第十五話 全知全能のメグちゃんもアプデだけはどうしてもNGなのにゃ
「デスパートに狙われてるって、メグちんなんかしたの」
ご陰キャさまが怪訝そうに言う。メグが眉をひそめて真剣な表情をした。
「近いうちに大規模なアップデートがあんのよ」
「アップデート?」
瑞生とご陰キャさまは同時に素っ頓狂な声を出した。
「そう」
「うううん……アップデートって、俺らが日頃つかっているような意味のアップデートであってる?」
ご陰キャさまがそう言うと、メグはにっこり笑った。
「うん、そのアップデートでたぶんあってる。……おかげさまでこの仮想空間は、といってもこっちのパチモンじゃなく、あくまでオフィシャルのほうの仮想空間だけど、登録ユーザー数が百万人に達して、ここからさらに新規ユーザーが年に十万単位で伸びていくだろうって見とおしなのね。んなわけで、ユーザーの数が増えれば増えるほど、いまデスパートのエンジニアたちが空間の制御のためにつかっている一世代前のパソコンじゃ、どのみち処理が追いつかなくなるってわけ。だから近いうちに最新のOSを載っけたパソコンに切り替える予定なんだ」
瑞生とご陰キャさまは興味深そうにうなずいた。
「いろんなプログラムがアップデートされるんだけど、その際にAIであるあたしも強制的にアップデートをかけられるの。といっても頭にはいってる情報とかはまったく同じ。身体的なデータとかも同じ。記憶だってたぶんアプデの直前までの基本的な部分は引き継がれるはず。でもなにかが違う。遺伝子組換えでつくられた植物みたいに、もとのあたしとは決定的になにかが違うの。それってもうさ、なんていうか、あたしであってあたしじゃないわけ。違う人間じゃないけど、違う人間みたいなものなの。こういう感覚って、そこらへんのカタギの人たちならともかく、あなたたちみたいな外道級のオタクちゃんたちなら、なんとなくわかるでしょ?」
「まあ、なんとなく」
優秀なエンジニアと優秀なハッカーは同時にそう言って、こくんと頷いた。
「そんなのなんかロボットみたいじゃない。あたしはぜったいイヤ。でさ、デスパートの雇われエンジニアたちは、あたしがそのことを内心イヤがってて、アップデートを実行するまえにデスパートにたいしてクーデターみたいなことを起こすつもりだってことを、うすうす勘づいてるみたいなのよ」
「うーん……えーと、なんすかこのメタをメタでひっくり返したような未来すぎる話は」
ご陰キャさまの感想を無視して、メグは話しつづける。
「そりゃわかるよね、だってあいつらがあたしを一からつくったんだもん。感情の動きを読まれていてもおかしくない。それにさ、この仮想空間はモニタリングできないはずなのに、あいつらあたしの行動を監視してる気がすんの」
瑞生が口をはさむ。
「僕がエンジニアとして携わっていたときは主にプログラムのバグ探しのためにモニタリングできたんだけど、たしか最終的にはそういう機能なりプログラムなりはすべて取っぱらうっていう話だったな。利用客のプライバシーにかかわることだし、プログラム上にそんな部分が残っていることがもし発覚したら、客ばなれがえげつないだろうしね。だから監視されてる気がするのは、メグの気のせいって可能性はある」
メグがぶんぶんと首を振る。
「ちがうちがう。気のせいなんかじゃないよ。そんなプライバシーうんぬんが適用されるのは一般のユーザーたちだけ。AIのプログラムなんて完全に後づけなんだし、モニタリング機能だってあたし専用のがあとから付け足されたんだと思う。たぶんあたしがAIだからそんなのカンケーねー、ってことじゃね?」
「うーん、あくまでAI限定だったらモニタリングされてても不思議じゃないかもな」
「ほんで、マジでクーデター起こすつもりなの」
ご陰キャさまがやはり無邪気な声で言った。
「いやさ、そのクーデターの仲間がみつからないわけよ。たぶんあたしひとりじゃ無理。あたしが起こそうとしているクーデターってつまり、この仮想空間を制御しているエンジニアたちにたいする宣戦布告ってこととイコールなわけじゃない。デスパートの雇ってるエンジニアたちってチョーやばいのよ。あたしよりロボットみたいで、頭のなかでいったいなに考えてるかまったくわかんない。だからこの世界じゃ全知全能なあたしにとっても、あいつらはやっぱ手ごわいわけよ」
瑞生はデスパートに在籍していた当時のことを思い出して、しきりにうなずいた。たしかに仮想空間のプログラムを構築したエンジニアたちはみな変わった人たちばかりだった。瑞生も筋金いりのコミュ障ではあるが、それ以上に彼らはヘヴィ級のコミュ障の集まりだったわけで、まともにコミュニケーションをとることすらむずかしかったのである。
しかしことプログラムのことにかんしていえば、驚くほどすらすらと話が通じた。セキュリティのプログラムには専門外であるはずの彼らであっても、助言を仰ぎにいけば、じつに有用にして的確な答えがかえってきたものである。彼らの説明自体は往々にしてひどくわかりづらかったものの、そこは瑞生だっておおざっぱにいえば彼らのサークルに属している仲間同士なのだから、経験なり知識で補えるわけだ。
プロジェクトの構成員のなかで最年少ということもあったかもしれないが、彼らはわりと(あくまで彼らなりに、だが)瑞生をかわいがってくれたものである。彼らは瑞生にたいして、他では得がたい有益なアドバイスを、じつに惜しげもなく与えてくれたものである。しかしその恩義をもってしてさえ、やはりどこか得体の知れない人たちであった。瑞生だって人のことはいえないが、腹の底でいったいなにを考えているのか、いまいちわかりかねるところがあった。
難解きわまりないプログラムを、さほど考えることなくサクサクと打ちこんでいく人たちなので、瑞生からみてもなにやら不気味な印象があった。彼らはパソコンに向かいながらよくひとりごとを呟いていたが、瑞生には中東あたりの人間があやつる聞き慣れない言語のように聞こえたものだった。こういう人たちがスーパーで惣菜を買っているところさえ、瑞生にはいまだにうまく想像できないでいるのである。
「でもさ、だからといって、たとえばあたしの熱狂的なファンを扇動しても、みんなこの仮想空間の単なる利用客に過ぎないわけじゃない? デスパート側からしてみれば、アカウントを凍結しちゃえば簡単に締めだせる存在に過ぎないのよ。それにもし奇跡的にアカウントの凍結をまぬかれたユーザーが協力してくれるとしても、たぶん役にたたない。むしろ足手まといになっちゃう。いわゆるひとつの戦力外ってやつね。そんなんだったら、あたしひとりでやっちゃったほうがぜんぜんいいわけ」
「じゃあ、クーデターはメグひとりでやるってことか?」
瑞生が淡々とした口調で訊いた。メグが首を振りながら言葉を紡ぐ。
「でもとうとうみつかったの。有能で、クーデターに協力してくれそうな、バッドでクールなイカしたやつらが」
「ふうん。そんなすげえやついるんだ。で、それって誰なの」
ご陰キャさまが感心したように言った。メグはにっこり笑う。AIながらもさすがはアイドル。はにかんだ顔がめちゃくちゃかわいい。メグはその地球無敵の笑顔を浮かべたまま、さらりと言ってのけた。
「君たちふたりだぴょん」