勝ったのに、誰も喜ばなかった
嫌な予感は、だいたい当たる。
「……数、多くない?」
フィンが低く言った。
「八……いえ、九」
セラが即座に数える。
「聞いてた話と違いますね」
「違いすぎだろ」
マレーネが肩をすくめる。
「どうする?」
フィンが彼を見る。
その瞬間――
胸の奥が、ざわついた。
「……来る」
「もう来てます」
セラの声と同時に、魔物が動いた。
「右、来ます!」
「了解!」
「後ろ、注意!」
指示は正確だった。
連携も、悪くない。
なのに。
「……減らない」
フィンが歯を食いしばる。
「硬いし、統率取れてる」
「普通の群れじゃないですね」
セラの声が少し強張る。
その時だった。
魔物の一体が、咆哮した。
空気が――
押し潰されるように歪んだ。
「……っ」
息が詰まる。
視界の端が、赤く染まる。
『――うるさい』
聞こえたのは、声。
外からじゃない。
自分の中から。
「……やめろ」
誰に向けた言葉かわからなかった。
「下がってください!」
セラの声。
「今は――」
言い切る前に、
何かが、弾けた。
地面に、影が落ちた。
太陽は出ている。
なのに、影だけが広がる。
「……え?」
マレーネが声を漏らす。
彼は、前に出ていた。
剣も、魔法も使っていない。
ただ――
立っていただけなのに。
「……跪け」
小さな声だった。
命令ですらない。
独り言に近い。
次の瞬間。
魔物たちが、一斉に崩れ落ちた。
首を垂れ、地面に伏せる。
「……は?」
フィンが呆然とする。
「今の……何?」
セラが、息を呑んだ。
彼自身も、理解できていなかった。
「……俺、何も……」
言い終わる前に、
影が――
魔物を貫いた。
一体、また一体。
音もなく、確実に。
数秒後。
そこに立っていたのは、
倒れた魔物と、沈黙だけだった。
「……勝った?」
フィンが言う。
「勝ちましたね」
マレーネが頷く。
でも、声は軽くなかった。
セラは、彼を見ていた。
さっきから、ずっと。
「……怪我は?」
ようやく、そう聞いた。
「ない……と思う」
「本当に?」
「……本当」
嘘じゃない。
体は、むしろ軽かった。
それが――
何より、怖かった。
夜。
焚き火の前。
「……ねえ」
セラが、静かに言った。
「さっきの」
「……ごめん」
彼は、先に謝った。
「謝る理由、ありますか?」
「ある」
「……」
少し、間が空く。
「あなた」
セラは、言葉を選ぶように続けた。
「自分で、止められます?」
「……わからない」
正直に言った。
「でも」
拳を握る。
「怖かった」
「……それなら」
セラは、少しだけ息を吐いた。
「今は、それでいいです」
「いいのか?」
「はい」
視線を逸らしながら。
「怖がらない人の方が、怖いです」
その言い方は、もう軽口に近かった。
「……変な基準だな」
「今さらです」
小さく笑う。
でも、その笑顔の奥に、
消えない警戒があった。
その夜、彼は夢を見なかった。
代わりに、胸の奥が静かすぎた。
まるで――
何かが、目を覚ましてしまったあとみたいに。




