表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/16

13話

 ダンジョンは、それを全て含めてひとつの迷宮なのではない。

 ダンジョンを連なる、ダンジョンを構成する階層ひとつひとつ、フロアそのものがひとつの世界なのだ。

 そこには植物の、動物の、魔物の生態系が独自に存在する。

 幻想獣(ヴィスオディア)は、その生態系の頂点。フロアに座する、全ての命の王。全ての命が平伏する、絶対の神の如く。

 だからこそ、冒険者はそれを求める。強きものを求める。

 強大な力を持つ幻想獣(ヴィスオディア)を構成する身体は、強靭だ。

 鉄をも弾く鱗。

 極寒の風など、無かったことにするような毛皮。

 血液は、それを一度口にすれば生命が漲る活力となる、とも。

 その強靭さは、反対に幻想獣(ヴィスオディア)を倒すことの困難さに直結する。それら素材を断ち切る剣が砕ける事例など茶飯事だ。その素材と引き換えにパーティーメンバーが脱落することなどよく聞く。

 幻想獣(ヴィスオディア)を倒すことは、冒険者のひとつのステータス。そして幻想獣(ヴィスオディア)の素材で作った鎧、編み込んだ服、鍛えた武具を纏うこともまた、栄誉である。

 だが、その願いが叶った人間は少ない。

 大半は、その圧倒的な力の前に力尽きるか、対峙する前に逃げ帰るか。

そして、後者は決して恥ではない。立ち向かう者の方が愚かである、と生残った、その強さを目の当たりにした冒険者は語る。

「・・・あ、ああ」

 パイクの震える声。

 突如、砂塵のように風が吹いた。それは千切れた草が風に巻き上げられたのかと思えた。

 気がついた時には、周囲は早朝のように霧がけぶり、ヴァリアたちがサークルに向かう足を止めた。

 何者かの気配を感じたのはその次だ。

 巨大なが霧の膜に投影される。

 風が吹き、周囲の霧が晴れた時、ヴァリアを除く3人は、『それ』が放つ威圧感に、身体を弛緩させた。恐らく、息苦しさすら感じているだろう。ヴァリアですら、そうなのだから。

 がっ。

 蹄が地面を穿つ音。

 ヴァリアは、腰の剣を静かに抜く。

 それは異様なシルエットをしていた。

 高さだけで言うなら、全長3メートルほど。

 馬のようなフォルム。四即歩行の蹄を備えた足が地面にそびえ立つ。

 だが、馬ではない。なぜなら、それは頭部に鋭い鋭利な物を備えていたからだ。

 遠間から見れば鹿に見えるだろう。だが、それは確実に獲物の命を刈り取る凶悪な輝きを放っている。

 枝分かれした樹木のようなそれは、確かに鹿の角の様相。

 鈍く背筋を絡め取る冷たさを放つ、刀剣のような刃を模しているからだ。

 左右それぞれ、一本から二本枝分かれし、計6本。

 ざりっ。

 その獣が、眼下のヴァリア達を視界に捉える。

 透ける、空気のように白色の体毛はどこか神秘性すら宿し、神の使いにも似た感覚に襲われる。

「俺の少し後で離れるな」

 その言葉が、目の前の獣が祝福をもたらす神の使いではないことを示していた。

「・・・『幻想獣(ヴィスオディア)』」

 震えるラトリオの声。冒険者を志すのなら、その名前ぐらいは知っているのだろう。

六刀の鹿麟(ヘクサ・ディラフ)

 鹿と馬を足したような、獣。生やした角は磨き上げられた刀剣のように鋭く、もし倒すことが出来たのなら、その角はこの先半永久的に使える剣に。毛皮は吹きすさぶ凍風にも耐えうる衣服となるだろう。

 無論、ラトリオたちはそんな皮算用を頭の中に浮かばせる余裕などないだろう。

「逃げるなんて思うなよ。奴の足は、人間の全力を軽くあしらう」

 例え大人でも、余裕で追いつく。

六刀の鹿麟(ヘクサ・ディラフ)』は、座するフロアの王。その階層の全ての生命の頂点。

「加勢もいらん」

 それは一見冷たい言葉に取れる。

 逆だ。

 ラトリオたちでは傷ひとつ付けれないだろう。全てに置いて、幻想獣(ヴィスオディア)に触れる経験がない。

 そんなバケモノ相手に目を離さず、ヴァリアは剣を構え直す。決して引いてはならない。いずれ、自分もこの世界に身を投じようとする彼らの模範でいなければならない。

 身に迫る威圧感が、はっきりとした恐怖で塗りつぶされる。前に戦った獣とは、恐怖の種類が違う、とラトリオは感じていた。

六刀の鹿麟(ヘクサ・ディラフ)』の赤く、血を固めたような目が剣を構えるヴァリアを見やる。その目が、纏う気配が、ヴァリアを敵と認識した。

 ざっ。

 蹄が地を掻き。白い体毛がなびいた。

 風の一部のように。流れるような蹄の動きで、駆ける。

 ヴァリアは迫ってくる六刀の鹿麟(ヘクサ・ディラフ)から距離を取ること無く、だが真っ直ぐは受けようとしない。

 横に飛ぶように、駆ける。

 六刀の鹿麟(ヘクサ・ディラフ)の最大の武器は、その頭に冠のようにそびえる、六刀に枝分かれした角。

 鉄の鎧すら軽く寸断し、鍛えた鋼鉄の武器だろうと受ける場所を間違えれば、力押しで武器ごと切り裂かれる。

 だがそれは、最大の弱点でもある。

 超重量の金属質の六角を支えるため、異常に発達した首の筋肉。だが、そのハンデのためか、首の可動域は狭い。前方に立ちこそすれ、その脅威は甚大だが、後方は比較的安全だ。後に回ればその脅威を軽減できる。無論、それが難しいのだが。

 空気どころか、空間を裂きかねない六筋の斬撃を、首を振る動きで放つ。

 ヴァリアそれをかいくぐりながら、駆ける。

「・・・すげえ」

 ラトリオの感嘆。

 あの『幻想獣(ヴィスオディア)』を相手に臆すること無く。これが、求めていた騎士の姿。

 ヴァリアは、一度でも角の攻撃を剣でも受けるわけにはいかない。

 用いるのは鋼鉄製の剣だが、受けきれるかと言えば確実ではないだろう。そのまま身体が真っ二つになる可能性があるからだ。それを、身体を張って確かめる気にはなれない。たとえ受けきれても、今のヴァリアでは力負けするだろう。

 ならば弱点を突いて、一撃で仕留める。それしかない。

 体力を温存しつつ、的確に。

 神経を研ぎ澄ませ、六本に枝分かれした軌道を読む。

 銀の軌道は、初見は六本もある角に脅威を感じるだろうが、それが個別の動きをすることはない。あくまで六本に分かれただけの、一本の斬撃なのだ。

 大いなる威圧感が、眼前に迫る。

 いつになっても『幻想獣(ヴィスオディア)』との戦いは緊張感に包まれる。

 すぐそこに死の気配がある。

 皮肉にも、それはかつて幼い頃に身を投じていた世界と重なる。

 暴虐を主とした、語るべきことなどなにもない、愚かな時代だ。

 殺気が迫る。

六刀の鹿麟(ヘクサ・ディラフ)』の。

 超重量の六刀が。

 眼下のヴァリアに向かって。

 振り下ろされた。

 鉄を容易に砕く六刀が、土や岩を砕けぬ道理はない。 

 視界を奪う土煙が岩石とともに巻き上げられ。

 灰色の暗幕が周囲を覆う中。

 影が土煙から飛び出し。

 剣を振りかぶったヴァリアが、角を地面に埋もれさせ身動きが取れない一瞬を狙い、六刀の鹿麟(ヘクサ・ディラフ)の首元へ。

 渾身の力を込め、振り下ろした。

 硬質の刃先が、固くも柔らかい肌肉を、白い毛皮ごと、沈み込む。

「くっ・・・!」

 ヴァリアは歯噛みした。

 しくじった。

 完璧に、刃が肉に沈み込まない。

「歳は取りたくないもんだ・・・!」

 全盛期ならば、余裕でその首を斬り飛ばしていただろう。

 赤く、煌々と輝く目が、ヴァリアを捉える。

 首元を滴る、美しくとも思える血漿。まるで、赤い宝石を液状化したような。身体の中を渦巻く血液ですら、幻想獣(ヴィスオディア)は美しい。

 だが、六刀の鹿麟(ヘクサ・ディラフ)は、その痛みを怒りに変えるかように赤黒い目をヴァリアへと突き刺す。

 一撃で仕留められなかったのは痛い。果たして同じ手がもう一度通用するか。

 そんな考えに思考を縛られていたのが行けなかった。直ぐ側まで迫る殺意。

 銀色の死の一撃、それを、ヴァリアは超反応で。

「ぐうっ!」

 身体を押しつぶすような超重量。剣の腹越しに直接流し込まれているかのような。

 身体が砕け散るほどの衝撃。せめて、身体が地面に足で留めて置くのが精一杯だった。

 剣でのガードが間に合っていなかったら、その瞬間、後の3人の人生も終わっていた。

 しっかりしろ。

 今の自分の命は、自分だけの物ではないということを。

 次、攻撃をガードしたならば、その手に握ったものは本来の役目を終えるだろう。

 もう一度、後を取らせてくれるだろうか。

 それはヴァリアの腕に掛かっているだろう。こっちも、何度もそう大きく動けない。

 次で決める。

 新たな決意で塗り替えるように、ヴァリアは剣を構え直した。


「ヴァリアのパーティーの反応と、幻想獣(ヴィスオディア)の反応が重なってる!恐らく戦闘状態だと思われます!」

 ソーラが盤面の反応を見て、叫ぶ。

 始まりの門からダンジョンの様子は反応を辿ることでしか推測することが出来ない。

 しかも、交差して暫く経つ。

 ヴァリアの他は、幻想獣(ヴィスオディア)との戦闘に乏しい素人である学生のみ。

 もし交戦したのなら、一撃で仕留めるのが定石。特に、援護もロクに受けられない状況ならば。戦いが長引けば長引くほど、不利となる。

 脱出もしていない。

 何かトラブルなのか。

「行こう。ヴァリアたちを救出を」

 対幻想獣(ヴィスオディア)用装備へと取り替えたマーズが、言う。

 本来なら、騎士は講習に過度に干渉してはならない。

 しかし、今はそんなことを言っている事態ではない。

 マーズは自分の信じていた部分の瓦解を感じていた。

 以前のヴァリアなら、幻想獣(ヴィスオディア)だろうと軽くあしらえていたはずだ。

 だが重なる敵の反応は消えること無く。

 憧れを肥大させすぎていたのはマーズの方だったのか。

 ヴァリアへの憧れ、盲信にも似たそれが、ヴァリアをヒーローで居続けさせてしまったのか。

 人は老いる。

 ヴァリアはそれをいち早く悟り、剣を置いたのかも知れない。

 衰える自分が怖かったのではない、と思う。

 力が矮小になることで、周りに迷惑をかけることを、懸念していたのかも知れい。それすら、自分の想像だ。

 自分のことが分かっているのはヴァリア自身なのに。

 それなのに。

 偉そうに自分はプロギアに講釈を垂れて。

 そんな自分を奮い立たせるように、マーズは剣を構えて転送の間へと向かった。


 吐く息の中に、自分の命の残量が含まれているような気がする。

「はあ、はあ、はあ」

 剣を持つ手に、感覚が無くなりかけている。

 地面には、滴る血。それは幻想獣(ヴィスオディア)によるものではない。

 ヴァリア右腹部が月の形のように抉れている。

 六刀の鹿麟(ヘクサ・ディラフ)の支配する恐怖に耐えきれなくなったグレイが、魔法を放ったのだ。

 恐らく、ヴァリアを援護しようとしたか、元騎士とは名ばかりの愚戦に焦ったか。

 無論学生身分で放つ魔法の威力などたかが知れている。

 放つ炎の矢は、六刀の鹿麟(ヘクサ・ディラフ)の角どころか毛皮すら焼くことは叶わず。

 攻撃対象をヴァリアから、炎を放つグレイへと変更した殺意。

 一瞬の初動のズレ、それが致命的な隙を産んだ。

 六刀の鹿麟(ヘクサ・ディラフ)とグレイの間に割り込み、立ちはだかるヴァリア。

 剣でのガードを貫き、グレイを守ることと引き換えに、ヴァリアの腹部が貫かれる。

 金属すら砕く六刀は、人間の肉など容易く割く。

・・・潮時か。

「・・・脱出の準備をしろ!」

 容赦なく痛みで切り刻む腹部をから得ながら、ヴァリアは吠える。

 脱出を促そうとするも、腹の奥から立ち上る熱に、ヴァリアはまともに口が動かない。

 脱出に用いる一瞬の隙さえ、六刀の鹿麟(ヘクサ・ディラフ)は許さないだろう。

 記録鋼板(メモリー・ロック)を取り出すパイクの手は、恐怖に打ち震え、歪んだ顔から滲む涙で盤面が見えてはいない。

 倒して、脱出するのが一番安全で、安心なのだろう。

 ヴァリアは、まだ生きるのを諦めたわけじゃない。

 焼け付くような腹部を意識の外に追いやり、ヴァリアは剣を残る力で握り込んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ