◆第四章 越後の龍 上杉謙信
この頃、上杉輝虎は、上杉家菩提寺・林泉寺の八代住職、益翁宗謙から「謙」の一字を与えられ、「不識庵謙信」と名乗っていた。
謙信の居城、春日山城の空はまだ冬の名残を残し、山の気は澄み、風は冷たく、空はどこまでも高かった。
その謙信の体調は、ここ数数ヵ月、目に見えてすぐれなかった。湯殿での滞在が長くなり、食も細く、夜半には咳が漏れる。だが、誰にも弱音を吐かず、政務も軍議も変わらずこなしていた。
「謙信様、少しお休みを……」
斎藤朝信が声をかけると、謙信は静かに首を振った。
謙信は、二人の養子を迎えていた。景勝は謙信の姉仙桃院の子で、幼い頃から謙信のもとで育てられた。寡黙で理知的、謙信の兵法を忠実に学び、家中でも信頼を集めていた。誰もが景勝を跡取りと考えていた。
ところが、北条氏との同盟の証として、北条氏康の七男・北条三郎が養子として迎えられることで、状況が一変した。
景勝は越後の地に根を張る者としての誇りを持ち、景虎は関東の血を背負う者としての自負を隠さなかった。謙信はその緊張を知りながら、二人を同等に扱い、あえて何も言わなかった。
長篠での大敗を受けたとはいえ武田家は未だ健在。織田信長は勢力を拡大し、三河の徳川家康と手を組み、東海から信濃へと圧力を強め、北条氏政は関東で勢力を保ちつつも、織田との連携を模索していた。越後は、まさに三方から睨まれる孤高の地となっていた。
今もし謙信の身に万一の事があれば跡目争いは必至であり、上杉家存亡の危機となる。そんな未来を想像すると、朝信は夜も眠れぬ日々を過ごしていた。
謙信に未来を見据える力があるのではないか。朝信がそう感じたことは一度や二度ではなかった。越後統一の過程でも、謙信はまるで家臣の裏切りを予知していたかのように素早い動きを見せた。あの川中島でも、突如夜間に進軍を命じ、信玄の奇襲を見抜いた。そして、上洛中の宿敵信玄の死が届いたときも、謙信は驚かなかった。さらに些細なことまで含めれば、枚挙に暇がない。謙信が実子を真田に預け、二人の養子を迎えたことにも、何か深い理由があるのではと思っていた。自分の理解など遠く及ばない宿命のようなものを背負って。そう感じていた。
ある日、織田信長からの贈り物として、大きな荷物が届けられた。使者は同盟相手の徳川家の者であった。中身は優雅な男女が描かれた源氏物語図屏風であった。
「これは、何やら意味深なものを。」
同席していた林泉寺の九代目住職、泰室宗惠である。謙信が女性であることを知る数少ない一人であった。その宗惠によれば、通常この源氏物語図屏風は女性に対して贈るものとされている。この背景には、上杉の急所を知っているぞ、という婉曲な警告が込められているのだろう。
「織田信長、恐ろしい男ですな。」
朝信はまだ見ぬ相手に戦慄を覚えた。
だが謙信は知っていた。これを送り付けてきたのは信長の名を借りた徳川家康が仕組んだことだと。幼い頃から今川家での人質時代を送り、織田信長という強大な同盟相手を前に、従順な態度を見せているが、その奥に潜むのは、闇に沈む蛇のような冷たい意志だった。
家康の元で陰に日向に暗躍する影。凛からの情報でそれが大和柳生を支配する一族である事は掴んでいた。将軍義輝を暗殺した三好の背後にも柳生の影が見え隠れしていた。
謙信は手にしていた書状を握りつぶし、目の前の囲炉裏の炎の中に投じた。火は一瞬、赤く跳ね、静かに燃え尽きた。
春日山の空は、静かに曇り始めていた。
◆第五章 「謙信上洛す」につづく。




