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妻が不倫をしています

作者: 春呼
掲載日:2026/03/01

(ああ、私達は相性が悪いな)

 最初の顔合わせの時に抱いた感想はそんなどうしようもない事だった。

 きっと向かい合った彼女も同様の感想だっただろう。

 家同士の利害の一致。それによる政略結婚。ありふれた話に、けれどほんの少しだけ夢を見ていた若い心は目の前の現実によって跡形もない。

 彼女が悪い訳ではない。

 貴族の令嬢としてマナーも教養もしっかり身に付いている美しく聡明な女性だ。

 だけれども、気が合う合わないはそれだけの話ではない。

 趣味が合わない。テンポが合わない。時々互いの認識が食い違い、擦り合わせが度々発生する会話などなど。

 合わない歯車を無理に合わせるかのような有り様に、私達は会って早々に互いに苦笑する事しか出来なかった。

 我々は運命の相手ではなく、おしどり夫婦などには到底なれない。

 それを認識しただけの顔合わせだった。



「仮面夫婦になりましょう」

 子供の幸せよりも家の実利を取る貴族らしい親によってトントン拍子に婚約が結ばれて何回目かの二人っきり交流の際、彼女がそう言った。

 天気の話でもするかのような唐突さだったし、そこはもう暗黙の内にお互い受け入れた話なのだからわざわざ話題に出さなくても良いのでは……なんてモヤモヤしたけれども、普通の会話ですら噛み合わない私達には必要な事かと飲み込んで、取り決めを交わす事にした。

 公の場では仲睦まじくする、子供を三人作ったら互いに好きにして良いが家の利を損なったり互いの評判を落とす様な事をせず節度を持った行動を心掛ける等々、列挙してみれば至極当たり前の内容が契約書として作られる事になった。

 まあ、そんな当たり前も出来ずに落魄れる貴族は何人と見聞きしていたのでその意味で言えば私は素晴らしい婚約者と巡り逢えたということなのだろう。

「私たち、相性が良いとは言えないけれど価値観は合っていて良かったわ」

「確かに、ビジネスパートナーとしては最高だ」

 そんな事を言って珍しく二人、心から笑い合って改めて乾杯した。

 実際の彼女の胸の内のほどがどうだったのかはわからないけれど。



 我々は無難に婚約期間をこなし、無難な挙式をあげて、無難な結婚生活を送った。

 妻となった彼女はしっかり子供を三人産んでくれて、ニ男一女と理想的な結果に私は心から感謝した。どんなに性格が合わずともこれだけ長く時間を共にすれば互いの好き嫌いも得手不得手も少しずつわかってきて、チグハグだった歯車も多少は噛み合うようになるというもの。

 我々は共に家を、自領を盛り立てていく共同体である。その目標が、進む道が同じであるという事はとても大事であり得難いことなのだと、年月を重ねるにつれしみじみと感じていた。



 だから私は今の生活に満足していたのだ。

 三人目が産まれた時に妻に「これで貴方も義務から解放されたわね」と言われて最初はなんの事かピンと来ないくらい婚約中の契約書の事など忘れていた。そして遅れて理解してからは何もこんな目出度い日にそんな事を言わなくてもとモヤモヤしつつも、悪阻やお産の激痛に耐えながらもきっちり約束を果たしてくれた妻にとってはまさしく解放の日でもあるのだろうと思えば「そうだな。君もお疲れ様」と無難な労りを口にしていた。

 侍女がすぐに整えたとはいえ、疲労の濃く滲む顔に薄く笑みを刷いた妻が一体なにを思っていたのかはわからないけれど。



 妻はよく出掛けるようになった。

 もう身重でいる事がないからか足取り軽やかに毎日のように出掛けていく。家政はしっかりこなしているし、散財している訳でもない、子供達とも接する時間は設けているとの事なので私は特に気にしていなかった。

 悪阻が酷かった妻は妊娠中殆どずっと青い顔をしていて屋敷を出れずにいたから、健康的で晴れやかに動き回る姿を見ればとやかく言う気など起きる筈もない。

 久しぶりに存在を思い出した契約書を見返す必要もないほどに妻はそつなく日々を回して、空いた時間で自由を謳歌していた。

 だから、少しだけ寂しさを感じてしまうのはきっと身勝手なのだろう。



 そんなある日、友人に仮面舞踏会に誘われた。

 ここ最近忙しく漸くひと段落した所だったので「パァッと気晴らしと行こうじゃないか!」と肩を叩かれて、こいつは昔から人の機微をよく見ている奴だと有り難く思いつつ参加した。

 会場に入ってみればそこには予想以上に多くの参加者がいて驚いた。友人曰く貴族だけでなく平民も参加できる会なのだと。勿論参加する為にはそれなりの会費とその他諸々要求される事は多く、弁えている奴しか基本いないよと友人は仮面越しに笑った。

 しかし如何せん仮面を付けての会など話には聞いていても初めてなものだからイマイチ勝手がわからない。誰かもわからぬ相手とやり取りしている内に友人も見失ってしまってどうしたものかと途方に暮れる。さらには人に酔ってしまったのか具合も悪くなってきて、少し風に当たろうと離れようとした時、足がもつれてよろけてしまった。

(あ、まずい)

 そうは思っても上手く動かぬ体に衝撃を覚悟したけれど、その予想に反してしかりと体を支えられた。

「おっと、大丈夫かい?」

 伸びやかな美声が頭上から降り注ぐ。ついで、凛とした香りがわずかに鼻腔を擽ぐって。

 どうやら私は誰とも知らない人物に助けられたらしい。「申し訳ない。ありがとうございます」と謝罪と感謝を口にしつつ体勢を整えれば、相手は仮面越しでも美丈夫だろうと思わせる私より少し背丈の高い青年だった。

「…………顔色が悪いね。こちらへ」

「え?」

 彼はそう言うと側にいた女性達に断りを入れてから私の腕を掴んで人の輪から離れ始めた。後ろから女性陣の惜しむ声を聴くだにかなりの人気者らしい。スイスイと人混みを優雅に進む後ろ姿にそんな事をボーッと思いつつついて行けば、爽やかな風がふいに吹き抜けて人気のない庭園まで出て来ていた。様々な匂いが混ざり合って混沌としていた場所から抜け出せたことに思わず深呼吸しつつ、彼に促されるままにベンチへと腰掛けた。

「はぁ……申し訳ない、ここまでありがとう」

「好きでやったことさ、気にしないで」

「しかしご歓談中だったのでしょう? 悪い事をしました、何かお礼が出来れば良いのですが……」

「僕も風に当たりたいと考えていた所だからちょうど良かったくらいさ」

「しかし……」

 柔らかな物腰で気にするなと流してくれるが私はつい食らいつく。

 実際に、とても助かったのだ。

 どうも自分は昔から人混みを避けるのは苦手で、且つ初めての会場でどこに向かえば抜け出せるのか見失っていた為、彼の案内はとても有り難かった。けれど仮面舞踏会という素性を隠すことが前提の催しの性質上、後日お礼を……という訳にもいかないのだろう。

 どうしたものかと悩んでいると、ふと視界に暗く影が差し、ふわりとまたあの凛とした香りが漂ってきた。顔を上げればギシリとベンチの背凭れに手をついて、まるで私を囲うように彼が迫っていて。

「あ、の……」

「ねえ」

 美しい声が耳元に囁きを落とす。

「もし、君を攫うためだって言ったら……どうするの?」

「え?」

 驚きに目を見開く私に、白い手袋に包まれた彼の長い指先が私の顎を掬い、頬を撫ぜる。

 その流れるような所作についぼんやりと仮面越しに彼の瞳を覗き込んだ瞬間「おーーい!」という聞き慣れた声がした。

 ハッと振り向けば友人が慌てた様子でこちらに向かって来るところで外れた指先に私があっと思っていると「……残念」と小さな声が落とされた。再度彼を仰げば既に上体を起こして私から離れてしまっていて、彼は友人にひらりと手を上げると「彼のご友人かい?」と声掛けた。

 そうしてそのまま私を友人に託すと彼はスマートにその場を去ってしまった。

 友人は心配そうに「大丈夫だったか?」なんて声を掛けてくれていたのだが私はどうにも気の抜けた返事しか出来ずに、その後どうやって帰ったのかもよく覚えていない。

 ただ私はもう、起きながら夢を見ていた様な心地だったのだ。

 ただただずっと、名のわからぬあの凛とした香りと月の盃のような笑みだけを何度も何度も思い起こして。



「なあ、本当に大丈夫か?」

 あれからすっかり心ここに在らずといった風に腑抜けてしまう事が増えた私に、友人がストレートに心配してきた。

 私達は部署は違えどもどちらも王宮勤めなため顔を合わせる機会は多いしよっぽど忙しく無ければ昼食を共にしている。だから私がすっかりおかしくなってしまった事など翌日には見抜かれてしまっていた。

「やっぱ変な事でもされたのかアイツに」

「違う。彼は私を助けてくれただけだ」

「いや、でもさあ〜〜どう見たって迫られてたじゃんお前」

 もう俺はあそこに連れて来た手前めっちゃ焦ったんだからな、と後悔の滲む顔で友人は続けた。

「しっかしあの白鷺の君が男もイケるとは思わなかったけど」

「白鷺の君?」

「ああ、あのお前に迫ってた奴はあそこじゃ有名でな。最近になって参加する様になった新顔だけど、いつも同じ白い羽根が付いた仮面とデザインこそ変わっても白を基調とした服着てるからそこから白鷺の君って呼ばれてんだよ。そんであの物腰と仮面越しでもわかるイケメン具合だろ? 主催の夫人のお気に入りって噂もある程もう毎度毎度、女性陣に取り囲まれてキャーキャー言われてる人気者だよ」

「そう、なのか……」

 確かに具合が悪くて俯いていたため足元しか見えず詳しい人数はわからないが、私を連れ出す時の惜しむ女性陣の声はとても多かったように思う。

 ちくりと胸が痛むような思いをしつつ、ふと有名になる程なのだからまたあの仮面舞踏会に足を運べば彼に会えるのではと思い至る。

「その、白鷺の君はいつも参加しているのか?」

「え? まあ俺が今まで参加できた日は大体居たけど。……お前まさか、目覚めちゃったのか?」

「な!? ち、違う! ただ、あの日の礼がしたいだけだ!」

「本当か〜〜? まあ良いけど、なんにせよ付添いで何度でも入れる訳じゃねえから通いたいなら自分で金払って一人で行けよ」

 俺は雄馬に蹴られる趣味はねえからなとニヤリと笑う友人に憤慨しつつ、入会方法などを聞いて昼食の時間は過ぎていった。



 しかしである。

(礼と言っても、何が良いのだろうか……)

 妻の誕生日プレゼントを選びながは、私はついそんな事を考えていた。馴染みの宝石商があれやこれやと流行りの品を並べて解説するのに耳を傾けつつそんな事を考えているのは妻に対する不義理に値するのだろう。

 けれども、妻相手であれば幾つか候補がすぐ思い浮かんでも、男の──それも素性を隠したい相手へ渡す品となるととんと思い浮かばなかったのでここ最近そればかり考えてしまっていた。

 身に付ける物、と考えて私の色を纏った彼を想像してしまい友人の言葉が思い起こされ慌てて打ち消す。それはダメだ。流石にダメだ!

 かと言って大き過ぎるものをあの会場で渡されても困らせるだけだろうし、食べ物など以ての外だ。

 大き過ぎず、重過ぎず、適度で程良い物で、出来れば彼に喜んで欲しい……とまで考えて頭が茹で上がりそうになっていた。

「……、…………そしてこちらが近年隣国で新たに人気が出ているバイカラーの宝石になります」

 そんな時、それまでほぼ聴き流していた宝石商の滔々としたセールストークの言葉が不意にするりと頭に入り込んできた。

 視線をその広げた手元にやればそこには初めて見る色合いの宝石が幾つも並べられている。

「バイカラー、ですか」

「はい。今までは宝石と言えば一色のみという概念が通常でありましたが、こちらはこれこの通り。黄色から紫、青から赤と言った具合に二色の美しいグラデーションが特徴の石となっております。隣国の王太子並びに王太子妃殿下が互いの瞳の色のバイカラーを揃いで身に付けた事で話題になりましてな、夫婦の色で構成された石を揃いで身に付ける事は生涯のパートナーを意味すると言われています」

「ほう」

 なんとも取って付けたような話だと内心思いつつ珍しい色合いの石に視線を落とす。

 私と妻であればこの組み合わせの石だろうかと考えた所で、ふと仮面越しに覗いた彼の瞳を思い出した。

 ──美しい彼に似合った澄き透るようなあの瞳は、そういえば妻と似た色だったな、と。

「この色の石は他にもあるのか?」

「はい、もちろんこちらに」

 いそいそと宝石商が広げた箱の中身をじっくりと吟味して、私は妻のプレゼントを自身の分も合わせてオーダーした。

 そこに他意は無いと、あくまでも我々夫婦の未来を言祝いでのプレゼントであると自分自身にすら言い切ることは、難しかった。



 妻は相変わらずよく出掛けている。

 以前ならばその事に寂しさを感じていて、今もそれは変わらない筈なのに、私の中に生まれた不可解な感情のせいかどこかホッとしている自分もいて私は密かに頭を抱えていた。

 折角会費も払っていつでもあの仮面舞踏会に参加できるというのに、彼への礼の品を決められずにいるのも手伝って思い悩む日々が終わらない。

 いっそ直接彼に欲しいものを聞いた方が良いのでは無いだろうかと考える始末だ。

 だって、このままでは私はもう一度あの場に行く理由がない。

 彼と話せなければ意味が無いのだ。

 あの声を、あの眼差しを、もう一度向けて欲しかった。

 あの酷く近付いた時にだけ香る、凛とした匂いにもう一度包まれたかった。

 私はもう完全におかしくなってしまったのだ。

 日に日に募る思いに耐えられなかった私はついにあの日と同じ仮面を付けて、あの仮面舞踏会へと足を踏み入れていた。

 煌びやかな光と楽団の奏でる優美な旋律に包まれて、仮面の紳士淑女が歓談し、踊り笑う。前回と変わらぬ人の多さに辟易しながら目的の人物を探していると、華やかな集団が目に入った。

 ──見つけた!

 色とりどりの花束に包まれる様に彼が──白鷺の君が、頭一つ飛び抜けて女性陣の真ん中でその美しい微笑みを湛えていた。彼の一挙手一投足に周囲の女性達は瞳をうっとりさせ、吐息を溢しており、なるほど友人が言っていた事がよくわかる光景だと遠目にも伺えた。

 寧ろ当時の自分が如何に周りが見えていなかったのかもわかって今更羞恥が襲うほどにその集団は異彩を放っていた。

 どうしよう……。

 彼を見つけた瞬間は高揚したものの、あの集団に突撃する勇気が持てない。

 だって明らかに場違いだ。

 まさに乙女の花園といった感じで彼の四方八方を麗しい花達が囲っているのだ。あそこに割り込む度胸はそうそう持てるもんじゃない。それこそ己の容姿に特別自信がある奴でなければ美しい花々の棘が刺さりまくってズタボロになりそうだ。

 思わず引き攣る口角に、それでも諦めきれない心で少しでもチャンスは無いかと集団の近くをウロウロして機会を窺う。

 こういう時、女性の盛りに盛ったヘアスタイルは視界の邪魔になるなと思いつつ、比較的彼がよく見える人垣の隙間を発見してそこから様子を見ていたそんな時、信じられないものがきらりと目に飛び込んで来た。

(え?)

 一瞬見間違えかと思い、さらに目を凝らす。

 それでもそれは何度見たって、どれだけ目を擦ったって見覚えのある物でしかなくて、その事実に頭がどんどん混乱する。

(なに、なんで、どうして……どういう…………)

 仮面越しでだって麗しい笑みを浮かべて着飾った乙女達に囲まれた彼のその耳に、先日妻に贈った誕生日プレゼントと同じオーダーメイドピアスが、シャンデリアの光を受けて煌めいていた。



 私は即座に調査を依頼した。

 妻のことを。そして──彼のことを。

 そうしてあっさりと判明したのは、妻がよく出掛けていた先はあの仮面舞踏会であり、白鷺の君は妻だったという、ただそれだけの呆気ない事実だった。

 どうやら仲の良いご婦人方とお遊びで男装した事が切っ掛けで、楽しかったのかはたまた何か別の理由か、妻はそれ以後男装にハマってしまったらしかった。

 思えば瞳の色だけじゃなく、声だって似ていると言えばよく似ていた。きっと男装している間は敢えて声を低く落としていただけだったのだろう。髪だって家では貴婦人らしく纏めているのを、下ろして後ろで一つに結んでいるだけで随分と印象が変わるものだ。

 女性としては背が高い方と言えど私の数センチ下だった筈の背丈が私より高かったのもシークレットブーツを履いているからだと知り、納得した。

 付けている香水も男装の時では変えているそうだ。

 仮面舞踏会への参加を提案したのも友人であり主催者でもある夫人であったらしく、余りにも堂に入った妻の男装姿にいずれトラブルに繋がるかもしれないと先手を打ったのも夫人で、あの集団には確かな序列すらあるらしい。真相を知る者としっかり弁えている者とで脇を固めて、入れ込み過ぎそうな者はそれとなく遠ざけられる徹底具合で、あくまでも会場限定の夢のような割り切ったお遊びだとか。何事もそつのない妻らしい。

 何もかもが蓋を開けてみれば、その作り込みに驚きはすれどもなんてことのない話で、私が彼を思うことで妻に引け目を感じる必要だって全くなかったという事もわかった。だって、同一人物なのだから。

 だけど、それでも──



 今日も妻は軽やかな足取りで出掛けて行く。

 私のことを連れて行くことも、何処に行くとも話してくれることもせず、一人で楽しそうに出掛けて行く。

 きっと今日も白の麗人に身を扮して、美しい花の乙女達に囲まれるのだろう。

 あの蠱惑的な眼差しで、耳を打つ美声で、近付いた時にだけ包まれるあの特別な香りで乙女達を熱狂させて、そして──甘美に囁くのだろう。

 私を置いて、私のいない場所で、彼を──私の妻を、誰とも知らぬ彼女達が身勝手に、当然の権利のように、あの白を囲って独占しているのだ。

 ああ、ああ、ああ、ああ、ああ……!

 頭が狂いそうだった。

 臓腑の内から煮え立つものが湧き上がって胸が焼け爛れそうに焦がれて仕方なく、諳んじれそうな程に何度も繰り返し穴が空くほど読み返した契約書を凝視しては苦悶の呻きを漏らす。

 それでも、そうしても、どうしても、契約書と現状を何度照らし合わせたって私の白を縛れる理由なんてどこにも見つけられなくて。

(何故私はこんなものを、こんな、こんな、こんな……!)

 ぐしゃりと髪を掻き毟って私は、暗い書斎の中、負け犬のごとき呻き声を吐き出すことしか出来なかった。


妻視点サブタイ:新しい扉を開けてエンジョイしてたらなんか夫が巻き込まれていた件。


たぶん素直に白状すれば「へえ……そうなのかい?」と顎クイしてくれる可能性もありそうですが、果たして素直になれる日は来るのか──!?

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ふむ、夫君も新しい扉を開けばいいのではなかろうか?
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