勇者の噂は、だいたい本人に届かない
次の街は、小さかった。
「……静かですね」
セラが周囲を見回す。
「平和そうだな」
「フラグ立てないで」
フィンが即座に言った。
「もう立ってる気がする」
「それ言う?」
「言う」
軽口は、自然に出るようになっていた。
宿屋に入ると、視線を感じた。
「……見られてない?」
フィンが小声で言う。
「見られてますね」
セラは即答した。
「理由、心当たりあります?」
「……ないとは言わない」
彼が答えると、セラは一瞬だけため息をついた。
「やっぱり」
「聞いたか?」
「勇者が魔物を一瞬で……」
「命令しただけで、動けなくなったって」
囁き声。
尾ひれが、もう付いていた。
「……盛られてるな」
フィンが言う。
「まだ可愛い方です」
セラは落ち着いていた。
「“影が喋った”とか言われてませんし」
「それ、もう怪談だろ」
マレーネが欠伸する。
夜。
彼は、眠れなかった。
「……起きてます?」
セラの声。
「起きてた」
「ですよね」
隣に座る。
「噂、気になります?」
「……気にしない方が嘘だな」
「正直ですね」
「学習した」
「進歩です」
くすっと笑う。
でも、すぐに真顔に戻った。
「今日の昼、教会の人が来てました」
「……神殿?」
「はい。勇者の様子を確認に」
胸が、少しだけ重くなる。
「どうだった?」
「“力の出所”を気にしてました」
「……だろうな」
「でも」
セラは、言葉を選んだ。
「魔王の力だ、とは言ってません」
彼は、ゆっくり息を吐いた。
「まだ、だな」
「はい。まだ」
その“まだ”が、怖かった。
翌朝。
「次はどこへ?」
フィンが聞く。
「古い遺跡です」
セラが地図を広げる。
「魔王軍の動きがあったとか」
「……近づいてきてる?」
「ええ」
彼は、無意識に拳を握った。
「行く?」
「行きます」
セラが答えた。
「判断、早い」
「迷ってる時間はないです」
ちらりと彼を見る。
「……あなたが、壊しきる前に」
「言い方」
「半分、本音です」
軽口。でも、芯はあった。
遺跡の前。
空気が、重い。
「……懐かしい」
彼は、思わず呟いた。
「何が?」
セラが聞く。
「わからない」
でも、胸の奥が――
妙に落ち着いていた。
「嫌な予感しかしない」
フィンが言う。
「同意」
マレーネが頷く。
「でも」
セラは一歩前に出た。
「行きますよ」
「理由は?」
「あなたが、逃げないから」
その言葉は、軽くなかった。
でも、信じていた。
遺跡の奥。
壁に刻まれた古い文字。
彼は、無意識にそれを読んでいた。
「……読めるの?」
セラが驚く。
「読める……気がする」
「また“気がする”」
「便利だろ」
「便利すぎです」
でも、止めなかった。
その文字は――
“かつて勇者だった者が、王となる”
という意味だった。
誰も、まだ気づいていない。
それが――
最大の伏線だということに。




