王都までは、思ったより遠い
朝の空気は冷たかった。
「……準備はいいですか?」
馬車の前で、少女がそう言った。
「たぶん」
「その言い方、便利ですね」
言葉は穏やかだけど、ほんの少しだけ冗談めいていた。
「馬車、初めてですか?」
「初めて……だと思います」
「思います、が多いですね」
「記憶喪失の特権です」
少女は一瞬きょとんとしてから、くすっと笑った。
「……ずるいです」
その言い方が、少し砕けてきていた。
馬車が揺れながら進む。
畑が遠ざかり、森が続く。
「王都には、よく行くんですか?」
「いえ、年に一度くらいです」
「じゃあ、俺より慣れてない?」
「……それは、ないです」
きっぱり。
「道は覚えてますから」
「頼もしい」
そう言うと、彼女は少しだけ照れたように視線を逸らした。
昼休憩。
パンを分け合いながら、彼は聞いた。
「……あなたの名前」
「セラです」
「ようやく教えてくれた」
「聞かれなかったので」
「聞く前に倒れてた」
「それは……仕方ないですね」
間が空いた。
「セラは、勇者って信じてる?」
セラはすぐには答えなかった。
「……信じたい、です」
「正直」
「正直じゃないと、困るでしょう」
少しだけ、厳しい目。
でも、次の瞬間には柔らいだ。
「弱いのは、事実ですし」
「即答か」
「即答です」
今度は彼女の方が、ほんの少しだけ笑った。
夕方、王都が見えた。
「……大きい」
「初めて見る人は、そう言います」
「壊すの大変そうだな」
セラが、ぴたりと止まった。
「……今、なんて?」
「いや、冗談」
「冗談に聞こえません」
「気のせいです」
疑わしそうに見られた。
「変な人ですね」
「よく言われる」
「まだ、言ってません」
そう言いながら、視線を逸らす。
少しだけ、距離が近くなっていた。
王都の門前。
「ここからは、神殿です」
「緊張するな」
「顔に出てます」
「そんなに?」
「そんなに」
門をくぐると、空気が変わる。
石造りの街。人の多さ。視線。
「……場違いだ」
「私もです」
「え?」
「一緒なら、まだましです」
そう言って、セラは歩き出した。
その背中を、彼は追った。
神殿の扉が開く。
まだ知らない運命が、
その奥で待っていた。




