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15話

 凶化を端にする幻想獣(ヴィスオディア)の発光現象そのものに意味はない。

 幻想獣(ヴィスオディア)が放つ高エネルギーの熱に、体表に纏わりついた塵やゴミが焼け、弾けることでその輝きを生む。

 ただし、それは幻想獣(ヴィスオディア)の能力が上昇したことを指し、冒険者をさらなる恐怖に陥れる合図でもある。

 騎士団時代、どの幻想獣(ヴィスオディア)が相手でも苦戦することはなかった。自分をも上回る、信頼できる仲間がその背中にはいたから。数少ない幻想獣(ヴィスオディア)のデータを採取するため、厳重な準備を敷いたうえで意図的に凶化を発現させて戦うことはあった。それでなお仲間を失わなかったのはヴァリアの自慢であり、誇りだった。

 今はその戦力の10分の1にも満たない。

 騎士を離れた手負いの人間の出来ることなどたかが知れている。

 倒そうなどと思っていけない。ラトリオ達を逃がす時間を稼げればそれで良い。

 燐光を纏う六刀の鹿麟(ヘクサ・ディラフ)の姿は、さらにも増して神々しさを高める。

 それはまさに神の使いか。

 幸いなのは、攻撃力そのものは上昇しない。その頭部に掲げた六股の刃の切れ味は何ひとつ変わってはいない。

 ただ、その獰猛さは以前の比ではない。まるで、自身を焼く熱に身悶え、荒ぶるように。

 目に付く者全てを刈り取る、刃による乱舞。神経を少しでも緩めれば、容赦なくその刃の餌食になる。

 剣でその六刀を受けようなどと考えてはいけない。瞬く間に刀身は砕かれるだろう。例え構えた剣がその強度を維持するとしても、人間を超える筋力から放たれるそれに、受けきれず腕の骨など容易にへし折られるだろう。

 やはり、最初の一手で首を断ち切れなかったことが悔やまれる。

 このまま逃げを続けていても、こちらが消耗するだけ。死ぬつもりはサラサラないが、腹部の熱は容赦なく体力を奪う。

 どこかで攻撃を躱して反撃しないと、犬死にだ。

 六刀の鹿麟(ヘクサ・ディラフ)の纏うオーラが膨れ上がる。走る雷光がそのざわめきを増し、纏うプレッシャーが高まる。

「ぐうっ・・・!?」

 巻き起こる闘気に砂塵が巻き起こり、ヴァリアの身体に容赦なく吹き付けられる。

 斑に乱れる視界。矮小な人間を追い詰めるなど、その一瞬で十分だっただろう。眼前でちょこまかと逃げ回る羽虫の動きを鎮めるのは。

 人間ですら、この広大なフロアを構成する食物連鎖の一部で、それは命の網脈を支配する王の所業か。

 目の前に突きつけられる殺気。

 その瞬間。

 ヴァリアの眼前が赤く、膨れ上がる熱の波が襲った。


 六刀の鹿麟(ヘクサ・ディラフ)の凶刃がヴァリアを貫かなかったのは、本人ですら理解の範疇を超えた結果であり、その幻想獣(ヴィスオディア)の身体が逆に大きく距離を離し吹き飛んでいたのは、まるで今までの戦いが夢では無かったのかと錯覚させられるほどだ。

 しかし、所詮それは幻で。腹部を貫く傷はそのままだし、急かすような熱もそのままだ。

 六刀の鹿麟(ヘクサ・ディラフ)の角がヴァリアに襲いかかる瞬間、眼前で赤く燃え盛る熱が膨れ上がり、ヴァリアの身体ごと吹き飛ばされていた。

「本当にひとりで戦ってやがる。バカかあんた」

 傍らから声が聞こえ、衝撃で未だ揺れる頭でそちらに視線と意識を這わすと、そこにはマントに身を包んだ若者の姿。金髪がダンジョン内でも煌々と輝く太陽に照らされ、なびいている。

 現われたのは金髪の若者だけではない。

 身の丈ほどある大剣を背負う大男が背中から獲物を抜き取り、構えている。

「大丈夫ですか!?」

 次いで聞こえたのは、神官服に身を包んだ、少女だ。

 その顔は心配に満ちており、ヴァリアの腹部の傷をいち早く察知し、その両手を傷口に添える。

 温かな光が身体に触れる。痛みが固形化し、剥がれて行くかのような。それと同時に、身体が弛緩するような温もり。

 回復魔法・・・。

 この土壇場の窮地に置いて、まるで都合の良い奇跡・・・!

「君たちは・・・?」

「まだ喋ってはなりません。傷に触ります」

 見た目に反して意志の強そうな瞳が、ヴァリアが身体の半身を起こすことを拒否する。

「・・・俺の、仲間が」

 言いかけたヴァリアの言葉ですら、少女は目で寸断する。

「そちらには私達の仲間が行ってます」

 恐らく、ダンジョン内を周遊するパーティーなのだろう。

 講習用階層は人払いが済んでいるため、このような状況は起こり得ない。・・・間違った階層に飛ばされたからこその奇跡。

「行くぜ!」

 若者の言葉は、大剣を構える大男へと同意を求め、同じく剣を抜き、果敢にも六刀の鹿麟(ヘクサ・ディラフ)に駆け出す。

 凶化状態の幻想獣(ヴィスオディア)にも怯まず、恐れること無く立ち向かうその姿から、初心者ではない心得を伺える。だからこそ、この階層にいるのだろうが。

「ヴァリアさん!」

 ラトリオたちが、そして見知らぬ連れと共に駆け寄ってくる。

 初見なのは深い、赤い髪を腰元にまで伸ばした聡明そうな女性。手にした宝玉のはめ込まれた金属製の杖から、魔導に精通していると思われる。

 もうひとりは、この中の人間に置いてもっとも背が低く、かといって幼くはない顔つきをした少年だ。同様に幻想獣(ヴィスオディア)にも驚いてもしない。

「君たち、アシュキュードの生徒なんだって?ダンジョン講習は聞いたことあるけど、なんでまた見当違いのフロアなんかにいるんだい?」

 ラトリオが動揺しつつも、この状況に至った経緯を語る。

「じゃあ、ここでくたばってる兄ちゃんが、帯同者?子供をためを思うなら、早々に引き返すのが利口だったと思うね」

 眼鏡の少年は、ヴァリアが取るべきはずだった行動を選ばなかったことを糾弾する。それに関して、回復した口が弁明を吐くことが出来なかった。

 少年の指摘は至極当然だったからだ。

 ラトリオたちはまだ冒険者ではない。ダンジョン内で命を落とす覚悟もまだ決まりきっていない、未熟の域を出ていないのだから。元とは言え、騎士の流儀を押し付けた形になる。

「パント、アタシ、あっちに加勢してくる。なんか、ヤバそうな雰囲気」

「オッケーわかった」

 杖を手にした女性は、威圧のオーラの途切れることのない戦いを繰り広げている中へと飛び出していった。

 恐らく、ヴァリアと六刀の鹿麟(ヘクサ・ディラフ)の距離を引き剥がしたのも彼女のお陰だろう。魔力によって生み出した火球が六刀の鹿麟(ヘクサ・ディラフ)を吹き飛ばし、その爆風でヴァリアの身体が地面に転がった光景を今思い出した。

 視線をずらしたヴァリアは、その光景に目を見開いた。

 六刀の鹿麟(ヘクサ・ディラフ)の体表が、黒く、変色していたからだ。

 まずい。

 凶化が浸潤している。

 弾ける火花は、過酷な風を退ける毛皮になるのにも関わらず、その毛は全て焼き払われ、自身の体表を焼き、硬化させる。

 そうなれば、並の剣は通らなくなる。

「君たちも逃げろ!手に負えなくなるぞ!」

「バカ言え!ここまで足突っ込んでおいて、引けるかよ!」

 よく見ると、六刀の鹿麟(ヘクサ・ディラフ)の体表に刻まれる傷痕。

 青年と大男の斬撃の痕だろう。だが、その傷ですら、熱で焼き塞がれていく。そうなれば、硬質がさらに進む。

 青年と大男は、戦いに慣れた冒険者であるらしい。その身のこなしは一朝一夕で身についたものでもないだろう。

だが、どんな攻撃も通らないほどに固く堅牢になれば、意味をなさない。

「それに、コイツを下したとなれば、大金星だ!」

 幻想獣(ヴィスオディア)を倒すことは、全ての冒険者にとっての誉。だが、凶化状態に完全に陥れば、例え倒したとしても、その体躯は生前の堅牢さが嘘のように、灰になって消える。まさに幻想のように。その形を留めている今がチャンスだろう。

 青年は、倒した時のことを既に考えている。それは人によっては甘っちょろい愚考だろう。

 その崩壊までに仕留めようと、金髪の青年と大男は、剣を振るう。

「どいて!ふたりとも!」

 剣を交差させている青年と大男がその声に飛び退き、瞬間、蒼白の雷柱が天より降り注ぎ、六刀の鹿麟(ヘクサ・ディラフ)の身体を貫く。

「・・・っ!」

 渾身の雷撃の魔法でも、六刀の鹿麟(ヘクサ・ディラフ)の四肢を崩すことは叶わない。

 魔道士の歯噛みと共に、再度手にした杖が宙を不規則な動きで踊らせる。

「待ってください!まだ傷は癒えていません!」

 神官少女の静止を振り切り、ヴァリアは立ち上がる。

 この中に置いて、最も年上である自分が、大人しく腰を落ち着けている道理はない。彼らもまた、ヴァリアにとっては導くべき存在だからだ。

「凶化による硬質化は、武器による討伐が困難になる!今仕留めなければ、手に負えなくなる!」

 皮膚が固くなれば、その硬さと引き換えに、動きが鈍くなる。逆に言えば、人間の扱える武器でその肌を通せるのは今の瞬間しかない。

 ヴァリアは温かな温もりに浸かること降り、代わりに剣を構える。先程までとは見違えるような、腹部の快活さ。 

 大丈夫、動ける。

「君!六刀の鹿麟(ヘクサ・ディラフ)の意識を上へ逸らして欲しい!」

 ヴァリアの言葉に不可解な物を示すのは赤髪の女性。パーティーメンバー以外の命令を聞く理由はないからだ。

「一瞬でいい」

 駆け出すのと同時にだ、と言い残し、剣を手に足を踏み出す。

「くそっ!ふたりがかりでコレかよ!」

 金髪の青年は、思うように攻撃が通らない状況に表情を歪める。

 幻想獣(ヴィスオディア)は凶化に至る前に仕留めるのが鉄則。それが出来なければ逃げの一択だ。

 その逃げの選択肢を、排除しなければならないかも知れない。

 そんな思考を頭に浮かべていた時、回復魔法で介抱されていた帯同騎士が立ち上がっていたのを視界に収め、青年は面白いものを見るような目でヴァリアへ視線を飛ばした。

 その手に剣を携えてヴァリアは駆ける。

 その後では、杖に赤い炎を灯した、自分の仲間がいる。

 杖の先に赤い炎を称え。

 それを六刀の鹿麟(ヘクサ・ディラフ)へと。

 放った。

 紅蓮の炎が、渦巻く火球となり六本の剣をそびえる頭部に。

 着弾。

 爆音。

 立ち込める黒煙。渦巻く熱の奔流を生む。

 が。

 下手な樹木ならば火を灯すどころか、それすら通り越して消し炭にする威力だ。

 それなのに、六刀の鹿麟(ヘクサ・ディラフ)の硬角は傷ひとつ付いていない。それ故、貴重な素材と成り得るのだが。

 牽制、意識を逸らす意味で放った魔法だが、それでなお致命的なダメージすら与えられなかったことに、魔道士の女性は悔しそうに表情を歪める。

 自分に指示をした男は、いない。その姿は、六刀の鹿麟(ヘクサ・ディラフ)へと向かっている。

 バカなのだろうか。真正面から走り向かうなんて。

 銀の刃を備える獣は、その目を周囲を漂う黒煙を疎ましそうに細めている。

 そして、直ぐ側に迫る気配に気付き、首を傾ける。

 眼下に、剣を構えた人間を捉えた。

 本能に従い、首を折る。

 首の強靭な筋肉から放たれる、ノーモーションの斬撃。

 六本の刃が。

 ヴァリアに向かって。

 振り下ろされた。

 人間の足より速く、刃が空を割く。 

 もはや疾風と化した斬速が地面を穿つ。

 誰もが六刀の鹿麟(ヘクサ・ディラフ)の刃に貫かれる、いや、それどころか超重量の刃に押しつぶされれば、人間の身体など無惨な肉の分解図になるだろう。

 だが。

 全速力で駆けたヴァリアの姿が消えるている。

 轟音を撒き散らし、草、土、石。 

 様々な物が宙に放り上げられ。

 不思議とその中に、赤い鮮血は混じってはいない。

 瞬間。

 何かの苦悶の混じるうめき声と共に、六刀の鹿麟(ヘクサ・ディラフ)の左前足が地面を立つことを拒絶した。

 ずうんっ。

 六刀の鹿麟(ヘクサ・ディラフ)が王に傅くように、左膝で地面を迎える。

フロアの王である、幻想獣(ヴィスオディア)が、だ。

「なんだっ!?」

 金髪の青年が、驚きの表情を見せる。

 左膝に続き、六刀の鹿麟(ヘクサ・ディラフ)の頭部が地面に突き刺さったまま、動かない。

 超重量の六本の角を支えるには、首と、四肢の強靭な支えがあってこそだ。

 それを一本でも使用不能に陥れれば、その維持する力は瓦解する。最もそれが一番難しいのだが。六刀の鹿麟(ヘクサ・ディラフ)の蹴りは、盾での防御ごと吹き飛ばす威力を誇るからだ。

 舞う土煙が晴れ、六刀の鹿麟(ヘクサ・ディラフ)の背後に、ヴァリアの姿はあった。

 六刀の鹿麟(ヘクサ・ディラフ)が頭部の剣で眼下のヴァリアを擦り潰そうとした瞬間、ヴァリアは腰を屈め、滑るように、まさにスライディングの要領で四肢のアーチの下を滑り込んだのだ。

 その際、手にした剣で六刀の鹿麟(ヘクサ・ディラフ)の左足、それも繋ぎ目の関節部分を狙って斬りつけた。

 堅固な肌、それは例え凶化しようとも、その部分だけは刃が通る。それでも精密な剣捌き、正確な狙いがあってこそだ。

 関節を破壊され、自重を支えられなくなった六刀の鹿麟(ヘクサ・ディラフ)の末路は、断頭台に首を架せられた罪人のようだ。

 力、腕力では全盛期の頃には劣っているだろうが、どこかを狙う正確な動きは衰えたつもりはない。今回は、見事それが生きた形になる。

 ヴァリアは角が地面に沈み、動けなくなった六刀の鹿麟(ヘクサ・ディラフ)へと近づき、息を整えながら剣を構える。

 膝を折り、頭を許しを乞うように地面へと角を沈めた六刀の鹿麟(ヘクサ・ディラフ)の首元は筋肉が延び、がら空きだ。

 ヴァリアは剣を振り上げ、狙いを首に定め。

 渾身の力を込め、振り下ろそうとしたところでヴァリアはゆっくりと剣を下ろす。

 その行為を不思議そうに見るのは金髪の青年だ。

「・・・一撃で仕留めきれる自身がない。そっちのでかい兄ちゃん、やってくれるか」

 ここまで酷使したヴァリアの老体は限界だ。すぐさま腰を地面に押し付けたい。それをしないのはせめてもの虚勢、仲間への見栄。

 とどめを託された大男は、身の丈ほどもある大剣をヴァリアに変わって構え。

 六刀の鹿麟(ヘクサ・ディラフ)へと向かって。

 振り下ろした。

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