◆第十一章 前将軍 足利義昭
京の大路を歩く信繁と内記は、珍しく言い合いをしていた。
事の発端は、内記の突然のこの言葉だ。
「若は、権謀術数に向いておりませぬ。」
どうやら幸村とのことを言っているらしい。信繁は明らかに幸村に対して並々ならぬ思いを抱いている。それが見ていられないくらいわかりやすい。それを気づかれていないと思っているところなど、さらにたちが悪い。騙し騙される戦国の世において、その純朴さは美徳であると同時に、致命的な欠落でもある、と言いたいらしい。
「そんなつもりはない!」
否定する信繁に、内記はため息をつきながら指をさす。
「その顔。隠しているつもりでしょうが、丸わかりです。」
信繁は赤面し、言葉を失った。
幸村の方もまんざらではない様子だが、どこか一線を引いて距離を置いている。そんな煮え切らない二人に、内記はいつもやきもきしていた。
「信繁様と私、まわりから見たら似ているんですかね?」
突然何を言い出すかと思えば。
今までそんなこと言われたこともなければ、感じた事もない。親子ほど年の離れた内記と自分とでは、似ているところを探す方が難しい。百歩譲って似ているとしたら父、昌幸の方であろう。
そう一笑に付すと「そうですよね」とぶつぶつ言いながら首をひねる。
「いつも一緒にいると他人でも考え方や仕草、顔つきまでも似てくる事があるというじゃないですか。飼い犬とそっくりな飼い主とか」
いったい何の話だと、信繁はあきれ顔だ。
「どこがと言われると困るんですが、時々信繁様と幸村がすごく似ている、と思う時があるんですよね。あ、着きました、ここですね。」
何か言い返そうとする信繁を置いて、内記はさっさと衛兵の立っている門の方に向かう。
聚楽第の近く、質素な佇まいながら、どこか犯しがたい品格のある邸宅であった。用件を伝えると、すぐに奥へと通された。
「源次郎。お前と話がしたいという爺さんがおる。」
先日、秀吉からそう紹介されたのは、前の将軍足利義昭であった。
世が世なら、会うことなど叶わない高貴な存在である。内記は次室で控え、信繁は少し緊張しながら家の主を待った。
少し間をおいて法衣に身を纏った足利義昭が現れた。今は出家して昌山道休を名乗っている。信繁は顔を伏せたまま、最上の礼をもって挨拶を述べた。
「御所様、信州真田家・・・」
言いかけた信繁の目の前にふくよかな笑顔をたたえた老爺の顔がぬっと近づいた。
「おお、よう来てくれたの。顔を見せてくれ。」
義昭は信繁の手を取り、顔や肩をぺたぺたと触った。あまりの無遠慮な対応に困り、固まる信繁。その様子に気づいた義昭は、「すまぬ、すまぬ。ついな……」と言いながら席に座り直した。
「もうわしは将軍でも何でもない。すでに関白様の世になり、御所様などと呼ばれるのは憚られる。今はただのお伽衆、いわゆる話し相手じゃ。もっと気安くて構わん。」
かつて兄、足利義輝の非業の死を乗り越え、僧籍から還俗し、足利幕府の権威復権に向け奔走した、十五代将軍・義昭。
織田信長の力を借りて上洛を果たしたものの、やがて決裂。自ら軍を持たない義昭は、朝倉、毛利、武田、上杉、本願寺ら全国の大名達を「筆一つ」で動かし、信長包囲網を築き上げた怪物である。
武田信玄の死を契機に劣勢に転じ、京を追われてからも各地を放浪しつつ、執念の外交戦で信長をあと一歩のところまで追い詰めた、不退転の将軍。
目の前の笑顔の中に刻まれた深い皺の一つ一つに、その壮絶な歴史が宿っているようであった。
「今日、信繁殿に来てもらったのは、天下のお伽衆たる私の昔話に付き合ってもらおうと思っての。」
義昭は、笑顔を絶やすことなく語り出した。
前将軍の実体験からなる言葉は信繁の心に一字一句染みわたるように響いた。足利将軍家の血統、武家の棟梁としての心得、天皇家との関係、諸大名達のしたたかな心、時の移ろいの儚さ……。
中でも義昭が最も力説していたのは、「源氏の正統」という誇りであった。
武家の棟梁たる源氏の正統のみ許される「征夷大将軍」と「幕府運営」。多くの武士たちが憧れ敬う至高の座。秀吉も当初は源氏の姓を手に入れるために、義昭の養子になろうと画策したが、義昭はこの源氏の正統だけは命に代えても守る覚悟で、決して首を縦に振らなかったという。
結局、秀吉は源氏を諦め、公家の最高位である関白の座に就く道を選んだ。
「兄、義輝公が生きていてくれれば、わしなどが還俗せずとも、足利幕府再興は夢ではなかったろう」
幼い頃に、兄義輝を世継ぎと定め、弟である義昭は出家して仏門に入った。兄への妬みなどがありそうなものだが、話の節々からも、義昭が心底、兄・義輝を尊敬し、信頼していたことが伝わってくる。
「わしが不甲斐なかったばかりに幕府は失われた。尊氏公から連なる先代方に、顔向けできん。」
力なく笑う義昭の顔には、あきらめきれない後悔の念が見て取れた。
信州真田家の次男である信繁にとっては、足利宗家、将軍家の存廃の話などは、あまりにも遠い世界のことであった。
「なぜ私にその話を。」
真田家も確かに源氏の一族、清和源氏流を自称している。だが、それはどこの武家でも主張することであり、系譜などは曖昧なものだ。仮に事実だとしても、源氏の棟梁である足利将軍家の血筋とは雲泥の差であり、話の真意を測りかねていた。
義昭はにっこりと頷きながら、「いつか、わかる日が来よう」とだけ言った。
「これを。」
前もって用意をされていたのか、背後の床の間に飾られた一振りの刀が信繁の前に差し出された。
「九字兼定」
美濃国関の刀工、和泉守兼定作の打刀で、刀身に護符の九字「臨兵闘者皆陣列在前」が刻まれている名刀である。信繁も名前だけは聞き覚えがあった。足利将軍家に伝わる重宝の一つだ。
「このような過分なものを、賜るわけにはまいりませぬ」
焦る信繁に対し、義昭は笑みを讃えたまま、静かに首を振った。
「生い先短い老人が持っているより、必要な者の元でこそ輝くものだ。……何より、わしが貴殿に持っていてもらいたいのだ」
義昭の瞳には、抗いがたい親愛の情が浮かんでいた。
「それと、紹介しておきたい者がおっての。これへ」
すっと襖が開くと、義昭と同じく法衣に身を包んだ老爺が姿を見せた。齢七十は超えていようか。その荘厳な法衣から、かなりの高僧と思われた。
「天海僧正じゃ。この先お主の力になってくれよう。」
天海僧正。比叡山の高僧にして、最近では徳川家康の側近として、朝廷や公家衆との橋渡し役を担っているとも噂される怪僧である。
慈悲深い笑みを浮かべた穏やかな老僧だが、その柔らかな笑みとは裏腹に、眼光は底の見えぬ深い井戸のような光を宿している。
「源次郎殿、いずれまたお導きがありましょう」
天海は静かにそう告げ、深く一礼した。その声は柔らかいのに、どこか未来を見通しているかのような、不思議な力を帯びていた。
◆第十二章 「鶴松誕生」に続く




