表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/16

10話

 それから数日が経った。

 ラトリオは日々の生活が気が気では無いようで。

 かくいうヴァリアも気がそぞろだったのは確かだ。果たしてラトリオの嘆願は通るのか、と。

 そんな逸る気持ちとは相反するように、嬉しい知らせが届いたのはその日のホームルームでのことだった。

「昼間部で行われるダンジョン講習への参加が認められました」

 プロギアは、その朗報にも表情を穏やかにしてはいなかった。どれだけ安全が担保されようと、彼女にとってはダンジョンは危険な場所に過ぎないのだろう。

 静かな歓喜の声を出したのはラトリオで。彼の友人も自分のことのように喜んだ。

「詳しい連絡は後にお知らせします。参加を希望している方は、そのつもりで準備をしてください」

 その知らせを最後に、ホームルームは終わった。


「先生」

 廊下を行くプロギアを、追ったヴァリアが呼び止める。

「ありがとうございます。ラトリオの願いを聞き入れてくれて」

 振り返ったプロギアは、先程のホームルームを同じ表情だ。

「・・・私だけは反対しました。やっぱり生徒を危険に晒すことは受け入れられませんから」

 それは、かつて大切な人を失った、という危険性を危惧して、だろう。プロギアの言った通り、ダンジョンは完全に安全とは限らないのだから。その危険に比例して、得るものが高くなるのは確かで。

「他の先生方は、生徒の成長の芽を潰えさせてはならない、と夜間部のあり方を改めました。同じ学校、生徒なのに講習に参加出来ないのはおかしい、と」

 プロギアの目がヴァリアに突きつけられる。

「言いましたよね。生徒の安全は貴方が守ると。生徒に降りかかる危機は貴方が振り払うと」

 それはヴァリアの、大人としての役目だ。若者のダンジョン講習に必須の帯同者を、ヴァリアが請け負うこと。それが最低条件。

「約束します。必ず生きて戻ります」

 それは決して言い過ぎではない。

 ダンジョンは、どんな階層でも気の抜けない、抜くべきではない魔境。

 そのヴァリアの表情に、プロギアの顔が朱に染まる。

「・・・勘違いしないでください!私が最も心配しているのは子供たちですから!」

 そう早口で捲し立て、プロギアは踵を返して廊下の奥へと消えた。

「・・・軽率だったかな」

 プロギアが心配しているのは、あくまでも心身共に未熟なラトリオたちのことなのだろう。

 自分の迂闊な発言を顧みながら、ヴァリアも教室へと戻っていった。


 ダンジョン講習は、次の日曜日に開催される。

 昼間部の1年が対象で、希望者が数名のパーティーを組み、ダンジョンに挑む。

 夜間部。すなわちヴァリアのクラスからは1組みのパーティーのみを結成して挑む運びとなった。

 ヴァリアを帯同者として擁し、発案者のラトリオ。それに友人のグレイとパイクが名乗りを上げた。3人とも剣を振るう戦士タイプだが、グレイは魔法も齧っているということで、後方支援も可能だろう。無論、前線で戦うのはラトリオで、ヴァリアは彼らをサポートする役目に過ぎない。

 ちなみに武器や装備は騎士団からその日に支給されるので、武器での不公平感は起こらないだろう。

 ヴァリアも改めて朝の自主練に身体を動かすだけ以上の力を入れ始め、その日に備えたのだった。


「はあ、はあ、はあ」

 ヴァリアは眼前に佇む男に模擬剣を構えながら、息を整える。

 目の前の男は、鎧を身に纏った、騎士だ。

 来るべくダンジョン講習に備えて自主練に加え、古巣の力を借り、こうして剣を交えている次第だ。

 それは決して大袈裟なことではないだろう。なにせ、ヴァリアの背中には子供が控えておるのだ。

 ヴァリアは現役を退いたわけだし、昼間部に帯同する騎士はそれとは反対に現役の騎士が務める。

 かつての仲間のよしみで、こうして時間を割いてくれることに感謝。

「・・・惜しいな。まだまだ振れてるじゃねえか」

 スパーリング相手の男。アンダはヴァリアとは違い、余裕の笑みで迫る剣戟を捌いている。

「ふざけんな。息も切らさないで良く言うぜ」

 ヴァリアが切らさないようにしているのは、あくまでも剣の感触のみだ。それに伴う体力トレーニングはご無沙汰だ。もはや一線では役に立たない老体に成り下がっている。だからこうして、少しでも勘を含めて取り戻すために恥を偲んで頼みに来た。

 アンダはヴァリアとほぼ同い年だ。それでなお剣を振るう姿に老いも陰りもなく。いや、自分が衰えただけなのかも知れない。

 その力強い打ち込みと鎧を纏ったままでの身のこなしは尊敬に値する。

 所属していた隊は違うが、捕まったのがたまたま彼だったため、稽古をお願いした次第だ。

 アンダは愉しそうに無精ヒゲに笑みを浮かべると、嬉々として剣を踊らせた。

まがい物の銀の軌跡でも、身体にまともに当たれば、ただでは済まない。

 ヴァリアはそれを目で追うのが精一杯だった。剣の腕は現役の時の貯金で辛うじてついていくだけ。騎士団に在籍していた時の動きは見る影もないと自覚している。

 年を重ねると力の頭打ちも速く、そして衰えも早いことを実感する。まだ退役して半年も立っていないというのに。

「ダハハ。マーズの嬢ちゃんが歓喜しそうな絵だな」

 汗が引かない、大きく身体の中で流動する息を定期的に吐き出さなければ、まともに立っていられない。無論、人間ではない魔物に、待ってくれる感覚を持っているとは思わない。

 幸か不幸か、今日はマーズは城にはいない。こんな情けない姿を見られないで安堵しているのが正直な気持ちだ。

 現役騎士と元騎士の剣舞に、周囲の野次馬の目が集まる。・・・これじゃ、マーズだけでなく、同じ隊の人間に伝わるのも時間の問題だろうが。

「・・・こんなんで喜ぶなんて、あまりいい趣味とは言えないな」

「まったくだ」

 剣達の演舞を見ている方が、よっぽど身になる。

 がんっ。

 何度目かの剣の打ち合い。

 元騎士というプライド、執念で剣を取りこぼすことだけは免れた。 

 先にダウンしたのは、当然ヴァリアだ。

 地面に恥ずかしげもなく背中を預け、息を連続して空に吐き出す。

「思わず熱くなっちまったぜ。・・・本当に戻って来る気はないのか」

 近寄るアンダが、涼しい顔で聞く。

「・・・俺なら、はあ、こんな役立たずは、はあ、雇わん」

 割りと本気で打ち合って、アンダは息ひとつ乱してはいない。これが現役と身を引いた者の違いだ。

「なんなら、帯同役も請け負ってやろうか?」

 ヴァリアはなんとか上半身を起こし、

「ありがたい申し出だが、それじゃ意味がないんだ。彼らを、クラスメイトを守るのは、俺の仕事だからな」

「・・・相変わらず真面目なこった」

 アンダは優しい眼差しでヴァリアを見る。

「んじゃ、少し休んだら稽古の続き、は始めるか」

「鬼かお前。こちとら、バケモノみたいな体力の半分もないんだぞ」

 現役の時ですら、アンダの無尽蔵の体力は騎士団でも郡を抜いていた。

「子供を守るってのはその程度のものなのか?」

 意地悪そうに、アンダが笑う。

 ヴァリアは剣を支えにして、なんとか立ち上がる。

 そして。

「・・・ああ、頼む」

 そう言って、まだ新しい痺れの残る腕で剣を構えたのだった。


 ダンジョンに挑む者にはルールがある。

 そして、それはダンジョン講習の受験者とて例外ではない。

 始まりの門の入口から入り、3階層までが侵入可能エリアとし、3階の指定されたポイントに設置された、到達の証明となるアイテムを先に入手したパーティーが、ダンジョン講習での最優秀者となる。

 ダンジョンに挑むにあたって、必須といわれる物がある。

 それは、ダンジョンに挑むという冒険心。冒険をともにする仲間。

 それとは別に、物理的に必要とされるものがある。

記録鋼板(メモリー・ロック)』と呼ばれる、カード状の記録媒体だ。

 ダンジョンへの通告許可証と戦績の記録を兼ねる、金属質の小さな板だ。

 上記の機能の他にも、迷宮脱出の手段にもなる、冒険者に必須の道具だ。

 ダンジョン講習の参加者には例外なく渡され、それが冒険者だという証明にもなる。

 脱出には、一定間隔の階層に設置されているポータルを使う以外には、魔法による手段がある。

 これにより、探索に困難を極めたかつての迷宮よりは生存率が大幅に高まった。それ故、剣の腕が未熟な子供の研鑽を積む場所として利用することも可能になったといえる。

「・・・・・・」

 ヴァリアは手にした記録鋼板(メモリー・ロック)を眺めながら、懐かしい気持ちになっている。懐かしむほど、時間は立っていないないけれど。

 騎士の装備に身を包んだラトリオ、パイク、グレイも己の姿と冒険者の証を手にし喜びを隠しきれていない。

 始まりの門。

 いつもは迷宮に夢を求めて冒険者や荒くれ者が集うこの場所は、一気に若さで満ちている。

 アシュキュードの恒例行事であるダンジョン講習は有名な催し物なのか、若者の不安や希望を肴に酒を煽っている者もいる。

 周りには、ヴァリアの知った顔も並ぶ。昼間部のパーティーに帯同するのはセントグランダムの騎士。若手有望株から、ベテランの騎士まで。

 彼らに任せておけば、誰が目的地まで速く到達できるかは別としても、安心できる探索になるだろう。

「まさか、夜間部の帯同者がお前だったとはな」

「・・・まあ、成り行きで」

 かつての仲間は思わぬ場所での再会に喜んでくれるが、ヴァリアは現役を含む連中に果たして歯が立つのかと生徒以上の不安に苛まれているところだ。勿論、この時のために訓練を欠かさず行っていたわけだが。

「これはこれは夜間部の皆さん」

 その言葉に、ラトリオの表情が曇る。

 ラトリオ同様、騎士の鎧に身を包んだ、少年たち。

「俺達のイベントごとに、でしゃばってきたのは良しとしよう。せいぜい一階層でリタイアなんてことがないようにしてくれよ」

 そう、リーダー格の少年が笑うと、連れの仲間も同じく笑いで返す。

 ラトリオに、悔しそうな表情が滲む。

「そんな甘く見てると、痛い目を見るぞ」

 そう言ったのは、向こう側の帯同騎士だ。

 彼はヴァリアを目で指し、

「そこの男は、単身ダンジョン踏破を成し遂げた手練れだ」

 お前!と、思わずヴァリアは要らない言葉を吐く騎士の口を黙らせようと詰め寄る。下手に煽るんじゃない。

 ラトリオたちだけでなく、向こうのパーティーの少年たちも驚きの表情を隠せない。

「いつまでそれを言ってんだ。あれは偶然の産物で、狙ってやったものじゃない」

 幸運が重なっただけの、誰に誇るべきものじゃあない。

「・・・それでも。勝つのは俺達だ」

 若干鼻白むも、昼間部の生徒は帯同者を連れ、人並みの向こうに消えていった。

「・・・ヴァリアさん。すげえ騎士だったんだな」

 全然凄くなどない。脱出手段を断たれ、無様に生き延びる道を手繰り寄せ続けた結果だ。

 ダンジョンの冒険では、仲間との連携が物を言う。

 単身で挑むのは結構だが、それは本来のダンジョンへ挑む目的と逸脱したものだ。仲間と高め合い、自身を磨き合う関係こそが、最も迷宮を探索するのに相応しいことなのだ。

 ひとりは辛く、寂しい。

「ヴァリアさん」

 背後から声を掛けられ、振り向く。

 そこには目を伏せ気味なプロギアがいた。

「来てくれたんですね」

「・・・私は、この子たちの生徒ですから」

 プロギアは視線をヴァリアからラトリオたちに滑らせ、

「・・・皆さん、気を付けてくださいね。ヴァリアさんの言うことをちゃんと聞くように」

 ヴァリアは少し嬉しかった。

 少なくとも、子供を預けるのを許してくれたように感じたからだ。それに見合う働きをしなければ。

「それでは、今からアシュキュード学園生徒によるダンジョン講習会を始めます!」

 人波の向こうから、フロアに向かって通る声が聞こえる。周囲がにわかにざわめく。それはラトリオたちも同様で。

かくいうヴァリアも、ダンジョン自体は足を踏み入れるのは久々だ。

「まずは渡された整理番号ごとに集まってください!」

 ダンジョン内へは一遍には入れないので、指定されたパーティーごとに挑む手筈になっている。

 ヴァリアのパーティーは、最後だ。

それだけでハンデに感じるだろう。ただ、三階層分の距離を行くとなると、それほど露骨な差にはならないと思う。焦らずに、落ち着くべきだ。

 時間は無情に流れるが、確実にフロアの人影はダンジョンの中へと送り込まれていく。

 やがて、ヴァリアたちを含む最後の一団が転送の間へと歩いていく。

 その時。

「ヴァリア!」

 どこからか声が聞こえる。

 声のする方へ目を向けると、そこには快活な笑みを浮かべた女の子がカウンターの向こうからヴァリアに手を振っていた。

 この始まりの間で受付嬢として働く、ソーラという名の女の子だ。

 騎士に在籍していた頃は否応なく顔を突き合わせていたので、自然と顔見知りになった。

「その姿も懐かしいね。お姉さん、ちょっと感動」

 言っておくが、ソーラはヴァリアより全然若い。多分、リアン立ち寄りはちょい年上か。

「騎士を辞めたとか言った時はどうなることかと思ってたけど、結局元に戻るんじゃーん!」

 いや、騎士に戻ったわけじゃないんだけど。

 ソーラはヴァリアたちが若い頃からお世話になっていた、ここで受付をやっていた女性の娘だ。

 母親のやることを見ている内に彼女も同じ道に進み、冒険者の行く末を見守る職業に就いたのだ。

 小さい時は、文字通り下に視線を向けなければその姿を捉えられないほどに幼かったのに。時の流れとは恐ろしいものだ。

 ソーラの見送る手を背中に受けながら、ヴァリアたちを含む生徒たちは転送の間に足を踏み入れたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ