最後の勇者の戦い
夜の戦場は、静かだった。
血に染まった大地も、煙に霞む街も、すべてが戦いの痕を語っている。
「……来たな」
魔王の声は低く、だが威圧的ではない。
むしろ、落ち着きすらあった。
「お前が……最後の勇者か」
その視線に、嘲りも恐怖も混じらない。
ただ、過去を知る者の重みだけがあった。
「そうだ」
彼はゆっくりと剣を構えた。
体は軽く、心は静かだった。
昔の勇者のように使命に縛られてはいない。
今の自分は、自分自身の意志で立っている。
「力を、使え」
魔王の一言に、周囲の空気がざわめく。
だが彼は一歩も踏み出さず、目の前の敵を見据えた。
闇の力――魔王だった頃の力が、体内でざわめく。
しかし、今の彼はその力に支配されない。
恐怖ではなく、選択として握った刃だ。
「これで終わらせる……」
胸の奥で、あの日の記憶が一瞬よぎる。
膝をついた人々、悲鳴、そして自分の声。
だが今は、その記憶を支配できる。
力を持つ意味を理解したからだ。
魔王が剣を振るう。
彼も剣を合わせる。
火花が散る。金属のぶつかる音。
戦場の静寂を切り裂く。
「……変わったな」
魔王の声。
「かつての勇者とは、まるで別物だ」
「俺は……最後の勇者だ」
かつて誰かに背負わされた運命ではない。
自分自身が選んだ戦いだ。
二人の剣が交差するたび、世界の秩序が揺れる。
しかし、剣技だけではない。
意思が、感情が、二人の戦いに形を与えていた。
魔王もまた、自分の意思で戦っている。
だから、この戦いは、ただの勝敗ではない。
「……やはり、そうか」
魔王が小さく笑った。
「お前は、自分の力を恐れていない」
「恐れるより、使うほうが楽だからな」
微笑み返す。
最後の一撃。
剣が交わる。
衝撃が大地を揺らし、風が巻き上がる。
「……終わったか」
二人は互いに立ち尽くす。
魔王の膝がつく。
そして、ゆっくりと微笑む。
「お前なら……できる」
その言葉は、称賛でも恐怖でもない。
理解と決別の印。
剣を下ろす。
彼もまた、剣を地面に突き立てる。
勝利は、確かに手に入れた。
しかし、歓喜ではない。
その瞬間、遠くから柔らかな気配が近づく。
セラだった。
彼女は傷だらけの体で、しかし微笑みを浮かべ、戦場を駆けてくる。
「……無事だったのね」
彼女の声に、戦いの熱が少し和らぐ。
「お前もな」
彼は剣を置き、歩み寄る。
互いの息が混ざる距離で、ただ見つめ合う。
言葉は要らなかった。
戦場で交わした想いが、すべてを伝えていた。
「……もう、怖くない」
セラがそっと手を握る。
手のぬくもりが、勝利の実感と安堵を体中に広げる。
「俺もだ」
勇者は微笑み返し、握った手を軽く圧した。
戦いは終わった。
世界はまだ揺れている。
だが、この瞬間、二人の未来は静かに、確かに始まっていた。
夜の戦場に、ただ二つの影が並ぶ。
剣ではなく、手を取り合った影。
これまでの勇者と魔王の対立ではなく、
選び取った運命の象徴として。




