第三十話 膨張しつづける弾丸
「てかさ、あんた、いつからそこにいたのよ」
メグがその黒髪の美少女に問いかけても、少女は黙ったまま、銃身を斜めに傾けて自分のおでこに当てていた。ぴくりとも動かない。瑞生がかわりに答える。
「メグが僕のほうに銃を放りなげたときからだよ。少なくとも僕はその時点で気がついた。‥‥ていうか、なんでお前ともあろうものが、銃を持った人間に背後に立たれてて、まったく気づかないんだよ」
瑞生がそう言うと、メグはちょっとご機嫌ななめの表情になって言った。
「センサーが無効化されてんのよ」
「センサー?」
メグはすっくと立ちあがり、足のつま先から頭のてっぺんまで、威嚇するような目つきでカエデを見る。
「この子、あたしの持ってるセンサー機能をかいくぐれるんだ。あたしはこの空間の全方位を見とおせるセンサーを持ってるんだけど、この子だけはとくべつにそのセンサー反応が無効化されてるわけ」
「‥‥てことは、あの子はお前と同じようにAIってわけか」
瑞生がさほど驚いた風でもなく言った。メグがしんみりとうなずく。
「うん。あたしと同類。デスパートのエンジニアたちが、あたしの企てているクーデターを察知して急遽こしらえた、メグちゃん対策のためだけにつくられたAIだよ。無事クーデターを制圧したあとは、あたしと同じようにアイドルとして売り出すつもりらしいけど」
「じゃあひょっとして、メグちんの妹として設定されてたりしちゃったりする?」
ご陰キャさまが無邪気な声でメグに訊いた。
「その人と血縁関係なんかありましぇーん」
カエデがそう言って、いかにも憎たらしげに顔のパーツを中央にあつめ舌を出した。それを見たメグが苦々しげな表情を浮かべながら言う。
「やっぱあのエンジニアたちの好みのタイプに仕立てあげられてるわ。自分のこと棚にあげて言っちゃうけど、なんでオタクたちってこうツンデレなキャラが大好物なんだろ」
「好きっていうか、どМが多いんじゃねえの。俺もそうだしさ」
ご陰キャさまがなぜか目を潤ませながら言った。
「きもっ」
もはや条件反射的にメグがそう呟いた。瑞生が半笑いの表情を浮かべながら、メグに向かって言う。
「なんか、お前より賢そうな顔してんな」
その言葉を聞いたメグが泣きそうな表情をする。
「あたしの顔はそういうコンセプトでつくられてんの。ていうか、現実の世界でも、賢そうな顔したアイドルなんて誰ひとり売れてないでしょーが。こんなこと言っちゃうと身も蓋もないけど、ビジネスとしてのアイドルっていうのはさ、世のアホな男たちからいかに効率よく金を掠めとるか、ってのがいちばん重要なポイントなわけ。そのためにはチワワみたいな頼りなげな顔してないとイカンのよ。無駄にプライドのたかいオタクたちの劣等感を刺激しそうなのは完全にNGなんだわ」
「飼い主より賢い犬はかわいくないってわけか」
瑞生が納得したようにうなずきながら言う。
「しょーゆーこと。でもはっきりしておくけど、カエデとあたし、どっちが賢いってのはないんだからね。OSがアプデされてない状態でプログラムが組まれている以上は、演算能力はあくまで五分五分なんだから。英語のことわざで、本の中身を表紙で判断するなってのがあんでしょ。顔でAIを判断しちゃダメなの」
ご陰キャさまが泣きそうな顔をしているメグから、瑞生に視線をうつして言った。
「瑞生クン、どSっすね。メグちん泣きそうっすよ」
それでも瑞生はお構いなしに言葉をつづける。
「お前よりあとにつくられたのに、なんつうか、お前のほうが妹っぽい感じだよな」
ご陰キャさまがメグのかわりに答える。
「いや、俺もそうっすけど、瑞生クンもマンガやらアニメやら観すぎなんすよ。ショートで溌剌としてんのが妹ちゃんで、ロングで落ちついてんのがお姉ちゃんってのが完全にデフォルトな設定になってるから、逆のパターン見ると脳が軽くバグっちゃうんすよ」
「なるほどな。‥‥そんで、なんでメグのこと撃とうとしてんだ」
瑞生がカエデのほうに向きなおって訊いた。
「答える義務あるんですかぁ?」
メグが田舎のヤンキー娘のようにカエデの顔をきっと睨みつける。
「それくらい答えてあげりゃいいでしょうが」
カエデはメグのほうを見ようともせずに瑞生の質問に答えた。
「こちらのお姉さんがあなたたちと組んで、デスパートにたいしてクーデターを起こそうとしているからでーす。これでいいですかぁ?」
メグが肩をすくめて、鼻から息を抜いた。
「生意気でしょ。あたしよりひとつ年下って設定のはずなんだけど、あたしのこと見くだしてんのよ、スペック的に劣るから」
「同じOSで制御されてんだから、スペックが劣るもなにもないじゃないか」
どこか励ますような声で瑞生が言った。
「許可されてる権限の自由度がぜんぜん違うのよ」
瑞生がいかにも瑞生らしくクールに皮肉っぽく笑いながら、メグに向かって言った。
「‥‥お前さ、面白いこと言うよな。地球上にある核爆弾をぜんぶバクハツさせる権限よりも高い自由って、いったいどんな自由なんだよ」
「あれはこっちがコピーの空間だから好き勝手にやったってだけ。当然だけど、オフィシャルのほうの仮想空間でそんな権限ないわよ。オフィシャルのほうの仮想空間であたしに許可されている権限の範囲はかなり限定的なの。こんなことあたしが言うのも悔しいんだけどさ、ほんとカエデを舐めてかかっちゃダメだからね。あたしは空を飛べないけどカエデはフツーに飛べちゃうし、この空間を支配してる絶対的な物理法則からも解き放たれてるし、いろんなとこにアクセスもできる。あの子がアクセスできないのはデスパートのエンジニアたちが組み立てた仮想空間のプログラムの指揮系統の部分だけなの。そこだけはエンジニアたちが死守してるわ。まあ当然だけど」
「でもお前はデスパートのパソコンにアクセスできるんだろ?」
「それもあたしが勝手にやってるってだけ。デスパートのエンジニアたちが想定していた以上にあたしが暴れまわってんのよ。だからメグちゃんはマークされてるわけ」
「で、この子は僕とご陰キャさまの身柄を拘束しにきたってわけか」
「コーソク? そんな面倒なことしないよ」
カエデが銃口を自分のおでこに当てたまま、ぴくりとも表情を変えずに言った。瑞生が鋭い眼光でカエデを睨みつけて訊いた。
「じゃあ、どうするんだ」
「それ、わざわざ説明しなきゃなんないかな? かったるいんだけど。こんなコピー空間をつくりあげるくらいの脳味噌を持ったキミだったら、ボクがここに来た意味くらい、簡単にわかるよね?」
瑞生はカエデの顔を睨みつけたまま、少しだけ首を傾け、それからうなずいた。
「ん? どーゆーこと?」
ご陰キャさまが首を傾げて瑞生に言った。瑞生はその言葉を無視してメグに言う。
「メグ、手に持ってるその銃をご陰キャさまに渡してやってくれ」
「冗談っしょ。俺、いらないっすよ」
メグは持っている銃を床に置くと、ご陰キャさまのほうに向かっていきおいよく手で滑らせた。
「ご陰キャさま、そいつを拾って構えろ。それからメグ、まだよけいに銃を持ってるよな?」
「モチのロンよ」
メグは衣装のなかに手を突っこむと、そこからまた銃を取り出した。
「じゃあ、こっちにまわってきてくれ」
そう指示されて、メグはいそいそと瑞生の立っているほうに走っていった。瑞生はご陰キャさまのほうを向いて言った。
「ご陰キャさま、頼みがある。現実の世界に戻って、僕とお前が強制退場させられないよう、プログラムをいじってくれないか」
「強制退場? あのカエデって子にやられるってことっすか?」
「そうだ」
「たしかにあの子ならそんなのワケなさそうっすね。でも‥‥素朴な疑問なんすけど、カエデっちにそんなことできるんだったら、とっくにやってるんじゃね?」
「僕がこっちの仮想空間でつかっているアカウントに特殊なプロテクトをかけてるから手を出せないでいるんだ。なあ、カエデ、そうだろ?」
瑞生が話を振って、カエデは苛立だしそうにこくんとうなずいた。
「そうだよ。キミ、メグにも言われてたけど、ほんっと変態だよね。よくこんなプロテクトの方法、思いつくよ。マジで腹が立つ。いっぺん病院に行って、アタマ診てもらったほうがいいと思うな」
ご陰キャさまがキョトンとした表情で瑞生のほうを向いて言った。
「えーと。具体的になにをどうやったんすか?」
瑞生が銃を構えたまま、カエデから視線を逸らさずにご陰キャさまに説明した。
「簡単に言ってしまうと、強制退場をかけられないように僕のアカウントに何兆もの数式を紐づけして、それを知恵の輪みたいにつなげて、そうした数式をいちいち計算して答えを出さないと外せないようにしたんだ」
ご陰キャさまがさらにキョトンとする。
「何兆って‥‥それマジすか」
「べつに手作業でやったわけじゃない。プログラムでやらせてんだからな、わけないさ。何兆ってのも、僕が推定している数字ってだけで、もしかすると京の単位かもしれないし」
「京って、兆のつぎの単位のことっすよね」
瑞生がご陰キャさまに答えるまえに、カエデが割って入る。
「キミさ、ほんっと殺してやりたいよ。これ、とんでもなく手間がかかるんだからね。そっちのほうにも頭つかわないといけないんだから」
「カエデっち、それ、ひとつひとつ解いていってるわけ?」
「そうだよ。ていうか、キミもだけど、ボクに話しかけないでくれる? かなりイラついてるんだから」
瑞生が煽るように半笑いの表情を浮かべながら、カエデに訊いた。
「自分でそういうのつくっといてこういうこと訊くのもなんだけど、ひとつの数式を解くのにどのくらいかかってる?」
カエデがおそろしく殺気ばしった目で瑞生を睨みつけて簡潔に答えた。
「0.00001秒」
「それは機械が計算にかかる最低限の秒数ってことで理解していいわけだな?」
「そうだよ。あと、機械が、とか言わないでくれないかな。気分がわるいから」
ご陰キャさまが肩をすくめ、険しい表情を浮かべているカエデから、瑞生のほうに視線をうつした。
「こりゃまた、極上のツンデレっすね」
「デレのほうはまだ見てないけどな」
「比べてみると、メグちんのほうがまだ愛嬌があるような‥‥」
メグが嬉しそうな顔をして、ご陰キャさまの背中を手のひらでばたばた叩いた。
「でっしょーん」
「でもさでもさ、いくら天文学的な数のトラップをばら撒いてたって、そんなのやっぱ最終的にはカエデっちにぜんぶ解かれちゃうわけっしょ」
「最終的にはな。こんなのどこまでいってもたんなる時間稼ぎだよ。だからおちおちしてると強制退場させられるぞ。銃を撃ったら現実に戻って、強制退場させられないように僕と自分のアバター部分のプログラムをハッキングしてくれ」
「了解っす」
瑞生は一歩進み出た。脇に立っているメグと、ご陰キャさまのあいだに立つことで三人は直線に並び、瑞生は両手で銃を構える。
「一斉射撃だ。メグ、さっきやったやつ、もういっかい頼むぞ」
「うん。わかった」
メグも両手で銃を構えた。ご陰キャさまもあたふたと銃を拾って構える。
「僕が撃ったら、ふたりもカエデめがけて撃つんだ」
ふたりは黙ったまま、うなずいた。しかしそれでもご陰キャさまだけがわずかに表情を歪め、不満そうに呟いた。
「いやぁ‥‥女の子に向かって銃を撃つなんて、抵抗あるんすけどねえ」
「女の子じゃねぇってんだろ」
そう叫んだあとすぐに瑞生がカエデに向かって銃を撃ち、メグとご陰キャさまもそれにつづいた。
カエデは左手だけをかざして、三発の弾丸を手のひらのなかに受けとめた。弾丸はカエデの小さな手のひらのなかにめりこみ、公安の人間の身体に命中させたときと同じように膨張をはじめる。弾丸は瞬く間にカエデの身長くらいに膨張して、さらに拡大していく。
左手をかざしたままカエデは面白がって、ふんふんとうなずきながら言った。
「なるほどねえ。力学的な抵抗を受ければ受けるほど膨張する仕組みになってんだ。ふーん、メグもなかなかやるじゃない」
メグが呼び捨てされたことに腹を立て、持っていた銃をぽいと投げ捨てると、両手をメガホンのように口に添え、膨張しつづける三発の弾丸に隠れてしまっているカエデに向かって叫んだ。
「そこ、年上のお姉さんにはちゃあんと敬称をつけなさい。つぎにメグちゃんのこと呼び捨てにしたら、お姉たまがお仕置きしちゃうかんな」
ご陰キャさまが妙に甲高い声で言った。
「でもこれもやっぱ時間の問題じゃね。公安の人間でも簡単に交わせたやつ、カエデっちが交わせないわけないもん」
瑞生はご陰キャさまの横顔をちらっと見てうなずいた。
「何度も言ってるけど、これもたんなる時間稼ぎなんだ。あと、ご陰キャさま、自分のアバターを消すことができるか。お前が現実に戻っているあいだ、ここにそのアバターを放ったらかしのままにしてると、膨張したあの弾丸に押し潰されてしまう可能性があるんだ」
ご陰キャさまも瑞生の横顔を見てうなずいた。
「いちおうアバターのオン・オフとかはできるんすよ」
「じゃあオフにしておけ」
「ふぇい。了解っす」
「強制退場をロックするのにどれくらいかかる?」
「三十分もあれば十分じゃないっすか」
「まあ、それくらいなら大丈夫だろう。なあ‥‥どういう状況になろうと、かならず戻ってきてくれよ」
ご陰キャさまが不服そうな表情を浮かべて瑞生の横顔を見る。
「なんすか。まだ俺のこと信頼してもらえてないんすか」
「お前が戻ってくる頃には、えげつない展開になってそうな予感がするんだ」
「‥‥瑞生クンあのさ、忘れてるかもしんないけど、俺いちおー、世界じゅうの核爆弾を投下されて、焼け野原になった空間に戻ってきた人間なんすよね」
瑞生が小首を傾げて、ご陰キャさまの顔を見る。
「そういや、そうだったな」
「んもー。瑞生クンみたいなタイプに信頼してもらうのって、この世でいっちゃん難しいわ」
自分の頭をかきむしりながらそう言ったあと、ご陰キャさまはひょいんと姿を消した。
カエデの手のひらに当たっている三発の弾丸はどんどん膨張しつづけ、やがて屋上いっぱいにまで広がっていった。屋上の面積を圧迫しつづけ、瑞生とメグをみるみる隅まで追いやっていく。瑞生が後ろの胸壁を振りかえりながら、表情を歪めて言った。
「やばいな。僕たちのほうが押し潰されてしまうぞ」




