犯罪者俺、国内で最も恐ろしい刑務所に入れられ、凶悪犯たちと出会う
ラビック王国首都郊外にある『ジョール刑務所』。
ここは国内で最も恐ろしい刑務所と言われる。
そんな刑務所に、裁判で刑が確定した一人の男が収監されることとなった。
手錠をはめられ、鼠色の囚人服を着た、険しい顔つきの男であった。
看守が彼に命令する。
「名前を言え」
「アーガス・ダドルだ……」
囚人アーガスは低い声で名前を答える。
「今日からお前は囚人番号2418797だ。この数字をよく頭に叩き込んでおけ」
「暗記は苦手なんだがね」
アーガスは不敵な笑みで応じる。
看守は不快感をあらわにする。
「まるで悪びれてないってツラだな」
「そういう奴でなきゃ、こんな刑務所に来るような罪は犯さんでしょう」
「そうやって余裕ぶってられるのも今のうちだ。ついてこい」
看守とアーガスはしばらく通路を歩き、巨大な鉄扉の前に立つ。
「ここから先が監獄のあるエリアだ。念のためボディチェックを行う」
看守はアーガスが何かを隠し持っていないか、囚人服の至るところをチェックする。問題ないとの判断に至る。
「ケツの穴も調べなくていいのかい?」
「減らず口を叩くな!」
看守が扉を開けると、左右に牢屋のある長い通路があった。
その中にはアーガスの“先輩”たちが入っている。
彼らは鉄格子の中からアーガスに歓迎の声を投げかける。
「新入りか……」
「ククク……」
「地獄へようこそ!」
しかし、アーガスは意にも介さない。
看守は「さすがはこんな刑務所に入れられるだけのことはある」と、内心でアーガスを評価する。
「さて、お前にはあの部屋に入ってもらう」
看守が警棒で最奥の部屋を指差す。
「この刑務所でも、特に凶悪な連中が集まった部屋だ」
「ようするに、ゴミ溜めの中の特にひどいゴミ溜まりってわけか」
相変わらずアーガスは人を食ったような態度を取る。
「新入りのお前は間違いなく“洗礼”を受けるだろう。せいぜい気をつけることだ。無事を祈る」
“洗礼”というのが新入りに対する過激な歓迎であることは想像に難くない。
アーガスの顔にも緊張が宿る。
扉が開かれる。
アーガスがその中に足を踏み入れると、看守は扉を閉じた。
鍵がかけられ、これでもう看守の助けは期待できない。刑務所の中でありながら、ここは“無法地帯”なのである。
中には四人の囚人がいた。国内で最も恐ろしい刑務所のベスト4、いやワースト4が。
睨むような目つきをしたスキンヘッドの男。
血のような赤い眼を持つ男。
四人の中でも特に体の大きい、太り気味の男。
部屋の中央に陣取る、リーダー格であろう眼帯をつけた男。
いずれも一癖も二癖もありそうなオーラを放っており、アーガスもわずかに動揺する。
「世話になるぜ、先輩たち」
アーガスの挨拶。敬語こそ使わないものの、“先輩”と言葉は選んでいる。舐められるつもりはないが、むやみに刺激したくもないという魂胆が窺える。
眼帯の男はこう返す。
「ああ、ゆっくりしていきな。後輩君」
敵意は感じられず、いきなりの“洗礼”は免れたとアーガスはひとまず安堵する。
だが、所詮ここは犯罪者の巣窟。アーガスはすぐさま自分の考えが甘かったと思い知らされることになる。
スキンヘッドの男が笑顔を向けてきた。
「ま、これに座りなよ」
クッションを差し出される。
断る理由もない。アーガスは「悪いな」と言い、クッションに尻を下ろす。
その途端、『ブーッ』と大きな音がした。
スキンヘッド男は大笑いする。
「ギャハハハッ、でけえ屁だなオイ!」
「ぐっ……!?」
アーガスがクッションを手で潰してみる。『ブーッ』という音が鳴った。
これが“洗礼”というわけか……アーガスは顔をしかめる。
今度は太った男がシュークリームをアーガスに差し出してきた。
「笑って悪かったよぉ。これでも食いなよ」
「なんで囚人なのに食い物なんか持ってるんだ?」
「俺らぐらいになると、おやつぐらい自分で調達できるのさ」
さすが国内有数の凶悪犯と納得しつつ、アーガスはシュークリームを受け取る。
一口食べた途端、悶絶する。
「うげっ……!?」
中にはクリームとともに大量の唐辛子が入っていた。
「ぐおおおおおおおっ!!!」
あまりの辛さに舌を出し、アーガスは絶叫する。
“洗礼”はさらに続く。
「ほれ」
赤い眼の男が、ゴキブリを投げつけてきた。
「きゃあっ!」
悲鳴を上げるアーガス。
だが、このゴキブリはゴムでできたオモチャだった。
「くそっ、なんてリアルなんだ……!」
アーガスはいまいましげにオモチャのゴキブリを床に叩きつける。
残るは眼帯をつけたリーダー格の男。
こいつも何か仕掛けてくるのかと、アーガスは身構える。
「安心しろ。俺は音の出るクッションだの、辛いシュークリームだの、オモチャのゴキブリだの、そんな真似はしない。ただ、一つ問いに答えてくれるだけでいい」
「問い……?」
「“ピザ”って10回言って」
「ピザピザピザピザピザピザピザピザピザピザ」
指で数を数えつつ、アーガスは言う通りにした。
直後、眼帯男は自分の肘を指差した。
「じゃあ、ここは?」
「ヒザ」
「ブブーッ! 肘でしたー!」
「ちくしょおおおおおおお!!!」
見事に引っかかった。
アーガスの心は屈辱と羞恥まみれになる。さすがは凶悪犯たちのリーダー、恐るべき“洗礼”である。
しかし、これで眼帯の男は――
「よく俺たちの“洗礼”に耐えたな。歓迎するぜ」
「ありがとよ」
アーガスは苦笑しつつ、先輩らから認めてもらえたことを喜ぶ。
さっそくアーガスは、デリケートなところに切り込んでみることにした。
「あんたらは何をやってここにブチ込まれたんだ?」
スキンヘッドの男が答える。
「俺は万引きさ」
続いて赤い眼の男。
「道端で立ち小便だ」
太った男も答える。
「俺は食い逃げだよ」
眼帯男も昔を懐かしむように顎に手を当て、つぶやく。
「アーティスト気取りで、公共施設にペンキで落書きをやっちまった。バカなことをしたもんさ……で、お前は?」
アーガスは遠くを見つめるような目つきになる。
「俺は……ネットで誹謗中傷だ。ネットにもマナーはあるってことを忘れちまって、このざまさ」
そんなアーガスに眼帯男は優しく手を差し伸べる。アーガスはその手を掴む。
「凶悪犯同士、釈放まで仲良くしようぜ」
「ああ、よろしく頼む」
ラビック王国は世界一平和で、治安がいい国として知られている。
そのため、最も恐ろしい刑務所に入る凶悪犯といえども、この程度の連中なのは仕方ないことなのである。
完
お読み下さいましてありがとうございました。