第二話 二号管理官は二号を見守る
彼は明るく、人に好かれやすかったと人々は口にした。
「二号管理官、中佐より二号訓練のお話をお伺いしましたが」
一号は二号管理室モニタールームに足を踏み入れる。
そこには二号管理官である女性と管理官のサポートをしている研究所の人間達がいた。
「あら、一号、もう来たのね。中佐は遅れて参加、かしら」
「ええ。大将からお呼び出しがかかったそうで先にそちらに行くと」
二号管理官は一号の存在に気付くとニコリと人の良い笑みを浮かべる。
「一号管理官とは言っても、佐官だから呼び出し多いわね、中佐」
「ええ、まあ」
「初期個体でも一番管理が必要ないから、管理官を離しても大丈夫だと上層部から思われているんじゃないの、一号」
二号管理官は一号に厳しい言葉を投げかける。
一号は知っていた。それは二号管理官である彼女の強がりだと。二号管理官である彼女が上層部に呼び出されるとき、それは二号が廃棄処分されるときのみなのだと。
つまり、上層部から呼び出されていない現状は失敗作と呼ばれている二号が生き延びられることを証明しているのだと。
「『俺』の状態を見ただけで、『俺』よりも『俺』のことを把握できるあの人を『俺』から離しても大丈夫だと?」
「外側から見たら、っていう例え話なのだけれど」
二号管理官は不満そうな一号に溜息をつきながらも言葉を掛けた。
初期個体二号の管理官、通称、二号管理官。もしくは陸二号管理官。
陸軍にて、二体目に登録された個体の管理官であり、初めて成功した人外個体の制御を任されている三〇代女性が彼女である。
職業は陸軍研究所所属研究員。彼女は二号開発に関わっており、二号開発案の原案者であった。
軍人時代の二号との『正式』な面識はない。
彼女の主な業務は二号管理業務だ。それ以外にも人外兵器・人体兵器についての研究・開発業務を行っている。
陸軍においては女性自体、あまり多くない。そのなかでも彼女は優秀な部類に入る存在だった。
「それで、二号の様子と訓練内容は」
「今日は比較的、落ち着いている方ね。訓練内容は「待機」ができるようになること」
二号管理官の言葉に一号は顔を一気に顰める。嫌がってはいない。納得のいっていない顔だった。
この表情の癖は彼が通常の軍人として、働いていたときから変わらない。
「それは任務中、現場で指示があるまで「待機」ができるようにする、ということですか」
「二号で言えばその前段階。慣れている環境、慣れている者がいる状態で、好きな物を目の前に出されて「待て」ができるようになるってところね」
「希望待機時間は」
「合格ラインは十五分」
一号の言葉に二号管理官は渋い顔をしながら答える。
待機時間の合格ラインを定めたのは陸軍上層部だ。二号の管理をしている彼女は陸軍上層部からの要望がどれだけ難しいことなのか、理解していた。
なぜならば、彼女は二号の特性・状況を把握しているのだから。
「現状では難しい気がします。彼が好きな物は「肉」でしたよね」
「そうね」
「それを目の前にして俺が待機させても、二号管理官が待機させても現状だと八分ほどが限界でしょう」
「だから、その限界を延ばす訓練よ」
二号管理官は苦々しい顔をしながら、一号に言葉を投げかけた。一号は彼女の言葉が投げやりにも感じたが、彼女の言いたいことはその言葉から察した。
一号は二号管理官の立場を理解していた。
「なるほど。そういう要望があったと。可能な限り、あなたはやるしかないと」
「六号管理官も今日は六号が不安定みたいで、六号に掛かりきりで」
「ああ、そういえば総務部の方に連絡が繋がりにくいと連絡員が言っていました。それが原因か」
一号の脳裏に一匹のキメラと飼育員の姿が浮かんだ。それはあまり会う機会のない六号とその管理官の姿だった。
言葉も、礼儀も、何も伝わらないバケモノ。それを威圧と安心感、思いだけで管理する飼育員。
そうそう、上手くいくのには時間が掛かるだろうなと一号は頭の片隅で呟いた。
「多分ね。で、だからって、そういう訓練を私一人でやっても実験サンプルは偏るし」
二号管理官が溜息をつきながら話す姿に現実に引き戻された一号は彼女の何とも言えない表情を見て、彼女に同情した。
腐っても、彼は軍人であった。であるから、上層部からの「要望」が「命令」であることは分かりきっていた。
「だから、せめて、二人分のデータはほしい、と」
「そう。そういうわけで協力、お願いできるかしら」
「……二号関連の、二号管理官からのお願いを『俺』が断れるわけないでしょう」
「ありがとう、一号」
一号の言葉に二号管理官は心の底から安心した声を出した。
初期個体、二号。もしくは陸二号。
それは陸軍にて人外兵器として登録された個体であり、素体は二〇代前半の男性軍人とされている。
素体が戦時に負傷し、意識不明状態となったため、強制的に人外兵器化が行われた。オオカミと人間のキメラ化が行われた。
人外兵器化により、素体の人間の要素はほぼ失われた。容姿・思考についてもオオカミの要素が強く出た。
知性・理性は低く、警戒心は高く、制御は二号管理官・六号管理官、一号のみしか行えていない。
発語能力はないが、会話内容の理解は簡易的には可能。コミュニケーション自体も簡易的に可能。
しかし、制御困難のために現場投入は「開発後」からほぼ、行われていない。
一号は二号管理室に足を踏み入れる。
まだ、軍人としての意識が残っている一号の私室と化した一号管理室とは違い、そこは質素で物の少ない部屋であった。
そしてそんな管理室にいる一匹のオオカミ。
灰色の体躯に黒い眼球。鋭い四肢の爪に尖った牙。体長は150〜170cmほどか。
一号の前にいる二号はあまりにもオオカミであった。
二号は扉付近で警戒体勢を取りながら、一号の様子を見る。
「二号、今日は「待て」だ。できるな」
一号の手許には二号の好物の「肉」があった。今回は「熊肉」だった。
二号は入室した人物が一号だと分かると、警戒体勢を解く。が、一号の「待て」に動きを止める。グルルと喉を鳴らしながらも「待て」を続けた。
「偉いぞ、そのまま「待て」だ」
モニタールームでは一号と二号の様子を二号管理官が見守っていた。
その光景は未だ、戦時下で臨戦体制が敷かれている軍部のなかではあまりにも平和なものだった。
彼女は女性でありながら、非常に秀でた人物だと人々は口にした。




