思い出すほど、知らない自分が増えていく
遺跡の奥は、静かすぎた。
「……音、しないな」
フィンが小声で言う。
「罠か、廃墟か」
マレーネが肩をすくめる。
「どっちも嫌ですね」
セラはそう言いながらも、足取りは止めなかった。
彼は、壁を指でなぞっていた。
「……これ」
「読めます?」
セラがすぐに気づく。
「全部じゃない」
正直に答える。
「でも、断片なら」
「断片でいいです」
即答だった。
「“剣を掲げし者、民を導き”……」
「勇者っぽいな」
フィンが言う。
「“だが、戦は終わらず”……」
「不穏になってきた」
「“血をもって、血を制す”……」
セラが一瞬、眉をひそめた。
「……続けて」
「“王は冠を捨て”……」
喉が、ひりついた。
「“影を戴く”」
言い終えた瞬間。
視界が――揺れた。
炎。
剣。
崩れる城壁。
叫ぶ人々。
そして――
自分の背中。
黒い外套。
玉座へ続く階段。
「……っ!」
彼は、壁に手をついた。
「大丈夫!?」
セラがすぐに駆け寄る。
「……平気」
嘘だった。
「顔色、最悪」
フィンが言う。
「正直すぎだ」
「今はそれでいい」
マレーネが珍しく真面目だった。
少し休む。
「……ねえ」
セラが低い声で言った。
「さっきの文字」
「うん」
「“王”って言葉」
彼女は、はっきりと続けた。
「勇者の話じゃないですよね」
沈黙。
「……わからない」
「でも、読めた」
「……読めた」
セラは、彼をじっと見た。
軽口は、なかった。
「次に、何が起きるか」
静かな声。
「教えてください」
「……何も、思い出したくない」
「それでもです」
真っ直ぐだった。
「仲間ですから」
その言葉が、胸に刺さる。
「……影が、集まる」
絞り出すように言った。
「強い場所に」
「強い場所?」
「玉座……だった、気がする」
誰も笑わなかった。
その時。
奥から、音がした。
「来ます」
彼が言う。
「敵?」
「……近い」
影が、蠢いた。
魔物が現れる。
でも、前とは違った。
彼は、意識して力を抑えた。
「フィン、前!」
「了解!」
「マレーネ、後方!」
「はいはい!」
影は動かない。
でも――
魔物は、怯えていた。
「……効いてる?」
フィンが叫ぶ。
「威圧、だけ」
彼は答えた。
「倒さない」
「それ、制御できてるって言う?」
「……ギリギリ」
魔物は、やがて逃げていった。
静寂。
「……今の」
フィンが言う。
「前より、やばくない?」
「否定しません」
マレーネが頷く。
セラは、彼の前に立った。
「聞きます」
真剣な目。
「あなたは、自分が勇者だと――」
一瞬、言葉を切る。
「信じたいですか?」
彼は、少し考えた。
「……信じたい」
「それなら」
セラは、小さく息を吐いた。
「私は、信じる側にいます」
軽口はなかった。
でも、それは――
これまでで、一番強い言葉だった。
遺跡を出る頃。
彼は振り返った。
石壁の奥で、
何かが、静かに笑った気がした。
――まだ、名前を持たない“王”が。




