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7話

 陽光に剣の切っ先が煌めく。

 一人目は鎧を身に纏う、金髪が眩しい若者だ。

 切れ長の目、端麗な容姿は御伽話に出てくる王子様の姿そのものだ。

 雄々しくも叫びながら剣を振りかざし、目の前の魔物を躊躇いなく斬り伏せる。翼の生えた禍々しい悪魔のような姿は、胴から首が吹き飛んだ後、黒い塵と共に霧散する。

 金髪の若者よりも頭ひとつは抜きん出た二人目の大男が、大剣を力任せに引き抜き、斬ると言うよりは叩き潰すという言葉が似合う攻撃で、芋虫をそのまま巨大化させたような異形を粉々にする。魔物の絶命と同時に、赤黒い体液が周囲に撒き散らされる。

 三人目は、深く紅い髪を腰元にまで伸ばした、凛々しい魔道士の女性だ。

前述の剣士に劣らず、勇ましい目で相対する敵に杖を構える。

 眼前に丸太をそのまま武器とする、獲物を振りかざすオークが迫る。例え原始的な武器であろうと、殴られれば無事では済まない。その怪力が加われば、ただの木の棒だろうとたちまち凶器と化す。

 だが、それにも動じること無く魔道士の女性は言葉を紡ぎ、手にした魔石を埋め込んだ杖で宙を描く。

 力の籠もる言葉は弾ける雷光を生み、迸る閃光が瞬く間に敵の身体を貫き、焼き尽くす。やがて、地面には丸焦げになった巨体が黒煙を残して倒れ伏せた。

 その一連の戦いを背に、物陰に隠れつつ四人目の少年は文字が書き込まれた手帳の中身と見比べなら、手にした鉱石を眼鏡越しに睨んでいる。

 自身の観察眼に、少年は満足そうにその口元に笑みを浮かべる。

 やがて、物陰の向こうでは事切れた魔物の山が出来上がるのと同時に、静寂が戻る。

 優しく流れる風が、斬り伏せた血の匂いや、焼き払われた焦げ臭さを吹き流してくれる。

 そして、五人目。

 幼い顔立ちながら、そんな戦闘状況下でも目を回すこと無く、少女は剣士たちに駆け寄る。

「みなさん、お怪我はありませんか?」

 神官の法衣に身を包んだ少女は、仲間の怪我の有無を聞く。

「問題無え。この程度の雑魚で手負いになる奴の腕が知れてるぜ」

 一人目の若者は、剣を鞘に納めながら不敵に笑う。威風堂々と、背負うマントに傷はない。

 二人目の大男も、無言で大剣を振り抜いた勢いで魔物を切断した際に付いた体液や血漿を吹き飛ばす。

 反して三人目の女性は苦々しい表情を崩さない。

「・・・もう少し威力を絞っても良かったわね。無駄な魔力を使ってしまったわ」

「雑魚相手に張り切り過ぎなんだよ」

 剣士の嫌味に、女性は目を三角にして返す。だが、一段階ほど下級の攻撃魔法でも屠れた相手だったのは確かで。この先探索を長く続けるつもりなら、相手の力量を読み切り、力の節約は必要となる能力だ。

「そっちはどうだ」

 剣士に呼ばれた眼鏡の少年は、手にした石ころを嬉々として掲げて駆け寄ってくる。

「凄いよ!お宝の山だ」

 手の中だけでなく、地面に転がるのは綺羅びやかな宝石。鉱石。マジックアイテムの数々。捨て値で捌いても、半年は遊んで暮らせる額になるだろう。

 若者は宝の山にしゃがみ込み、

「白紙のスクロールまであるじゃねえか。おい、後でこれに呪文を刻んでおけ」

 特種な製法で梳かれた、何も書かれていないまっさらな白紙は、魔道士が刻めば魔力を行使できない人間でも同等の力を発揮するアイテムへと変化する。

「こんな大量のお宝を残して強制送還だなんて、もったいないことをするよね」

 まったくだ、と剣士は同意。

 どうあがいても、この階層で全滅する要因はない。現れる魔物はどれも見知った個体。余程腕のない冒険者か、統率も取れていない新人集団か。

「あの。いいんですか?他の冒険者さんの忘れ物を奪うなんて」

 五人目の少女の言葉に、驚いたような表情を見せるのは、少女以外の四人だ。

「やられる奴が悪いんだ。この『ダンジョン』じゃ、弱さは罪だぜ」

「いい?お嬢ちゃん。どこかの誰かさんがダンジョン内で全滅した際、その場に残った道具などは見つけた者に所有権が移るの。それが嫌なら全滅する前に脱出するのが賢明よ」

 冒険者が冒険者を襲って物を奪うのはご法度だが、持ち主が居なくなった荷物を他者が手に入れるのは何ら罪ではない。むしろ、自分たちもそうならないと戒めるべきだ。

「・・・残していった道具が我々を延命してくれる場合もある。ありがたく受け取って置いた方がいい」

 大剣を背に納めながら、大男が言う。 

 このダンジョンでは、外の世界での常識は通用しない。

 このダンジョンの中で起きることこそがルールで、常識なのだ。


 セントグランダムにある、とある施設。

 そこは希望に満ち溢れ、富を目指し、己の腕を確かめる場所。

 セントグランダムの迷宮。通称『ダンジョン』と呼ばれる、王家直下の管轄の迷宮だ。

 かつて、その奥から災いが溢れ出したことを端とし、それを騎士が押し返し封じ、その元凶をも打ち砕き、セントグランダムが制圧した。

 その構造は、摩訶不思議という言葉が最も似合う。

 足を踏み入れる度にその構造を変えるのには不可解さを禁じ得ない。それどころか、時にはその内部に青空を映し、深い海を生み出し、熱砂が吹きすさぶ砂漠もあり得る。緑の匂い立ち込める密林が視界を立ちふさがる冒険者を阻む。

 侵入者を阻むのはダンジョンの日々変わる構造だけでなく、そこに住まう魔物たちも含まれる。

 当時のセントグランダムの騎士は階層を調査、攻略するのに苦心し、最奥の階層に到達するまで数年の時を要した。徘徊する魔物だけは根絶することは叶わず、そのまま放置される。だが、その数が爆発的に増えることもなければ、騎士がどれだけ狩ろうともその数がゼロになることは無かった。

 皮肉にも、ダンジョンの踏破の困難さが、セントグランダムの騎士の能力を底上げする要因となった。

 セントグランダムは、解明が終わったダンジョンの構造をそのまま利用することを考えた。

 定期的に騎士にダンジョン内に報奨の代わりとなる宝を散りばめさせ、それを冒険者に探させる。

 ダンジョンを攻略できる者は、必然的に高い能力を有することと同義だ。それはセントグランダムにとっても有力な人材であると言い換えることができる。

 しかし、ただ戦闘能力の高さだけが求められるものでもない。

 千変万化。

 変幻自在。

 その迷宮は、用いる知識が意味をなさない。常に踏み込む冒険者を新米にさせてくれるのだ。その迷宮に対応出来る者こそが、真に強き者と言えるのだ。


『始まりの門』と呼ばれる、迷宮への入口を有する施設。

 迷宮への扉を奥に有するこの場所には、世界各地からその不可思議なダンジョンの噂を聞きつけ、挑む者たちでひしめき合っている。

 単身乗り込む者はここで仲間を募ったり、手にした宝の換金所。冒険に挑む前の景気づけか、酒のグラスをかち合わせる音がそこかしこに響いてくる。

 そんな中、剣と鎧を身に纏ったマーズが佇んでいる。何もダンジョンに挑む、というわけではない。

 セントグランダムの騎士は、持ち回りで始まりの門への巡回を義務付けられている。

 ここへ挑む者の中には、血気盛んな輩が居ないとも限らない。この場で問題を起こす人間もいる。

 ダンジョン内で全滅すると、強制送還により地上、つまり始まりの門へ戻されるが、何かのトラブルが起きた際は、騎士が救助に向かう手はずになっている。今日はマーズが担当で、同僚の女騎士と共に番に当たる。

 相変わらずここは街の酒場の混沌を全てこねくり回し、煮詰めたような雑多感がある。

 人間だけでは無い、人の頭の代わりに獣の頭を胴に乗せた獣人。耳の長いエルフ。ドワーフ、ホビット。あらゆる種族にもこの迷宮の噂は轟いているようで。雑多な中にも華やかさを添えている。

「で、どうだったの?」

 フロアに厳しい視線を送り警戒に当たるマーズに、同調の女性騎士は何か面白いものを見るような目でマーズを肘の先で小突いた。

「・・・何がだ?」

 視線を横に向けること無く、マーズは以上があればすぐさま察知できるよう、目を動かしている。

「ヴァリアさんの家に行ったんでしょ?」

 見回すマーズの視線の動きが止まった。

「手土産持って、一人暮らしの男の家へ。何も起きないって言うほうが不自然よね」

 同僚にとっての興味は、差し当たってかつての仲間の元へ赴いた、友人の戦果だ。その薄く笑う表情には何かを期待するような、浮ついた口調を象って。

「・・・君が期待するようなことは何ひとつ起こらなかったぞ」

 そもそも、その時ヴァリアはひとりではなかったからだ。クラスメイトと名乗る、少女が先客として居た。

 その少女のことは言わないでおこう。きっとおもしろおかしく聞き掘り出すに違いない。そうなれば、さらにややこしくなりかねない。

 その場は近況のみを伝えあった、とだけで終わらせた。

 同僚は相変わらずヴァリアの騎士団からの退役を心底惜しがっていた。

 それほどまでにヴァリア・リビジョンという男の騎士としての能力、人柄は騎士団で惜しまれる人材だったと思い知らされる。マーズも後ろ髪を引かれないわけではないが、今はもう彼の人生を応援している。それはヴァリアの部屋に赴いた時、学校で学んでいることを語る姿に感じた。楽しそうに笑うその顔は、剣を振るっていた時と同じようで、違う。上手く言えないが、そこに嬉しさが含まれていたように思えるのだ。だからもう、マーズは彼に騎士団に戻った方がいい、などとは考えないようにしている。彼の人生はもう、彼だけのものだ。

 そんなことを考えているその時。

「ふざけんな!この野郎っ!」

 喧騒の中を、一際貫く怒号。

 マーズと同僚は、瞬時に表情を変える。

 これだけの人の波だ。何かが起きない日のほうが稀だ。

 喧騒の中心には、ガタイのいい男が、半分ぐらいの年齢の男に胸ぐらを掴みながら一触即発の様子。酒が入っているのか、顔は赤く、突けば拳が飛んできそうな様相だ。

「どうかしたか!」

 マーズがトラブルの中心に同僚を引き連れ、駆け出す。

 浅黒い屈強な集団が、金髪の若者、そしてその仲間であろう人物を取り囲んでいる。

 マーズはまず、掴む胸ぐらを引かせ、事情を聞こうとする。

「こいつらがそこの換金所に持ち込んだ道具や素材は、俺達がダンジョン内に置いてきたブツだ!」

 カウンターの向こうの鑑定師も、目の前で行われている緊迫した状況に、困惑の顔を浮かべている。

 話が読めてきた。

 この若者の胸ぐらを掴んでいる男はダンジョン内で全滅したのか、地上への送還時に戦果の入ったカバンを落とした。そんなところだろう。

 男の仲間であろう連れも、若者に対峙している男同様、戦いで鳴らしたであろう、屈強な身体付きをしている。

 若者の仲間には、対峙している男に負けない長身の大男もいるが、数で分がありそうだ。

 だが、ダンジョン内で落ちている品を所得した場合、それを拾った者に所有権が移る。仮に若者が換金所のカウンターに乗せた品物が男のもの『だった』のだろうと、既にそれは彼の物ではない。それは言いがかりに等しい戯言だ。

 男の恫喝に、若者の一団、特に仲間である法衣を身に纏った女の子は、その顔に恐怖の表情すら貼り付けている。

「その品物の所有権は、既に貴方のものではない」

 ダンジョン内のルールこそが唯一で、絶対なのだ。それにアイテムロストが惜しければ、その前に脱出するのが最善の策であるはずだ。それが出来なかったのは男の落ち度である。

 それを、男も分かっているのだろう。マースの指摘に、一瞬表情を図星が掠めるも、振り上げた拳を素直に引くことは出来ないのだろう。

 若者に向けた敵意を、間に割って入るマーズへと差し向ける。明らかに子供に拳を向けるよりも、相応しい相手だとでも思ったのだろう。あるいは、女だからと舐めて掛かっているのか。

 マーズの篭手で包まれた腕が、男の手で掴まれる。厚い皮膚で覆われる無骨な手が、白銀の鎧を捕らえる。

 同僚が戦闘態勢を取りかけるのを、マーズはそちらを見ずに片手で制し。

 刹那。

 どうんっ。

 凄まじい轟音が響き、男の顔がテーブルへと叩きつけられた。

 マーズが瞬きの間に男の腕を関節技のように逆に捻り上げ、その顔をデーブルへと押し付けたのだ。

 このような荒くれ者程度の相手ならば、マーズたちには簡単に返り討ちに出来る腕と能力がある。

「うぐ・・・」

 鎧を纏っているとは言え、マーズは男よりも遥かに矮小な身体。だが、これくらいの芸当は訳はない。

 男の仲間、若者たちのパーティは、その神業の如く流麗な動きに言葉を失っている。

「夢を追うのは勝手で、自由だ。だが、ルールは守れ」

 ダンジョン内のルールを外に持ち越して、遺恨を持ち込んではならない。

 ダンジョン内で手に入れた功績は全て、仲間との苦楽の冒険の果てに手に入れたものだ。それに横槍を入れることは、何者であっても許されることではない。

 締め上げられている男が解放を訴え、それを受けマーズが腕を離し、ゴロツキのような荒くれ集団はバツが悪そうに人並みを掻き分け去っていった。

「ありがとうございます」

 お礼を口にしたのは、神官の法衣を身に纏った少女だ。若者のパーティーメンバーなのだろう。もうすでにその表情は安堵を含んだ、柔らかいものに変化している。

「構わん。このような状態を諌めるのも我々の仕事だからな」

 ダンジョンを有する、セントグランダムの騎士の義務だ。むしろこのような状況が日常茶飯事だからこそ、そのような能力も求められる。

 それでなくても、マーズはこのような若者がダンジョンに挑む妨げがあってはならないと思っている。今のダンジョンの理念は、後続に続く若者の育成としての意味合い、そして、冒険者の夢とロマンがある。

 ありがとうございました、と換金を終えたパーティーの最後尾である神官の少女の頭を垂れる姿を見て、マーズはそんなことを思っていた。

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