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11話

 かつて、始まりの門とダンジョン内は一本の洞穴で繋がっていた。

 記録にも残っている。

 セントグランダムを含むこの地を襲った大地震により地盤が崩れ、それと共に姿を現したのが『ダンジョン』である。

 今はその洞穴は人の手により塞がれており、そのままではダンジョン内に足を踏み入れることは叶わない。埋め立てられたかつての繋がる道は、隔たれた壁で塞がれたからだ。それは、中に住まう魔物が地上に流入するのを防ぐためだ。

 ならば、どうやってダンジョン内に進むのか。入口とは別に設えた、『転送の間』だ。

 魔力を利用した転送装置により、ダンジョン内に設置させたポータルへの瞬間移動が可能になった。

 転送の間は、四方がまっさらな石で阻まれた部屋だ。それこそ学校の教室ぐらいの広さはあるだろうか。

 床には転送の呪文の刻まれた魔法陣が描かれている。

 大きく軋む石の扉の閉まる音が聞こえ、転送の間は密室になる。

 初めて利用する子供たちには、不安な顔が見え隠れする。むしろやるぞと今から訪れる冒険に奮い立つ者すら見受けられる。ラトリオなどがその例だ。

 今、この間にはヴァリアを含むパーティーの他に、四組の集団がいる。

 このパーティーの集団は、それぞれ同フロアの、異なるポイントへと飛ばされる手筈になっている。その瞬間から、証を目指す冒険が始まる。

『ダンジョンへの入場を承認。ダンジョンへの転送を開始します』

 天井から無機質な声が響き、フロアの緊張を高める。

 そして。

 ぽう、っと柔らかくも温かい光が床を覆う。魔法陣を刻む線を沿うように青白い光が走り、形成する文様が光り輝く。

 身体の奥へと染み渡る緩やかな熱。

 足が地を離れるような浮遊感。

 脳を侵すような、微睡みにも似た感覚。

 意識が強引に途切れ、その間にいた人間の視界は、真っ暗闇の闇へと落ちたのだった。


 次に目覚めた時、そこは意識が沈む前とは全く異なる光景が広がっていた。

 同時に目を覚ましたヴァリア、ラトリオ、パイク、グレイ。

 周囲は荘厳な白い石壁ではなく、抜けるような青い空だ。

 それは、ダンジョンの異常性と神秘性を如実に現した特性。

 ダンジョンの内部は、ただ蜘蛛の巣状に張り巡らされる石の通路だけではない。

 外と寸分違わぬ緑が茂り、そんな大自然ですら迷宮内に内包するのだ。

 地面を走る草の匂いも、空を流れる雲も。目隠ししてこの場所に放り出された者は、ここが外だと疑うことはないだろう。

 その光景にヴァリアを除く3人は、物珍しそうに周囲を見回している。

 特定の期間に変化する、迷宮内の環境。これはその特性の最たるもの。

 ヴァリアこそ慣れてはいるが、未経験の3人は、ただただ度肝を抜かれていることだろう。

 物陰になる通路が多い迷宮でないのは、慣れるという意味では幸先がいいいかもしれない。警戒を薄くする理由にはならないが。

「でも、どっちへ行ったらいいんだ?」

 見渡す限りの広大な草原。進むべき道は無限に広がっている。

記録鋼板(メモリー・ロック)を出してみろ」

 ヴァリアの言葉に、三人が同じ板を懐から取り出す。

 記録鋼板(メモリー・ロック)は戦績の記録、ダンジョンへの入場許可証の他にも、様々な機能を有する万能ツールだ。

 長方形の盤面。四方を東西南北として、次のフロアへのゲートを淡く、温かな光で示してくれる羅針盤としての役割もある。今いるのは広大な草原フロア。光の示す方向へ向かえば最短距離で出口に迎えるだろう。そういう意味では、壁のないこのようなフロアに飛んだのは、幸先がいいと言える。突然の敵の襲来にも対処できる。

「ほれ、リーダー」

 ヴァリアが促すも、その広大な光景に未だ心を震わせているであろうラトリオは身体を固めている。

 このパーティーのリーダーは、あくまでもラトリオだ。学校内の行事だとはいえ、ダンジョン探索は命の危険が伴う。彼の背中には仲間、友人がいる。しっかりしてもらわなければ困る。

 だが、そんな考えは杞憂のようだ。すぐさまその表情を緊張を切らさない気持ちで固め、視点を定める。

「よし、行こう」

 リーダーの言葉に頷き、パイクとグレイはそれに同意した。

 記録鋼板(メモリー・ロック)の示す光の方向に、鎧に包んだ足で草を踏み、四人は次の階層へと続く出口へと進むのであった。


 セントグランダムが騎士の国と呼ばれる所以は、ダンジョンによる腕の飛躍的な向上があったからこそだ。

 それまでは、魔物の存在は国の外の地での出来事であり、騎士の役目は国の平和を維持するための抑止力としての意味合いが強かった。

 迷宮の奥深くから現われた異形の化け物たちは、人の生活を荒らし、恐怖に貶める。それを守り、ダンジョンの奥深くに押し込めたのが、騎士だ。

 魔物の出現の原因を探るための迷宮への探索は、皮肉にも騎士たちの能力を著しく上げた。

 過酷な環境。階層を深めるに連れ強くなる魔物。いや、騎士は必然的に強くならねばならなかった。

「はあ、はあ、はあ」

 ラトリオたち荒い息が風に流ていく。

 草の上には獣型の魔物がその身体に傷跡を穿ち、絶命している。

 ラトリオだけでなく、他のふたりも手にする剣が小刻みに震えている。仕留めたのはラトリオだ。

 これが、剣を振るうということだ。その刃の先には、確実に何者かの命がある。

 初めて邂逅する戦いに、ヴァリアは手を貸さなかった。あくまでもこれはラトリオたちの試練。ラトリオたちが望んだこと。手を貸すのは、ピンチの最後の最後だけだ。

 懐から鳴る反応に、ラトリオは手にした剣を地面に突き刺し、取り出す。

 記録鋼板(メモリー・ロック)が明滅し、何かの反応を示す。

「倒した魔物のデータは記録鋼板(メモリー・ロック)に記録され、始まりの門へ転送されその情報は共有される」

 魔物のデータは、この迷宮の維持に必要なことだからだ。今、どの階層にどんな魔物が生息しているのか。

 そして、倒した魔物によりポイントが入り、それがそのパーティーの戦績にとなる。

 今回はアシュキュードの行事というくくりなので、多少の制限が掛かっている。帯同者である騎士が魔物を下してもポイントは入らない仕様になっている。

 グレイは魔物の亡骸に目を逸らし、パイクは度胸があるのか、グレイほど気持ちを乱してはいない。

 そんな経すらは、良いと考えている。魔物の亡骸を見て気を病むのも。

 それはかつてのヴァリアが遠い場所に置いてきた感情だ。

 野盗に身を置いていた時分では、目の前の敵は全て振り払わなくてはならない存在だったからだ。

 死んだら終わりの世界。殺られる前に殺る。それが盗賊団の中での鉄則だった。

 騎士団から支給されたのは武具だけではなく、携帯食料。水筒に入った水。

 階層によっては果実のなる木があったり、飲むのに適した泉や川もある場合がある。

 食料は節約するに越したことはないが、最初の冒険でそれを厳しく指示するのも野暮だろう。そういうのは自ら体験したことから学んでいけばいい。いざとなれば時分の分を分け与えればいいだけの話だ。

「あの、ヴァリアさん」

 呼ばれて振り向くと、グレイが倒した魔物の亡骸を指差し、

「これ、どうしましょう。埋めていって上げたほうがいいのかな」

 グレイは優しい気配りのできる子なのだろう。それも今までヴァリアは考えたこともない感覚だ。

「そのままでいい。このフロアに住む他の魔物の餌になる」

 フロアに住む魔物はこの一体だけではない。このフロアはフロアで、食物連鎖が存在する。この亡骸も別の魔物の血肉になる。

 小休憩を挟んで、一行は歩き出す。

 事切れた魔物の亡骸を見やり、ヴァリアは僅かな違和感を感じた。

 講習用のフロアは低階層を専用の場にしているはずだ。それにしては、今交戦した魔物は、見たことはない。目まぐるしく変化するダンジョンでは、他階層の魔物が混じることも珍しくない。

 そんな僅かな感覚を背に、ヴァリアは洋々と行く3人を追ったのだった。


「はあ、はあ。・・・ヴァリアはもう潜って行ってしまったか?」

 息を弾ませたマーズが始まりの門に姿を現したのは、ダンジョン講習の参加者が全て転送の間により去った直後だった。

 別件の仕事により、旅立ちには間に合わなかったか。

「ああ。今でも騎士団を辞めたとは思えねえ」

 始まりの門の警備兵は、ヴァリアの相変わらずの佇まいに苦笑していた。

 それでこそヴァリアだ。僅か数ヶ月で衰えてしまうような奴の下に付いていたつもりはない。マーズはどこか誇らしげだ。

 ただ懸念点がひとつあるとすれば、ヴァリアは誰かを指示する立場に無かったということ。マーズも何かを教わった記憶はない。全て、彼の背中を見て学んだことだ。今回は状況がまるで違う。彼が守るのは、剣をロクに握ったことのない少年たちであるはずだ。それに自分の背中を見て学べ、とは言えないだろう。それだけが不安要素でもある。

「まあ、何かがあれば私が救援に向かおう」

「・・・それは不吉すぎるだろ」

 何も無いのが一番いいはずだ。マーズは不謹慎な発言に猛省。

 ふと、マーズが視線をずらすと、フロアの片隅の椅子に、この場には似つかわしくない女性を見かける。

 荒くれ者が大半を締めるこの場は、今日に限ってはその色が違う。ダンジョンに潜る我が子を心配しない親などいない。その女性もその内のひとりなのだろう。

 眼鏡を掛けた、ブルネットの髪が印象的だ。その睫毛は不安に揺れ、伏せられている。

「大丈夫ですか・・・?」

 その表情があまりにも深く陰っているように見え、マーズは声を掛ける。もしかしたら体調でも悪いのかも知れない。

 声を掛けられ、その女性は顔を上げた。

 憂いを秘めた目は、女であるマーズから見ても色っぽく。

「・・・大丈夫、です」

「潜った誰かの関係者、ですか」

 女性は何かを思案するように目を伏せ、

「・・・生徒が」

 それを聞き、マーズは得心する。親ではなく教師か、と。

「私の受け持つクラスは、元々このような催事とは縁のないクラスでした。それがこんな急に・・・。心配しないはずはありません」

 その言葉の持つ違和感にマーズが気付いたのは、そのすぐだ。

 マーズは思わず女性の対面の椅子の腰掛け、

「まさか、ヴァリア・リビジョンの担任の先生ですか」

 その剣幕に、女性は驚きの表情を滲ませ、身を引く。

「え、ええ。」

「ヴァリア・リビジョンの元同僚です」

 そう言って、マーズは鎧の胸に手をかざした。

 女性も自らをプロギア・アルシスと名を名乗る。

「不安なのはわかりますが、大丈夫です。何しろ、あのヴァリア・リビジョンが帯同しているのですから」

 自信に満ちた顔で、マーズは女性を元気づけようと笑いかける。だが、その対面の表情は優れない。

 むしろその顔を嫌悪に歪め、マーズを睨み返す。

「・・・なぜ、そう言い切れるのです?」

 思わすその言葉の奥にある深い力強さに、マーズは言葉を噤む。

「ヴァリアさんがどれだけの腕を持つ方かは知りません。この世界に絶対など存在しません。魔物の手にかかり、命を落とす人間は、この世界には山ほどいます」

 それは、ダンジョンであれ例外ではない。

「ヴァリア・リビジョンは私の知る限り、もっとも高い腕を持っていた騎士です。そんな彼がいれば探索も安心でしょう」

「それは、近しい貴方だからこそ感じていることに過ぎません」

 マーズも、誰かの命の火が消えた瞬間を目の当たりしたこともある。

 目の前の先生の言うことは、真理なのかも知れない。命は有限で、儚い。

 だが、騎士たるもの自分の強さ、仲間の強さを疑ってはならないと思っている。剣を交え、背中を預けることを揺らいではならない。

「大丈夫です」

 マーズは変わらず、ヴァリアのことを信じる。ヴァリアの強さを信じることをやめない。

 プロギアは、そんな騎士の瞳を見ることもなく、卓上に視線を落とす。

 喧騒が、ふたりの間を流れる

「・・・ヴァリア・リビジョンの学校での生活はどうなのですか」

 まるで、彼の母親みたいな台詞だな。マーズは自分の吐いた言葉に心の中で苦笑した。

 プロギアは、暫くの間逡巡するように視線を一点に見つめていたが

「・・・成績に関しては、類を見ないほど低いです」

 辛辣な意見に、マーズはさらに苦い笑いを噛み殺す。ただ、とプロギアは続けて。

「何より懸命な姿は、他の若い生徒とは変わりません。答案を根拠のない自信で埋めてくれるのは、実力が伴ってはいないようですが」

「4年で変わりますか?」

「・・・それは私の口からは言いかねます」

 マーズには、とてもじゃないが4年でヴァリアが博学になる姿が想像できない。彼は、どこまで行っても野性味や荒々しさの残る戦士が似合う。

「ただ彼は実直で、曲げない信念が見え隠れします。自分の学のなさを自覚し、学友に勉強を乞うことを恥ずかしいことと思わない。素晴らしいことです」

・・・剣の腕以外を評価されているのを初めて見た。何より、その時のプロギアの表情が、数秒前とは違っていることだ。

「あの」

 マーズが口を開きかけた瞬間。

「あーーーーーー!」

 カウンターの方で、フロアを割く絶叫が聞こえた。

 何事だ、とマーズは表情を正し席を立ち、声のする方へと駆け出した。始まりの門の警備騎士もそれに続く。

 カウンターでは、青ざめた表情のソーラが。

 転送の門への承認をする専用の装置がソーラの向こうにはある。

 記録鋼板(メモリー・ロック)は、特種な金属を加工して作った板だ。

その盤面の凹凸は機械に通す度にまっさらに形を変える。

 それに新たに文字と情報を打ち込み、戦績を残すのだ。

「どうした!」

「す、すみませぇん!」

 異変の理由を問うマーズに、ソーラは絶望にも似た表情で頭を抱えている。

「ヴァリアさんの転送された行き先、講習用のダンジョンではないかも知れません!」

 その告白に、マーズたちの表情は緊迫に包まれたのだった。

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