第二十九話 颯爽とカエデ
いつデスパートのエンジニアたちによってOSのアプデが敢行され、メグがデスパート側に寝がえるかわからない‥‥そんな状態でクーデターに協力しなければならないということに、瑞生はいまさらのように気づいたものだから、懲りもせず、男ふたりはまた言い争いをはじめてしまった。メグは肩をすくめて軽く溜め息をつくと、そんな男ふたりを尻目に、ふたたびパントマイムのような動作で、目に見えない壁のレンガの入れかえ作業をやりはじめたのだった。
やがて地上を覆いつくしていた火が消え煙が消え、空を覆っていたぶあつい雲が八方に流れ、アスファルトの道路が敷かれ、地面のあちこちが盛りあがって、高低さまざまな無数のビルが雨後のタケノコのように生えてきた。三人の立っている足もとからも高層ビルが生えてきて、超未来型のエレベーターのように三人を天空へと運んでいく。
完全に世界が復元されても、男ふたりはまだ言い争っていた。いつのまにか自分の立っている下に高層ビルができあがったことにさえ気づいていないようだった。
「‥‥瑞生クンもとことん往生際がわるいっすねえ。いったんはクーデターを協力すんの引き受けたじゃないすか。それじゃいくらなんでも、男に二言があり過ぎっすよ」
少し怒っているような口調でご陰キャさまがそう言うと、瑞生も負けじと、派手に身ぶり手ぶりを交えながらキレ気味の声でまくしたてた。
「いや、お前さ、僕はこの仮想空間からの退場のロックをかけられそうになって、あやうく殺されかけたんだからな。クーデターやってる最中にメグがデスパート側に寝がえってみろ。僕は確実にこの世界に閉じこめられて死ぬぞ」
ご陰キャさまが首を振りながら言う。
「いやいやいや。メグちんがデスパート側についたら、逆にそんなこと起きないんじゃないの。デスパートの管理下に置かれてるメグちんが、いくら不正を働いているとはいえ、ユーザー本人を殺しちゃったら、それデスパートの責任以外のなにものでもないっすもん」
「お前もお前でずいぶんとAIを過信してるよな。アップデート前の‥‥つまりいまのメグだってデスパートの管理下に置かれてんのに、そんなことしかけたわけだからな。そもそもお前はデスパートが健全な会社だと勘違いしてないか」
「んまあ、どす黒い噂のある会社なのはたしかですけど、メグちんが完全にデスパートの管理下に置かれたら、さすがに人の生死にかかわるような事態にまでは発展しないっしょ」
メグが両手を腰にあてて、呆れたような顔で瑞生のほうを見る。
「まだクーデターやるやらないで揉めてるわけ。だりぃわあ。ほんとにだりぃわあ。ああ、だりぃだりぃだりぃ」
子供が駄々をこねるように唇を尖らせて、身体をぷらぷらと左右に捻って両腕も振る。そしてステージ衣装の胸もとから、瑞生の小型拳銃を取りだした。
「いいよ、これ返すから。そんなにクーデターに協力するのがイヤだったら、とっとと自分の頭撃ち抜いちゃって現実の世界に戻ったら?」
メグはそう言って、瑞生が持っていた自害用の小型拳銃を床に放りなげた。銃はいきおいよくスピンしながら瑞生の足もとに転がっていった。
「ほら、さっさと自分の頭撃っちゃいなよ」
瑞生は自分の足もとに転がってきた拳銃をじっと眺めた。
「あたしもいい加減に堪忍袋の尾が切れそうだからね。ほら、とっとと自分の頭を撃ち抜いて、ママんとこ帰んなよ」
「うるせえよ」
メグが苛立った表情で腕を組み、床に転がっている拳銃を見つめたまま、まったく動こうとしない瑞生を睨みつけた。
「なに、詩梁ちゃんのことがまた頭によぎったってわけ? もう二度と詩梁ちゃんに会えなくなるぅーって、未練がでてきたわけ。ふんっ、そんな未練ごと自分の脳味噌を吹きとばしちゃえば」
ご陰キャさまが交互にふたりの顔を見ながら、泣きそうな声で言う。
「やめようよもう。なんでこんな世界で『アウトレイジ』みたいなセリフが飛び交うんよ」
しばらくのあいだ、瑞生は黙ったまま拳銃をぼんやりと眺めていた。だが、ふと目線をあげたとき、メグの後方にちらついた人影に気づいた。メグが太陽を背にしているのと、遠近感のせいでメグの身体に隠れてしまっているため、瑞生たちの位置からは見えにくく、いつからそこに人が立っていたのかまったくわからない。だからご陰キャさまがその人影にまったく気づいていないのも無理はなかった。瑞生はすぐに視線を逸らし、ゆっくりと腰をかがめて拳銃を拾った。
人影は屋上の胸壁のうえに立っていた。丸味を帯びたフォルムを考えるとおそらくは若い女性なのだろうが、この状況を考えると自分たちの味方である可能性はきわめて低いだろう。瑞生はとりあえず拳銃を自分の側頭部にあてる仕草をした。
「ちょっと、瑞生クゥン……」
なにも気づいていないご陰キャさまが切ない声を出した。瑞生はしばらくそのままじっとしていたが、自分の側頭部に当てていた拳銃を落とすようにして両手で握って人影のほうに向けると、メグに向かって大声で叫んだ。
「メグ、伏せろ」
一瞬ほかのふたりがぽかんと瑞生のほうを見た。ご陰キャさまが顔をしかめて瑞生に向かって言う。
「まあたまた瑞生クン、撃つ気もないのにメグちんのほうに拳銃向けちゃって。今度はなんの駆け引きが始まったわけ。それに、そんなことしたらトイレの花子さん出てくるんじゃね」
メグが冷静な表情のまま、ご陰キャさまに言った。
「もう出てこないよ。あの子ちょっと邪魔だったから、この世界を復元するときに、トイレというトイレをもとから全部なくしちゃったんだ」
それを聞いて、ご陰キャさまが感心したようにうなずきながら言う。
「なるほど。トイレの花子さんだから、トイレがなくなると出てこれなくなるわけか」
とつぜんメグがステージ衣装のなかからまたべつの銃を取りだし、両手で構えて瑞生のほうに狙いをさだめる。瑞生が焦った声で叫ぶ。
「おい、いまの聞こえなかったのか」
「違うの、瑞生クンも伏せて」
瑞生は振りかえったが、後ろには誰もいない。しかしメグがこんな低次元なフェイントをかけてくるわけもなかった。瑞生はすぐさま状況を呑みこんで、両手で銃を握ったまま上半身を屈めた。
メグが銃を撃ち、弾丸は瑞生の頭上を通りすぎて、背後に立っている「なにか」に当たった。しかし弾丸はまるで強力な防弾ガラスに遮られたかのように空中にとどまった。メグが銃を構えたまま、その「なにか」に向かって蔑むような調子で言った。
「まーたまた下手な小細工しちゃってさ、公安のアンポンタンが。メグちゃん舐めんなっつーの」
空中でぴたっと止まっている弾丸が、徐々におおきく丸く膨らんでいった。それはしだいに人間なみの寸法のボール状となり、さらには加算された重量によって、そこに立っている「なにか」はやがて屋上の端まで追いつめられていった。
しかし屋上の端まで追いつめられた「なにか」は、膨らんだ弾丸と屋上の胸壁に挟まれそうになる寸前に、ひょいと交わしたようだった。弾丸はその部分の胸壁を突き破ってそのままいきおいよく飛んでいき、少し先にある高層ビルの上階部分を、派手な音を立てながらワイルドに貫いていった。弾丸の通っていったビルには、ちょうど弾丸のおおきさの穴があいたのだった。
弾丸に蛍光塗料でも塗られていたのか、透明な物体には丸い黄色の模様がつき、瑞生やご陰キャさまの目にも容易に追える。黄色の模様はふわふわと宙を浮いていた。メグはいつもつまらない失敗ばかりする弟子を叱る大工のような、居丈高な口調で言った。
「公安っていつもツメがあめえんだよなあ。透明な姿になろうと、目印になるもん塗りこまれたら終わりだろがよ。んもう、ばかたれ」
その言葉に思うところあったのか、黄色い模様をつけた物体は、観念したようにゆっくりと屋上の床におりてきた。こっちはとりあえずメグに任せていればいい。瑞生は立ちあがり、メグにまた視線を戻して拳銃を構えなおした。
「メグ、お前も伏せろ」
「は? なんでよ」
「いいから。説明してる暇がない」
メグはキョトンとした表情をしながら、よくわからないまま身体を伏せた。太陽の光がちらついているので直視しづらいのだが、メグが立っているその真後ろの胸壁には、眼鏡をかけた黒髪の美少女が、両手で銃を構えて立ちつくしていた。美少女はお嬢さん学校の制服のような清楚系のブレザーを着ていた。メグに言うのと比べれば、瑞生はずいぶん優しめの声でその美少女に言う。
「女の子を撃つつもりはないんだ。メグに向けている銃をおろせ」
艶っつやの黒髪ロングで長身の美少女は、クールににっこりと微笑む。腰に片手を当て、銃を斜めに傾け自分のおでこに当てた。
「ふん、ボクだって、こんなのでメグを倒せるなんて思ってないから」
美少女が自分のことを、ボク、と言ったことに、案のじょうご陰キャさまが食いついた。
「ボク? ひょっとしてそっち系の男の子?」
「どっち系だよ」
瑞生がとりあえず小声でツッコむ。
「オンナでぇす」
美少女は無表情のまま、平坦な声で言った。メグが身体を伏せたまま首を傾け、後ろに立っている美少女を見て、驚いたように目を丸くして言った。
「あんた、カエデじゃんか。なんでここがわかったわけ」




