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第十四話 地球最強のプリチーさを誇るメグちゃんの美乳攻撃かわすなんてこいつ宇宙最強かよ

 剥がれていた空の上に立っていた公安の男は、メグがいきおいつけてバタンと空間を押しもどしたため、そのまま「無の空間」のなかに閉じこめられてしまった。

 空はもはや継ぎ目すらなく、すっかりもとどおりになったかのように見えた。しかし、横断歩道の信号に描かれているような、記号的な人型をした空の断片が、まるでゼリーのような質感を湛えて、ぽっかり宙空に浮きでてきた。かと思うと、卵の殻を破るように、その人型の空の破片を八方に飛散させながら、公安の男が飛びでてきた。

「やっぱひと筋縄ではいかねえわ、あいつ。こんな芸当、フツーのユーザーにできるわけないっぺ」

 むしろ感心したようにメグが言う。

「なんでメグがここにいんだよ」

 瑞生が上半身だけ起きあがって大声で叫ぶ。

「んー、いまそれ説明しなきゃなんないわけ」

 公安の男が殻を破ったいきおいのまま、屋上の柵のうえに立っているメグに向かって突進してきた。メグはステージ衣裳のままだった。派手なピンクのフリルの襟元に両手をかけたかと思うと、さほど力もこめずにそれを引き裂いた。胸元からミサイルでも発射してくるのかと警戒して、公安の男は一瞬だけ怯んだものの、結局なにもしないことがわかって、かまわずメグに向かって突進してくる。

「うっそーん。乳みせ攻撃まったく効かねえ。嘘じゃろ嘘じゃろ。このメグちゃんの美乳を無視できるなんて信じられん。ロシアの戦線精鋭部隊だってがんがんガン見するはずなんだけど。ひょっとするとあいつ、AIなのか」

「公安の人間がAIってことはないはず」

 瑞生が口をはさんだ。

「なんでそういえんのよ」

 空中で公安の男が撃ってくる弾丸を、卓球のように手のひらだけでぴしぱし撃ちかえし、目の前まで近づいてきた男の腹を思いきり蹴とばして遠くの空に飛ばすと、メグはややキレ気味に顔だけ瑞生のほうを振りかえる。

「僕はこの仮想空間のプロジェクトに関わっていたエンジニアだったんだ」

 メグがキレたまま、それがどうした、といわんばかりの表情で瑞生の顔を睨みつける。

「公安の人間をAIにやらせることは国からNGくらったんだよ。それじゃ営業許可を出せないからって。犯人を逮捕したときにきちんと責任の所在をはっきりさせてもらいたがってたんだ。こっちの世界でも誤認逮捕とかあるはずだし、そうなると現実の世界で民事訴訟とか起こされる可能性だってあるわけだからさ」

「でも瑞生クンって、途中でプロジェクト抜けたんっしょ。あとで国を説得して、変更になったかもしれないよ」

 冷静にご陰キャさまが言う。

「僕が関わってたときに出ていたアイデアは、ほぼ全部といっていいほどそのまま実現されてるからな。同じように途中で抜けた優秀なリーダーが、基本的な部分をほとんど完成させたんだ」

 メグが腰に両手をあてて身体だけ捻り、ほうぼうのビルを蹴とばしながら屋上の近くまで戻ってきた公安の男が懲りもせず撃ってくる銃弾を、ひょいひょいよけながら言った。

「んにしても地球最強のプリチーさを誇るメグちゃんの美乳攻撃かわすなんてこいつ宇宙最強かよ」

「なんか途方もなくしょーもなさそうなラノベのタイトルみたいっすよ、いまのセリフ」

 そう言ったご陰キャさまのほうを見もせず、魔法をかけるように手をかざしただけで破れた衣裳をもとどおりにすると、メグは独りごとのように言った。

「いやしかしありえねーわ、ちらっとみただけでまったく戦闘態勢くずさないなんて。このきゃわいいきゃわいいお顔の下にくっついてる、抜群にかたちのととのった乳みて無反応って。とてつもねえ侮辱だわこれ。あいつ絶対ころすかんな」

「そういう訓練受けてるんじゃないすか」

「はあ? どんな訓練だよ」

 メグはまたキレ気味に言った。

「それか、メグちんが自分で思ってるほどきれいなパイオツじゃないとか」

「つかお前もついでにころす」

「じゃあそのきれいなパイオツ見せてくださいよ」

「お前さ、イケメンのくせにカノジョできたことないの、そういうとこだぞ」

 瑞生が自分のことを棚にあげてツッコむ。そんなやりとりをしていたため、弾丸がメグの頭に命中するが、とうぜんのように弾丸は斜めの方向に跳ねかえった。

「んもう。めんどくせえ野郎だな。こんなもんでも、ビミョーに痛えんだっつうの。髪も痛むしぃ」

 メグは屋上の柵にぐったりとなっていたトイレの花子さんの太い腕を両手で掴むと、まるで砲丸投げのように半回転させてから、公安の男に向かっていきおいよく放り投げた。宙を舞うトイレの花子さん。公安の男はあっけなく、トイレの花子さんともども、遠くの空に飛ばされていってしまった。

「これで君たちとゆっくり話せるわ」

 ロングショットをきめたゴルファーのように、メグは彼らの飛んでいった方向を細目で睨むと、手をパンパンと叩きながら言った。

 瑞生はご陰キャさまに撃たれた自分の脛を見る。流れていた血はいつのまにかきれいさっぱり消えていた。少しだけ足を動かしてみたが、痛みもない。仮想空間では傷や痛みこそ発生すれど、医療インフラがまったく整っていないため、現実世界よりも治癒が早くなるよう設定されているのだ。さすがにAIで生成された医者に手術させるわけにはいかないし、高額な報酬を払って医療従事者を雇うわけにもいかないのである。瑞生は立ちあがりながら、メグに向かって言った。

「君はたぶん生身の人間が操作しているアバターじゃないな。この仮想空間じゃ、ご陰キャさまのようにプログラムをいじってでもいないかぎり、あくまで現実世界の延長線上の肉体を持つことになっているんだ。高精度なアイマスクが身体から脈拍や筋力やらを計測して、仮想空間にデータとして送信しているわけだから。それに、いま君のやったことはまったく人間ワザじゃない」

「さすが、瑞生クン。このコピーの仮想空間の真の創造者。めざといんだから。ご名答だぞ、誉めてやるぞよ」

 メグは両手を腰にあてて仁王立ちになると、囁くような声でふたりに向かって言った。

「君たちだけにこっそり教えちゃうけど、じつはメグちゃんはAIなんだ」

 ご陰キャさまがのけぞる。

「マジか。俺、けなげにアバター説信じてたのに。現実の世界でマブい女の子が歌って踊ってんだとばっかり思ってたわ。くそ、この世界ってどんだけ俺たちオタクの心を踏みつけにすりゃ気がすむんだよ」

 また泣きそうな声でご陰キャさまが早口に言う。

「あれはあくまで噂。デスパート側からは正式にそんな発表なかったでしょ。まあそういう噂をSNSで流したりしてたのはじつはデスパートだったりするんだけど」

「AIのわりに内部事情くわしいんすね」

「メグちゃん舐めんな。こちとらはもとからそういう情報をインプットされた状態で生まれてきたの。君らのちっちゃな脳味噌に詰めこまれたら破裂しちゃうくらいの情報がはいってんだかんね」

「無限の情報っすか?」

 ご陰キャさまが訊きかえした。メグが人さし指で自分の頭のてっぺんをこんこんと叩く。

「おう、無限の情報よ」

 瑞生がまさに瑞生らしいクールな冷笑を浮かべた。

「馬鹿いうな、ハッタリだよ。無限なんて概念はどこまでいっても学説的な観念に過ぎないんだからな。永久運動が実証されてないのと同じで、無限ってのも現実には存在しないんだよ。YouTubeにアップされているすべての動画の合計時間だって、べつに無限ってわけじゃない。どういう意味合いにおいても安易につかうような言葉じゃないんだ。おまけにこいつにはギガ配分の縛りがある」

「ん。ギガ配分てなんすか」

「プログラムのなかでそれぞれのセクションにわりあてられた容量のことな。この仮想空間のプログラムの構築を指揮してた人間がよくつかってた言葉だったんだ」

 メグがふたりの会話にわって入る。 

「いいねえ。脳髄にびしびしくるよ、そのありがたき言説。なんだか『プロジェクトX』で神さまの口からじかに天地創造の七日間のドキュメントでも聞いてる感じで。頭のいいやつって、やっぱメグちゃん無条件に痺れちゃうにゃ」

「でもなんで俺らの味方してくれるの。そういう理屈でいうと、メグちんってデスパート側の立場のはずだよね」

 ぷるんとした唇に指をあてながら、メグは、これ言っちゃおうかどうしよーかなー、というもったいぶった表情をする。

「んー‥‥ぶっちゃけちゃうとさ、じつは君たちと同じようにあたしも狙われてんのよ」

「え。メグちんがいったい誰から狙われてるっての?」

 ご陰キャさまがあくまで無邪気に訊いた。メグは両方の眉を下げ、ちょっと苦虫を噛み潰したような表情で言った。

「そりゃ、天下ごめんの創造主デスパートさまからよ」

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