しかしこの雨のせいか、仲間とはぐれ、気づいた頃には敵に囲まれており、方向感覚のないままに逃げてしまった。今どちらが優勢なのか、そもそもここはどこなのかすらわからないでいる自分が情けない。
そんな時、目の前に古びた小屋のようなものが写った。身を伏せ様子を探ると、扉には厳重に鍵がかかっているうえに、見張りがいる。重要地点なのかもしれない。
「宝物庫とか武器庫だったらラッキーだな。」
見張りの男は油断しきっているし、何よりこの雨だ。少年は瞬く間に移動し、気づく間もなく見張りの男の首を飛ばした。
「はぁ…はぁ…あった」
服を探ると中から予想通り鍵を見つける。小屋をこじ開け中に侵入すると中には…
「どうしました?まだご飯の時間では…」
数秒目があう。
「えっと…どちらさまでしょうか?」
中には期待した武器や資源の代わりにぼろを纏い紫の瞳をした少女がきょとんとした顔でベッドに座っていた。純真無垢な瞳で自分を見つめるその少女はあまりにも戦場に不釣り合いで、なぜこんなところに一人で…と思ったがもしかするとさらわれた民間人なのかもしれない。
そう思ったマットは落胆した表情を隠し、保護するため、少女に近づく。
「…あ。」
少女は自分の後ろを見て声をあげた。少女に気を取られ、背後の警戒を怠っていたからだろう。振り返ればそこには、筋骨隆々、体にはいくつもの傷痕を残した男が仁王立ちしていた。
「貴様、アレス王国の兵だな。おとなしくしろ。楽に死なせてやる」
「おいおいマジかい。勘弁してくれよもう。逃がしてくれって」
「ならん。我がグロード大国では敵兵は皆殺し。貴様も例外ではない」
そう言い放った男は手に握った大剣をマットに向かって振り下ろした。
「おわぁっ!…ったくもうめんどくせえなぁ!」
戦闘は避けられない状況と判断するやいなや細剣を抜き男に切り掛かる。
「ぬぅっ!…小僧が!」
振り抜いた細剣は男の頬を掠める。さて、この少女を連れて出たはよいもののどうしようか。外では戦闘が終わったのかわからないし、ましてや少女を守りながら戦うなど非力な自分には不可能だ。
厄介なことになってしまったと頭をかきながらマットは思った。
しかし、運に恵まれたのか、外を少し歩くと味方部隊を発見した。聞けば戦闘は今しがた終わったそうで、自軍に戻るところだったそうな。状況を教えてくれた兵士は後ろについて歩く少女について聞きたそうだったが、聞かれる前に小走りで戻ることにする。だが、歩いても歩いても見えてくるのは雨、雨、雨。そんな土砂降りの中、あちこちから歓声や雄叫びのような声が聞こえる。おそらく勝利に酔い興奮しているのだろう。
そんな中、一人ひどく冷めきった表情の少年と、無邪気な顔を綻ばす少女の姿を見ていた者はいたのだろうか――