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第二十八話 『地獄の七所巡り篇』 其の七 人類を踊らせるためのボレロ(後編)

 とはいえ、完全に地上のすべてが焼きはらわれたわけではなかった。メグはまったく無傷のまま、およそ千年は鎮まることがないであろう業火のなかに、腕を組んだまま平然と立っていた。

 しかし、メグ以外にも、地上には目玉がひとつだけ残っていた。いまとなっては本人ですら、それが右目なのか左目なのか、正確にはわからなかった。もちろん声帯の器官などまったく跡形もないのだが、当然のようにその可能性を信じて、目玉ひとつの姿となった瑞生は、メグにむかって毅然と言葉を発する。

「ちゃんと現実を忠実に再現しろよ、このクソ女。地球上のすべての核爆弾をバクハツさせて、片方の目玉だけ残るなんてことがあるわけないだろ」

 メグが両腕を組んだまま、目玉を見おろして言った。

「ここはあたしの庭なんだから、好きにしたっていいじゃない」

 それから腰をかがめ、剥きだしの目玉を優しげにそっとさする。

「目玉だけになってもかわいいよね、瑞生クン。有名なあのゲゲゲのパパみたいに、手足とか生やしてあげよっか」

「僕に触わるな」

 目玉が叫んだ。

「カノジョがダメって言うんだったら、いっそのこと、あたしのパパにでもなってもらおうかな」

 メグはそう言って立ちあがると、片手だけでいともたやすく自分の右目をえぐり抜いた。そして血が滴りおちる自分の目玉を、ろくすっぽ見もせず後方に投げ捨てると、血まみれの空っぽの眼孔をおおい隠すために、頭を振って髪を垂らし、唇の端に血の筋を垂らしたまま、にっこり笑う。

「ほら、ゲゲゲっぽくなった。瑞生クン、今日からあたしのパパだね。さてさて、これからふたりで妖怪退治にでも出かけようか。まずはあの気持ちわるい腕だけのトイレの花子さん退治なんてのはどうかな。あ、できないか。だってあの子は瑞生クンの娘みたいなもんだもんね。きゃはは」

 目玉が自分の力だけでぐるりと動いて、メグを見あげる。黒目のまわりが赤く充血したその目つきは、目玉だけの存在になりながらも、それなりの凄味があった。

「グロいもん見せるな、気分がわるい。それにお前のパパは、あくまでデスパートに雇われたあの得体の知れないオタク連中なんだからな、そのことを肝に銘じて忘れんなよ」

 痛いところを突かれたのか、たちまちメグの表情がかわる。子供のように頬をふくらませ、口を尖らせた。

「瑞生クンって、バカなの。まだ自分の置かれた立場をわかってないようね。いまの瑞生クンなんて、殻をむいてないゆで卵よりも簡単に踏み潰せちゃうんだから。お・わ・か・り・で・す・こ・と?」

 そう言いながら、メグはまたかがみこんで、人さし指の先で目玉のてっぺんをつんつんと押した。

「やってみろよ。お前の支配はどこまでいってもヴァーチャルの領域なんだからな。お前の言っていることなんて、いわばヴァーチャルな領域の脅しでしかないだろ」

 首を傾け、目玉をいとおしそうにまじまじと眺めながら、メグがまたにっこりと微笑む。

「できちゃうんだもぉん。瑞生クンをこの世界に閉じこめて、帰れなくしてやるんだ」

 メグがそう言うと、目玉がびくんとこわばる。

「現実の世界で眠っている、本体の瑞生クンが飲まず喰わずで餓死するまで、この世界から退場できなくしてやるんだ」

 目玉はメグを見あげたまま言った。

「ふざけるな、僕にだって親はいるんだ。連絡がとれなきゃ、様子くらい見にくるさ」

 メグがじつにメグらしくない冷淡な表情を浮かべた。

「でも頻繁に連絡をとりあうほどの関係じゃあないよね。瑞生クンが餓死するまで、まあながくて一ヶ月だとして、そのあいだにふだん疎遠なカンケーの親から連絡がくるなんて、それこそ年に一枚しか宝くじを買わない人間が一等を当てるような確率に近いんじゃない。それに、ほんとに親から電話がかかってきたとしても、あたしが瑞生クンの声を真似て電話に出ちゃうけどね。あたし、そういうこともできるんだ。ネットにつながっていたら、個人のパソコンでもスマホでも遠隔操作できるんだから」

 目玉がものも言わずメグをじっと見る。

「‥‥ていうか瑞生クン、ちょっと孤独に過ぎるよ。いまちょっと遠隔操作で瑞生クンのスマホの通話履歴みてみたら、ラインも含めて過去二年間まったくの通話ゼロだし、メールだって、スパムメール除いたら、ネットショップからのご購入ありがとうございますメールか、発送しましたメールばっかしじゃない」

「会社を無断欠勤しつづけたら、電話くらいあるぞ。それを無視しつづけたら、マンションの管理人に連絡を入れてくれる可能性はある」

「そうなったらあたしが瑞生クンのかわりに電話に出て、『お前みたいなアホの下で働くのがイヤになったからもう会社行かねえよ』って上司に言ったげる。きゃはっ。いかにもふだんおとなしそうなパソコンオタクがとつぜん言いだしそうなセリフだよね。リアリティ満載だよ、これ」

 メグはそれこそ十七の女子高生のように屈託なく、おかしそうに笑いつづける。

 目玉はゆっくりとメグから地面へと視線を落としていった。ほんとにこれで終わりかもしれない、瑞生はそう思った。そして瑞生もちゃんと人間らしく、あれこれと人生の後悔の念とやらが、せわしなく頭に浮かんでこないわけではなかった。

 しかし、そうした塵芥のような雑多な感情を篩にかけると、ほんとうに心のこりといえるものは詩梁くらいだった。あの暖かさにもう二度と触れられないと想像するのは、間近にせまった、現実味を帯びた死そのものよりも、瑞生にははるかに辛かったのである。

 メグが立ちあがって腕を組み、目玉を見おろしながら、子供を諭すように言った。

「このとおり、状況はあたしのほうが絶対的に有利なんだよ。ねえ、クーデターに協力してくれる気になった?」

 目玉はメグから視線を逸らさぬまま吐き捨てた。

「‥‥もとの鉄クズに還れよ、化け物め」

 たちまちメグの表情が鬼のような表情にかわり、いきおいよく片足をあげ、目玉に踏みおろそうとした。

 だが、まさにそのときである。目玉をかばうように、ご陰キャさまが倒立ブリッジの姿勢でとつぜん現れ、メグの足を腹でしっかり受けたのだった。ご隠キャさまは目を細めてメグの脚のほうを見ながら言った。

「瑞生クンをいじめんのも、そこまでにしてあげてちょ」

 目玉がくるりと軽やかに、自分に覆いかぶさっているご隠キャさまの後頭部のほうを向いた。そして心なしか、ほっとした声で言う。

「待ってたぞ。つうか、プログラムをいじるのに時間がかかったんだとしても、お前ならもうちょっと早く来れたんじゃないのか」

「いや、このタイミング狙ってたんで」

 瑞生はご陰キャさまがなにを言っているのかわからない。倒立ブリッジの姿勢なのでご陰キャさまの表情は見えないが、目玉はご陰キャさまの後頭部を不思議そうにじっと見つめる。

「は? いったい、なんのタイミングだ?」

 少しの間があった。

「あのー、言いにくいんすけど」

「うん。言えよ」

「つまりそのう‥‥このアングルだとメグちんのパンツ、ばっちり見えるんで」

 目玉がメグよりも殺気だった表情でご隠キャさまの後頭部を睨みつける。

「‥‥お前、ほんもののアホか?」

「けっこう前からふたりのやりとり聞いてたんすわ。瑞生クンの勝ち気な性格考えると、メグちん煽りに煽りまくって、たぶん踏みつぶされるなとにらんでたんで、じっと待ってたんす」

 メグが鬼のような表情のまま、何度もご陰キャさまの腹に足を踏みこんだ。目玉が心配そうに言う。

「たとえパソコンのまえでキーボード叩いてるだけだとしても、このままじゃ、アバターの内蔵が破裂するぞ。そこらへんリアルにつくられてあんだから。お前だって、そう何体もかわりのアバター用意できないだろ」

「あ、大丈夫っす」

 といってるそばから、ご陰キャさまの身体がまっぷたつに割れた。きれいさっぱり、ご陰キャさまの上半身と下半身がふたつに分かれたのである。踏みこんできたメグの足をよけ、目玉はひょこひょことご陰キャさまの上半身のほうに身を隠した。

「‥‥そういえば、こういうことできたんだったな」

「そーゆーこと。んでね、瑞生クン、俺、これから立ちあがるんで、体勢くずして目玉潰しちゃったらごめんちゃね」

 目玉が目玉だけで不思議そうな表情をした。

「ん? なんの冗談だ?」

「俺がこのアバターを動かしてんのは、あくまでキーボードの連打によるものなんで、自分のナマの身体を動かすのとはちょいとわけがちがうんすよ。仮想空間で倒立ブリッジなんかしたことないから、立ちあがるときにキー打つタイミングまちがえると、あやまって瑞生クン踏み潰しちゃう可能性あるんす」

「お前だったら大丈夫だろ」

「いやあ、瑞生クンがそう言ってくれんのは嬉しいんすけど、倒立ブリッジから体勢かえるためのキーが、それぞれ指の離れたとこに設定してるんすわ。俺、ニートだから運動不足なもんで、少しでもアクロバティックな指のつかいかたすると、けっこうな頻度で指つっちゃうんすよね」

「へんに冒険するなよ。待ってくれ、僕のほうが動くから」

 ご陰キャさまがぶんと頭だけ振った。

「いやいや。ちょっと俺の身体の隙間からメグちんの表情みてもらえます? まだがっつりぷんぷんぷんな表情しちゃってるっしょ。へたに動いたらマジでヤバいっすよ。俺がひょいんと体勢かえて、すぐさま瑞生クンを拾って手のなかにやさしく包みこんであげるから、動かないでじっと待っててくれめんす」

 目玉が目玉だけで少し引いたような表情を浮かべる。

「なんか言いかたが気持ちわるいけど、ようするにメグから僕を守ってくれるって、そう言ってるんだよな?」

「そうっす」

「‥‥わかった。お前のこと、信じるよ。さすがに一流のハッカーのお前がキーボードを打ち損じることなんてないだろうし」

「うわ、瑞生クンがここまで俺のことをべた褒めしてくれるとは思わなかったわ。マジ嬉しいっす。‥‥じゃあ、瑞生クン、いくっすよ」

 ご陰キャさまはわかれていた身体をくっつけると、上半身に弾みをつけて立ちあがろうとした。しかしなにかをしくじったのか、腰からばたんとへたりこんで、思いっきり尻もちをついてしまった。ご陰キャさまの穿いているズボンの尻に、たちまち赤い染みがひろがった。

「へ。うわっ。嘘ぉん。どうしよ。どうしよ‥‥。メグちん。俺、瑞生クン、潰しちゃったみたいなんだけど」

 尻をあげようともせず、泣きそうな顔でご陰キャさまはメグの顔を仰ぎ見た。メグは鬼のような表情のまま、地面に座りこんだご陰キャさまを睨みつける。

「戻ってきたと思ったらまためんどくせーことしやがったな。おめえほんとに冗談ぬきでめんたま潰すぞ」

「てか、潰れたの瑞生クンの目玉っす」

「やかましいわ、このバカちんが」

 ご陰キャさまはさらに泣きそうな顔をして言った。

「いやさ、メグちんわかってる? 俺、メグちんが瑞生クン踏み潰そうとしたの守ったの。んで、守ろうとしてあやまって尻で瑞生クン潰しちゃったんよ」

「‥‥おいこら、クソニート。耳の穴かっぽじってよく聞け。こちとら、ほんとに瑞生クン踏み潰す気なんて、さらさらなかったんだわ。あんなのたんなる駆け引きに決まってんだろが。ニートにはそれすらわかんねえのか、ああ?」

「瑞生クン、死んじゃって現実の世界でめざめたの?」

「そういう安全装置はとりあえずロックをかけてるから、瑞生クンはまだ眠ったままだよ。‥‥つーか、反省せいや、この穀つぶしが」  

 ご陰キャさまは自分のズボンの尻についている、ありし日の瑞生が飛散させた赤い血の染みをちらっと見た。そしてすがりつくような目でメグを見る。

「‥‥でもさでもさ、メグちん、瑞生クンの目玉をもとに戻せるっしょ? ていうか、全身をもとの姿に戻せるっしょ。目玉ひとつでも生きてられたんだから、その理屈でいえば、細胞がひとつでも残ってたら瑞生クンはまだ生きてるってことになんだよね」

 メグはご陰キャさまから視線を逸らして、地上で燃えている炎が反射して赤く染まるぶあつい曇を見あげた。左手で自分の頬を数回かるく叩いて、眼孔から垂れている血の跡を消し、眼球ももとどおりに復元させた。それからふたたびご陰キャさまに視線を落とし、いくぶん柔和な表情を浮かべて言った。

「‥‥ていうか、この空間に完全な死なんて存在しないよ。たとえ細胞が死滅したとしても、あたしだったらプログラム上の残存データみたいなものから難なく再生できる。この空間で死の概念なんてものはとりあえず忘れてほしいな。この空間でほんものの死が訪れるのは、データ上の産物でしかないあたしみたいな存在か、コピーの詩梁ちゃんのような本体と紐づけされてない存在だけなの。瑞生クンの場合でいうと、本体は現実の世界でぐーすか寝てるだけなんだからね」

「アバターであればいくらでも復元できる、と」

「そう」

「じゃ、瑞生クン、もとの姿に戻してくれる? 俺、クーデターに協力するよう瑞生クンを説得するから」

 メグが呆れた表情を浮かべて言う。

「自分の目玉を尻で踏み潰したやつの言うことなんか聞いてくれんのかな」

「そこはうまくごまかすわ」

 メグは甲高い声をだした。

「いったいどうごまかすってわけ」

「瑞生クン、死ななかったことにすんの。たぶん瑞生クン、目玉が潰れてから意識はないと思うんよね」

 臭いものでもかいだように、メグは顔をしかめ、自分の鼻をつまんで、顔のまえで手を振った。

「えぐっ。あんたさ、魂が根っこから腐ってんじゃない。せめて自分が瑞生クン踏み潰したことくらい、謝ったらどうよ」

「いやいやいや。そんなこと正直に言っちゃうと、俺のこともう二度と信用してもらえないじゃない。瑞生クンとは年も近いみたいだし、せっかく人生初フレンドになるかもしんない貴重な相手を、こんなことで失いたくないんだよねえ」

「こんなことって、あんたさ、ひとの目玉潰しといて、コタツのなかに転がってたミカンでも足で潰してしまったみたいな口調で言ってんじゃないよ。マジで煮ても焼いても食えないやつだわ、こいつ。人類の格づけランク最低なんじゃないの」

 ご隠キャさまは地面に膝をついて顔のまえに両手をあわせ、黙ってメグを拝んだ。

「‥‥んもう。しょーがねーなー」

 メグは溜め息をつくと、パントマイムのような動きで、空中の目に見えない壁からレンガのひとつを片手で抜きとり、もう片方の手でべつのレンガを壁に差しこむ、といった仕草を何度か繰りかえした。するとしばらくしてから、地面に寝そべった瑞生の全身がぽんと現れた。

 瑞生は上半身だけ起きあがって目をぱちくりさせた。そしてご隠キャさまの姿を認めると、前世の記憶をたぐるような遠い目をして言った。

「‥‥なんかお前に踏み潰されたような気がしたんだけど」

「あ、それは気のせいっす」

「意識が途絶える直前に、お前の尻が迫ってきた記憶があるんだけど、それもやっぱ気のせいか?」

「やっぱ気のせいっす」

 ご隠キャさまがやはり泣きそうな顔で言った。だが瑞生はぼんやりとした目つきのまま、ひどく優しい声で言った。

「‥‥まあいい。際どいところで、お前が助けてくれたのはたしかなんだから」

 瑞生は自分の腹をさすった。

「僕の身体が復元されたのも、お前のおかげなのか?」

「いんえ。これはメグちんす」

 ゆっくりと首を傾けて瑞生はメグのほうを見る。とたんに瑞生の表情が険しくなり、その表情を見たメグもまた、瑞生をきっと睨みつけた。ご隠キャさまが痴話ゲンカしたカップルをなだめるように言う。

「あのさ、モニターのまえでふたりのやりとり聞いてたんだけど、平和がどうこうって話をするのはいいんだけどさ、そういう話をケンカ腰でしちゃあダメなんじゃね?」

「うるさい」

 瑞生とメグがご陰キャさまを睨みつけて同時に鋭く叫んだ。

「うへっ。タイミングぴったしだったわ。やっぱこのふたり、似たもん同士なんか。‥‥まあそれはおいといて、瑞生クン、メグちんのクーデター、手伝ったげようよ。アップデートによってこれまでの自分が永久に失われるっていう感覚、それがチョー怖いって感覚も、俺たちにだって理解できないわけでもないんだし。それにさ、もし手伝わなかったら、瑞生クンのヴァーチャルなカノジョさん、もうこれっきり会えなくなるんじゃね」

 そこを突かれると痛い。瑞生の表情が曇る。アップデートが施行されてメグがデスパート側に従順になってしまうと、コピーの詩梁などすぐさま排除されてしまう。このとおり、瑞生がデスパートのエンジニアたちの目をかいくぐってつくったコピーの仮想空間を、メグはあっさりと見つけだしたのだ。おそらくデスパート側は、メグのこうした高度な能力だけはそのままにしておくはずである。もしかするとOSのアップデートによって、メグのこうした能力にもっと磨きがかかる可能性だってある。

 コピーの仮想空間を見つけたメグがデスパートに通報しなかったのは、自分とご陰キャさまにOSのアップデートを阻止してもらおうという、メグなりの打算があったからだ。しかしメグがデスパート側に従順なパーソナリティに更新されれば、もはやこのコピーの仮想空間をそのまま放置しておいてはくれないだろう。デスパートに通報するか、メグが率先して、あるいは公安組織と協力するなりして、瑞生やご隠キャさまの妨害行為をものともせずに、このコピーの仮想空間を破壊してくるに違いない。芸能事務所に飼いならされた現実世界のアイドルたちが浮かべるのと同じような、屈託のない笑顔を浮かべながら‥‥

 コピーの仮想空間が撤去されるのはまだいい。瑞生にとって最大の問題は、やはり二度とコピーの詩梁と会えなくなることだ。瑞生もそれだけはどうしても避けたかったのである。

 メグとご隠キャさまの顔を交互に見ながら、しだいに心のなかで迷いを吹っきると、瑞生はあきらめたように溜め息をついたのだった。そしてメグにはっきりと告げた。

「わかったよ、クーデターに協力してやるよ」

 メグはたちまち相好を崩して、満面の笑みを浮かべた。

「そうこなくっちゃ」

「‥‥そんで、デスパートが強行しようとしているアップデートの時期って、具体的にいつごろなんだ」

 メグは真顔に戻って、首を斜めに傾けた。

「明確な日時をあたしに悟られるほど、デスパートおかかえのエンジニアたちもマヌケじゃあないよ。この件じゃエンジニア同士でメールのやりとりもしないし、オンライン会議もしない。あたしはパソコンやスマホのマイクだって、本体がネットにつながってさえいれば遠隔で起動させる力を持ってるんだけど、あいつら、仮想空間のアップデートに関してはその網にすら引っかからないようにしてるのよ。まったくもう、十七のこんなきゃわいいきゃわいい女の子にどんだけ警戒しているんだか。ぷんぷん、ほんまにぷんぷんやで。ほんと、あいつらマッドに徹底してるんだよねえ」

 ぷんぷん、のところで両手で自分の頭にウサ耳をつくったことに、ご陰キャさまが食い気味に反応する。

「やばっ。メグちん激かわゆす。うほおお。頭おかしくなりそうだわ。俺、マジでイカれる五秒前っす」

 瑞生はむせかえる。

「おい、お前はたしか、デスパートがアップデートを強行するのは、お前を従順なAIに生まれかわらせる目的も含んでるって僕が指摘したとき、ご明答とか言ってたよな?」

「ふふーん。メグちゃん、そんなこと言ったっけかなあ」

 メグは右上と左上に交互に視線をとばしながら、口をすぼめてとぼける。ご陰キャさまがようやく正気にかえって口の端から泡をとばしながら言う。

「え、え、それってつまり‥‥」

「じゃあなにか、お前は、僕たちがいつお前がデスパート側へ寝がえる可能性があるかもしれないことに怯えながら、お前と協力してデスパート相手にクーデターを起こせって言ってるのか」

 瑞生の口調はほとんどケンカ腰である。

「うん。そうだぴょん」

 なぜだかメグは嬉しそうに、十代のアイドルらしい悩殺スマイルを浮かべながら、こともなげにあっさりとそう言ってのけたのだった。

*今回で『妄想ポリス』第一部は終了となります。

 第二部のスタートは2026年の3月22日を予定しております。

 

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