5話
セントグランダム騎士団。総合演習場。
そこは見習い、正騎士関わらずに己の能力を高め、研鑽する場所。剣や槍を自分の身体と一体化させるように馴染ませるため、数え切れないほどの刃が空を裂く。
日も上り始めた、微かに朝焼けの残る時間。
マーズ・リックスは額に汗を輝かせながら、模造刀を基本の形に則った正確な動きで、振り下ろす。
強くなること。
それは人と国を守るために必要で、息をするくらい同じ大切なことだからだ。
そのためには人一倍の稽古がいる。
本来の練習時間の他に、マーズは自主的に稽古の時間を作り、増やしている。
ひとり、いなくなった騎士の分を、自分が埋めるために。
その理想的で華麗な動きに、マーズと同じ考えを持っているであろう稽古を同じくする人間は目を奪われ、感嘆の声を漏らす。
「・・・ふう」
剣を下げたマーズは僅かに息を吐き、肩で息を整える。
「精が出るねぇ」
同僚がマーズの淀みひとつない演舞に関心しつつ、タオルを差し出しながら笑顔を見せる。
これくらいのことは努力の内にも入らないとマーズは思っている。それに、身体を動かしていないと、今のマーズは落ち着かない。
「ヴァリアさんが居なくなってから、ますます修行に打ち込んでいるように思うね」
マーズは渡されたタオルで汗を拭いながら、
「・・・ひとり、有能な騎士が城を去ったんだ。これからこの国を守っていくのは私たちの双肩にかかっている」
真面目だねえ、と同僚は笑う。
ヴァリア・リビジョンは騎士団の中でも階級のないうちに退役はしたが、マーズはその能力を高く評価していた。
出会った最初は粗暴で、乱雑。
野盗上がりというのも言いえて妙で、死を恐れないような切り込み役を買って出たり、その荒々しい太刀筋を持つ男は、マーズの思い描く騎士像とはかけ離れた男だった。
そんな彼に師事を受けるのは、最初は抵抗感があった。だが、そんな剣筋から感じられるのは、確かな強靭さだ。彼の素質を見抜いていたのはマーズを含め、僅かな上官だけだったように思う。
「それにしても、心配じゃないかい?」
「・・・何がだ?」
汗を吹き終えたマーズは、訓練の続きとばかりに模造刀の柄を握り込む。
「退役してやりたいことが学校に入り直して勉強することだってのも驚きだけど」
その夢を聞いた時、マーズは良いことだと思った。
彼の生い立ちを聞いた時、荒々しく豪快な性格のルーツを知った。だから、それを補うような学びを欲するのは彼にとってもいいことなのだと思う。
だから、マーズは彼を送り出した。ヴァリアが新たに歩む生き方を祝福したつもりだ。
「ヴァリアさん、独身でしょ?食事とかきちんとしているのかな」
騎士団を去る者には大きく3種類いる。
新たな夢を見出し去る者。
結婚をして、家庭を持っても残る者が居る一方、その家庭を守るために去る人間も居る。
・・・そして、戦場で命を落とす者。
伴侶を見つけて騎士団を去る者は、守る者の形を変える。すなわち家族へと。
ヴァリアは特に伴侶を得ること無く騎士団を去った。
仲間のマーズから見ても、ヴァリアには一切の女っ気は無かったように見受けられる。
いつも同僚の仲間と馬鹿話をして、大笑いをし合う。彼は酒は飲まないが、食事の席にはいつも帯同し、笑いが耐えなかった。
ヴァリアの所属する隊に自分以外の女性騎士があまり居なかったのも要因だろう。いや、だからと言って、数少ない内に入る自分を気にされても困るのだが。
確認するまでもなく、ヴァリアとマーズは同じ隊に所属するだけの仲間に過ぎない。
そんな自分が知る限り、食事はもっぱら寮の食堂。彼の口から料理という単語を聞いたことはない。
野外演習では、狩った獣の肉を焼いて食うことしか知らない人間だった。
そんな生活能力のない彼が、栄養のバランスなどを気にするはずもない。
果たして城を去った彼が今現在どのような食生活を送っているのか気にはなっているところではある。
戦闘能力だけは尊敬していたが、家事に関してはこと壊滅的なヴァリアが、果たしてひとりで生きて行けているのだろうか?
勉強にかまけてちゃんとまともな食事を摂っているのだろうか。
「様子を見に行ってあげたらどう?騎士団の仲間ではなくなったけど、お世話になった人でしょ?」
だが、マーズのは心に誓ったことがある。自分が一人前になるまでは、顔を合わせない、と。
ヴァリアは自分のことを優秀だ、と認めてくれてはいた。女に騎士は務まらないと、いう言葉を放つことはなかった。
だが、もっとだ。
それが彼から受けた恩と、世話になった時間を返すに相応しい身分になった時に会いにいきたいのだ。
・・・だが、彼女の言う通り、ヴァリアが不摂生な生活を送り、勉学すら学ぶことすらままならくなった時、果たして彼はこの世にいるだろうか。
マーズは内心青くなった。
それほどまでに彼は自分の食には無頓着で。料理の腕は壊滅的で。
金銭感覚だけはかろうじて真面目で。それが逆に外食をも控え、いらぬ自制を働かせてしまうのではないのか?
「・・・そ、そうだな。ま、まあ。近況を聞くくらいは別にいいだろう」
ごほん、とわざとらしく咳払いをし、マーズは明後日の方向を向く。
「その時にでも食事を作って振る舞うのも悪くはないな。言っておくが、乱れた食生活を正すためだぞ。それ以外の他意は無い」
マーズの妙な早口の自己弁護に、同僚は笑いを噛み殺すのであった。
ヴァリアの学生生活は順調に過ぎていったかに思えた。
「くっ・・・」
やはり現実は厳しいもので。
まな板の上に無惨に転がる魚の惨殺死体を見て、ヴァリアは絶望に手が震える。
「・・・ああー」
それを隣でなんとも言えない表情と吐息を漏らすのはリアンだ。
何もペンを手にノートに向かい合うだけが勉強ではない。
家庭科の授業は(特に食関係)、ヴァリアにとって願ったり叶ったりの時間で。
だが結果は火を見るより明らかで。
エプロンを身に付け、魚を三枚におろし、それをフライにする。
料理スキルのあるリアンと同じ班になったものの、ヴァリアはチームの足を引っ張るほどの足踏みの原因で。
対するリアンの料理の腕は目を見張るものが有り、包丁さばきは勿論のこと、頭を落とし、内臓を取り除くのも難なくやってのける。
こちとら頭を切り落とすだけでも震え、手がおぼつかないのに。
「こう見ると、あんだけの剣捌きをみせたのと同じ人間とは思えねえよな」
ラトリオがヴァリアの失態を半眼で見やる。
「・・・剣と包丁はまるで別物だ。得意な武器が違えば、騎士団の所属も変わる」
ヴァリアは自分のしでかしたことを正当化するように早口で言い訳を吐き出す。
剣が得意な者は前線に。弓が得意ならば後方支援に徹する。適材適所。それが騎士団で学んだことのひとつだ。
ヴァリアだって、手に剣を持てば獣を捌くのはわけはない。だが、対象物がこれだけ縮小され、手にする刃物も小さくなるのだ。戸惑うことを責められはしないだろう。
まともな料理を生まれてこの方やったことが無いヴァリアにとって、むしろこの挑戦を褒めて欲しいくらいだ。
「じゃあ、これはこうして」
身の大きさがバラバラな魚の破片をリアンが拾い集めつつ、フライを揚げるのと並行して、包丁で処理し直す。
包丁で叩き、魚の団子へと見事変貌を遂げた失敗切り身が、油の中へ投げ込まれる。
「見事なものだな」
ヴァリアは感嘆の声が自然と口を付いて出た。
ヴァリアだけでなく、同じ班となったラトリオ含むクラスメイトも、リアンのまな板の上で踊る包丁に感心しているほどだ。
リアンは頬を微かに染めながら、
「母のお手伝いレベルですし、これくらい大したことはないですよ」
これで対したことがないのなら、ヴァリアの料理の腕はどれくらいの評価を戴けるのだろうか。
テーブルに並んだのは、まるで見本のように揚がったフライと、魚の揚げ団子だ。
「・・・どうですか?」
不安そうに味の感想を待つリアン。
リアンが手掛けたフライは当然として、さもすればただの肉片として残るはずだったヴァリアの捌いた魚も見事に食欲をそそる姿へと生まれ変わった。
言うまでもなく、そちらも文句のつけようのないレベルで。
ラトリオを始めとするメンバーも称賛の言葉だけが口を突いて出る。
騎士になりたての頃、遥かに格上の剣捌きを見た時のような絶望感に苛まれる。しかもそれは、やめる直前ですら届いていないのだ。天上の存在であると思い知らされている。
「・・・こういうのをマジ食いしているやつを初めて見たぜ」
ラトリオも、鬼気迫る食事ぶりに若干引いている。
家庭科の授業は週に一度だ。その中で、このような実習があるのなら、期待をしないわけがないだろう。学べて腹も満たされるのならそれに越したことはない。最高の授業じゃないか。
「これも食っていいぜ」
どこか憐れむような目で、ラトリオは自分の分の皿もヴァリアへと差し出した。
対するリアンは少し心配そうな目を向けながら。
「差出がましいようですが、ヴァリアさんはしっかりと食事を摂ってるのですか?」
ヴァリアが独身だということは周知で、リアンの知る限り学校に持ってきている弁当は白い雲でのパンしか見たことがない。
自分で勧めて置いて何だが、食べているものがそれだけなのは非常に心配に感じているところで。
ヴァリアとしては勉強に手一杯というのは言い訳にしたくないが、自分で美味くもない食事を作るより、狩ってきたほうが安定したものを食べられるのなら、必然的に台所に立つ回数は減るわけで。
「差し出がましいですが」
そう言い始めたのはリアンで。
「よろしければ、料理をお教えしましょうか?大したことは教えられませんが」
その提案に、周囲がにわかにざわめき、
「え?いいのか?」
ヴァリアは思いがけない幸運が転がりこんで来たかのように驚く。
「・・・ホント、家庭レベルのですよ?」
そういうのがいいのだ。求めていたのは。
早くも浮足立つ気持ちを抑えながら、ヴァリアは残った皿の上のものを期待と共に口の中にかき込むのであった。




