ごめんなさい
僕は秋。どうしてもきえないものってあるよね。僕はあの日が怖い。
優しかった兄の瞳が鬼の様に怖かった。僕がもっと強かったらよかったの?
春君は優しいから…きっと僕らの為にあの人達を刺したんでしょ?
きっと今でも辛いのだろう。だって春君は〝人殺し〟になってしまったのだ。
親が虐待を始めた時に逃げればこうはならなかったはずなのに…。
ごめんね春君。僕じゃ君を助けられなかったみたい。本当にごめんなさい。
そう伝えたい。でも、それって無責任ではないか。ムセキニン…。
僕は、本当にその言葉の意味を分かっているのだろうか?言葉って不思議だ。
この世界で僕が救いたいのは、謝りたいのは、ただ一人、春君だ。彼にできる
贖罪があるならば教えてほしいよ。僕は、彼を救いたい、守りたかった。
でも、守れなくて、逆に守られてしまった。なんて情けないのだろう。
たった二つの年の差なのに…。春君は全部一人で背負おうとするの。
世界がどうなったっていいから春君に笑ってほしい。また、心からの笑みを
僕に向けてほしい。そんな事言ったらきっと困っちゃうよね。誰だって好きで
無理をしたりしないもの。そうするくせがついてしまっているのだよね。
それをどうこう言うのってよくないだろうし黙っておこう。
気付けば僕は春君に似てきていた。穏やかに笑って受け流すくせがついていた。
やっぱり憧れの人の真似ってしちゃうよね。でも…本当にこのままでいいのか?
これでは一生春君を救えないのではないか?・・・もういいや。疲れたよ。
どんなに春君の事、考えたって心配したって変わらないではないか!
僕が言いたいのは〝ごめんなさい〟のたった一言。そこに全てを込めよう。
僕は春の心地良い夜風を浴びながら部屋を飛び出した。時刻は十一時。
寝ているかもしれない。だけど起きているかもしれない。
彼の部屋に向かいそっとドアを開けると夏君しかいなかった。
だからそっとまたドアを閉めて春君の好きな庭に出る。
庭は広くてだけど分かる。あの桜の木に居るって。
一歩一歩をそっと歩いて行く。夜桜の前に来ると春君が居た。泣いていた。
「ごめん、ごめん」と繰り返し泣いている。僕は見ていられなくなる。
逃げ出してしまいたい。見なかった事にしてしまいたい。
でも…もう逃げたくない。〝あの日〟みたいに逃げたくない。
満天の星が輝く夜空の下、泣きじゃくっていた彼を僕は見て見ぬふりした。
でも、今日はしないよ。あの日の事もすべての想いをも込めて、今日。
ごめんなさいって伝えるから。だから、少しだけ呼吸を整えさせて。
緊張する。心臓がどくどくと脈打つ音が聞こえる。
夜桜が月明かりに照らされて輝いて見える。夜の闇に光るライトのように。
春君の涙が頬を伝う。僕まで泣きそうになってしまうではないか。
僕は思い切って声をかける。「春君」彼は僕に気づくと涙を拭おうとする。
それを僕が止める。そして、「ごめんなさい!」と言う。
すると春君が「僕の方こそ本当にごめん」と言う。
どうして春君が謝るのだろうと思っていると「秋に、負わなくてもいい傷を
付けたのは他でもない僕だから」と言う。それならば僕だってそうだ。
あぁそうだ。そうなのだ。人は皆こうやって傷つけあって生きていく。
そうしたくないのに…。僕は決意する。全部伝える事を。
「僕、春君が好き。ずっと昔から憧れていたよ。だから、春君が傷つくの
見たくない。わがままだってわかっているよ?でも…でも…これ以上、
春君が無理に笑う姿も一人で夜な夜な泣く姿もみたくないかもしれない。
泣いて良いのだけど僕まで泣いちゃいそうになる。ずっと耐えていたのに…。
春君が泣いたら僕も泣いちゃうよ。だから春君ごめんなさい。また僕ってば
春君を困らせるような事言って、泣いているのを邪魔して…。本当に僕って
迷惑な―」そう言おうとした僕を遮るように春君が抱きしめてくれる。
そして、「迷惑だなんて一度も思った事ないよ。秋はいつも皆に気を遣って生きて
いて正直尊敬しているよ。だけど僕って弱いから秋の心を癒せなくてって思うと
悲しくなって泣いていた。これじゃあ、お互い様だよな」と言ってくれる。
その時だった。「そうそう、二人はなんでも深く考えすぎなんだよ」と夏君が
やって来て言った。二人同時に「夏(君)⁉」と叫ぶ。
すると夏君が指に口を当て「静かに」と言う。後ろには千冬も居る。
夏君は起こさなきゃ起きないような奴だ。きっと千冬が起こしたのだろう。
身勝手な夏君と千冬と考えすぎる僕と春君。これが四季兄弟なのかもな。
夏君が「俺もごめんな。春が夜な夜な部屋出て行っているなんて知らなかった」と言う。千冬が「俺は知っていた」と言う。絶対嘘だ。今日気づいたくせに。
でも…きっとこれでいいのだ。こんな日がずっと続けばいいのだ。少しずつ傷が
癒えていくこの屋敷にずっと居たい。ずっと、いられなかったとしても、
いつか出て行く事になったとしても帰ってくる場所はここだって言いたい。
ここが僕達の〝夜桜屋敷〟だよ。傷ついた者が集まる不思議な場所。
皆それぞれ傷の深さも歳も違うけれど僕達は繋がっている。
この夜桜屋敷という素敵な居場所を持つ仲間として。
もう誰も春君を傷つけないように僕は生きよう。それが僕の、せめてもの贖罪。
僕からの〝ごめんなさい〟だよ。