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夏編

俺は夏。春達が出て来て帰って行く。そして、次は俺らが手招きされる。


その部屋は明るくて優しさに包まれている。星二郎は俺を見るなり微笑んで


「素敵な兄を持ったね。でも、大変なんじゃないの?」と聞いてきた。


俺は首を振る。「大変じゃないっすよ。俺の兄は優しくて、お人好しでそれでいて


優柔不断だけどいざって時は本気で守ってくれる人っすよ」と言う。


この言葉に噓なんてねぇ。だって、助け合うのが兄弟だから、家族だから、


ちっとも大変じゃない。すると今度は「親を殺したのは春君でしょ?君もいつか、


裏切られれば殺されるかもしれないよ」と言われる。それでも俺は平然と


「なんで?春が裏切るわけないし、それにたとえ殺されても春ならいいぜ。


だって春は…俺を守って人殺しになったんだぞ⁉」と気づくと怒鳴っていた。


すると星二郎は「はぁ、もう分かったよ。合格。夏君、君に教えてあげるよ。


親が虐待なんてした原因を。それはアルコール中毒だよ」と言った。


は?と俺は思った。俺達を、散々苦しめてきたのはアルコール中毒だったのかよ。


怒りが込みあがって来る。俺の、兄をアルコール中毒が泣かせたのだ。


そんな怒りと憎悪で苦しさと闘っている俺に星二郎はこう言った。


「それと、春君をよろしくね。彼は僕と似ているからこれから先もまた、傷つけられるかもしれないよ。僕はさ、断られちゃったから…君らに任せてもいいかな?」


「どうしてそんなにあいつを気遣うんすか?」と俺は気づくと聞いていた。


それに対して彼は苦笑しながら「昔の自分と重ねてしまったんだよ。あの日、僕は


弟の為に必死になっている彼を見て助けたいと思った。ただ、それだけの事だよ。


それ以上でもそれ以下でもない」と言った。それは、とても俺の心に響いた。


俺は知っている。彼が、俺にすぐ合格と言って春にすぐそう言わなかった理由を。


「春の事、好きなんだろ」気づくとそんな一言を俺は口走っていた。


慌てていると彼は初めて無邪気に笑って「そうだよ。きっと—」と言った。


あまりにも優しくて邪気の無い笑みに戸惑っていると「どうしたの?」と彼は


またもや無邪気に問うのだから本当に罪深い人だ。俺は頭を抱えて「とにかく、


もう帰ってもいいか」と聞く。そうしたら「わかった。またね」と言ってくれた。


家を出て屋敷に帰る途中何度も考えた。傍で輝一と仁がこそこそ話している。


別に気にならないけどさ。アルコール中毒ってか…。それが真実だったなんて。


声にならない怒りに自分でも驚きながら痛い想いを必死に押し殺す。


今はそうして生きるしかない気がしたから。〝今は〟?いつかは解放されるのか?


この苦しみから。抜け出せるのか?春は、春は、幸せになれるのか?


その時だった。仁がおもむろに口を開き、「あいつはきっと幸せだ。


兄弟にこんなにも大事にされて、幸せになってと願われて。だが、あいつはきっと


お前達が心から笑ってくれればもっと幸せだと思うぞ。夏、お前が下を見たら、


誰が前を向いて歩くのだ?爽快で明るいのがお前の取り柄だろ?違うのか?」と


言った。こいつがこんなにも喋るのに驚いて固まっていると


「だから、今ここでお前の悩みを吐き出しちまえ」と言った。


俺は茫然と立ち尽くした後「過去を変えたい。春が苦しまずに済むように」と言うと仁は「お前、相当の馬鹿か?消えない過去に変えられない過去にすがるなんて。


それに、過去は消えないからいいのだろ。春がお前の為にがんばり続けたから


お前は生きているのだろ?それなのにそれをなかった事にしたいだと?


お前一回アイツの事じっくり考えてやれよ!アイツの必死にがんばった過去を


消そうとするなよ!アイツはお前の事が大切なんだぞ!」と怒鳴られた。


春と仁ってそういや仲良かったよな。同い年だものなと思っていると


「で?お前はどうしたいんだ」と聞かれる。俺はゆっくりと口を開く。


「春を守りたい」


そうしたら仁は初めて微笑み、「がんばれ」と言った。


俺は家に帰り優夜さんに全て話した。すると彼は微笑んで、


「よくがんばったね。後は、秋君と千冬君を信じて待とう」と言った。


俺はその時、久しぶりに泣いた。感情が混ざって、何よりもやっと安心して。


溢れて止まないこの涙の意味を俺はまだ知らない。だけどきっといつか分かる。


そう信じて生きるしかない…。最近ずっと不安だったのだ。春が泣いているのを


見たあの日から、秋も泣いていた。見ていると胸が締め付けられるようだった。


俺はさ、本当は全然、爽快なんかじゃなくて、根に持つタイプなのだぜ?だから、今めっちゃ怒っている。親に。だって、アルコール中毒のせいにしたんだぜ?


中毒のせいにしてろくに治療もせずに…ただのそんなんただのクズだろうが!


俺の記憶にある親はいつも冷たくて子供放置しているだけの奴だ。


春と違って優しくないからさ。はっきり言うよ、あいつらはクズだって。


泣き止んだ俺は急いで春と俺の部屋に帰る。入ると春は微笑みかけてくれた。


そして、「アルコール中毒のせいだったのだな…僕が助けて上げられれば、


よかったのに…」と呟いた。だからムカつくのだ。いつも助けたい、助けたいって言ってさ、お前の体は一つしかないのにどうしてそんなに背負うのだ。


なんで…なんでクズの事まで救おうとするのだよ。どれだけお人好しなのだよ!


ちょっとは、少しくらい俺の事も特別だって思ってくれよ!なんでそんなに、


皆に優しいのだよ。ムカつく、すごくムカつく!こんなにもムカついているのに


気付かないこいつの精神もムカつく。こんな奴、憎いぜ。でも、好きなのだよ。


不思議だろ?羨ましいのも好きなのも春なんだから神様ってほんと酷いよな。


わかっているのだ。本当は。こんなのただのわがままだって。


春に特別扱いされたいだけだって。でも、それって悪い事なのか?


誰だって誰かの特別になりたいと願うはずだろ?違うのかよ?


この憎いけど好きだっていう想い分からないか?俺は春を守りたいのにっ!


どうしてこういう事だけ素直に言えねぇのだろ?ほんと俺ってバカだよな。


大切な言葉が出てこない。大切な俺の気持ちが言いたくても言えない。


でも、だからってずっと言えないままでいいのか?今、言うべきだろ?


俺は今までで一番の勇気を振り絞って〝俺〟の本音をぶつける事に決めた。


「俺はお前が憎い!羨ましい!ムカつくし、いつもヒーローぶっているのがマジで


気に食わねぇ。だけど好きだし守りたいのだよっ!春が好きなんだよ!


そんくらいイイカゲン気づけよバーカ!俺の事だってちょっとは…


特別だって思ってくれよ!」そう言った瞬間、春の瞳から涙が零れ落ちる。


そして、「ごめんな。僕がダメな奴だから夏まで傷つけて。僕ってほんとに」と


言い出すのだから困ってしまう。仕方なくその続きを強引に遮る。


「俺は、謝ってなんか…欲しくねぇし。春はダメな奴じゃない。だからそれ以上…


自分を卑下すんな!」と言うとこいつってばまた泣きだすのだから困るのだ。


でも、思うのだよな。目の前で泣いてくれるって嬉しいって。


一人でため込まないで居てくれた事がほんとに嬉しいのだ。だから、充分なのだ。


俺、今幸せなのだ。だってこいつが俺をやっと頼ってくれているから。


いっそ、俺だけ頼ってくれればいいのに。そんな、気持ちが生まれたがかき消そうとした時だった。春が「夏は俺の大事な人だよ。それに、特別だと思っているよ」と言ったのだ。は⁉と思っていると「僕ってさ感情表現が薄いから分かりにくいのかもしれないけど弟達の事めっちゃ大切にしているんだよ?」と言ってきた。


・・・気づけば目頭が熱くなっていて涙が頬を伝っていく。


春は、まるで星二郎のように邪気の無い笑みで今そう言った。


だから、きっとこの言葉に嘘偽りなんてないのだろう。だけど分かるのだ。


春の、言う〝特別〟は俺の求めている特別じゃないって…。そう思うと悲しくて、


でも…期待してしまっていて嬉しい気持ちも混ざっている。そんな涙だった。


俺って案外ガキなのかもな。まだ十四だものな…。自己紹介の時は気合入れて


あんな事言ったけど今はこう思う。俺はまだまだこれからなガキなのだって。


俺は一言呟く。「そっか」俺にしては本当に短い言葉だったと思う。


だけどさ、仕方なくね?こんな複雑な心境に陥っているのだぜ?


なのに春は微笑してこう言った。「ごめんね。僕には無理みたいだ」


その言葉に気づいた。彼は気づいているのだと。俺が求める春への〝特別〟と、


春が俺に感じている〝特別〟の大きな違いに。でも…謝らないで欲しかったよっ!

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