1.投げ込み寺にきょうも遊女が投げ込まれた
ここは江戸時代の浅草・吉原。
ではなく、吉原の入り口、大門前。
この大門の先では、遊女があふれる遊郭の世界。
一歩外に出れば、振り向き柳を境に、飴屋やかんざし屋、歓楽街が並ぶ。
私は大門前の飴屋に丁稚奉公に来ている、きよ。
5年の年季を終えれば田舎に帰れる。
けれど、この門の先には、私と同じ年くらいの娘たちが、何年先に年季が終わるとも知れず囲われている。
私は彼女たちから、時に門の隙間から手を差し出されて、文を預かる。
私も妓楼の花魁、ねえさんたちや飴屋の主人に文字を教えてもらったから代筆することも。
きょうもまた、文を届ける。相手はその文に返すかどうかはわからない。二度と会うこともないまま終わる文もある。
そんな時、私は代わりに返事を届ける。優美な飴細工とともに、少しでも、ねえさんたちの心が癒されればと願って。
投げ込み寺にきょうも遊女が投げ込まれた
おちよねえさん、どうしてこんなことに。
もう少し早ければ。
きょうもまた、吉原近くの投げ込み寺に遊女のなきがらが投げ込まれたと主人と客が噂をしていた。
どうやら、道元屋のおちよねえさんのようだ。
先日、おちよねえさんはうちの飴細工の鶴と文を届けた時、喜んで話していた。
「きよ、もうすぐ私はこの吉原を出るよ。大黒屋の若旦那が私を身受けしたいと言ってきたんだ。大黒屋の女将になったら、もうこの町には近づけないね」
「すごいわ、おちよねえさん、さすが、吉原で1、2を争う器量よしだもの。おめでとう」
「きよ、若旦那にきょうも文を届けてくれるかい」
「ええ、もちろん」
「最近、体調をくずされているみたいで、あまりお見えにならないんだよ。心配でね。飴も一緒に届けておくれ」
「滋養のつくよう、水あめをご一緒にお届けしておきますね」
そういうと、きよは水あめをしっかり練り始めた。そして、おちよに預かった手紙と一緒に日本橋の大黒屋まで足をのばした。
「ふう、やっとついた」
大黒屋ののれんをくぐって
「飴屋のおきよと申します。文を若旦那に預かって参りました」
と言った。
「若旦那―」と番頭が呼ぶ声に続いて、不機嫌そうな若い男性が出てきた。飴屋に来たこともある若旦那だ。
「なんだ、こんなところまできて、飴屋の分際で」
「おちよねえさんからの文を預かって参りました」
文を差し出すと、若旦那は血相を変えて、破り捨てた。
「もう二度と来るんじゃない。吉原なんて遊びだよ」
「でも、身受けしてくださるお話とききました」
「そんなの床での戯言だ。わたしはもうすぐ三角屋さんの次女と結納なんだよ。変な噂が立つからさっさとおかえり!」
そういって、きよを追い出してしまった。
「なんて奴だ」
きよは悔しくなって、店の外で石をにぎりしめたが、この大黒屋の立派な建物にぶつけたところで、むち打ちの刑をくらうぐらいだ。あきらめて店に帰った。
「おい、きよ、遅かったな」
「申し訳ありません」
主人にそういうと、きよはそっと飴を練った。かつておちよが若旦那から送られて喜んでいた鶴の飴を見事に作り上げた。
そして、つたない字で「文をありがとう。しばらく商売が忙しく行けず、申し訳ない」
という文を書いた。
次の日、大門で待ち合わせていたおちよねえさんに鶴の飴と文を渡し
「若旦那からです」と届けた。
急いで文をあけたおちよねえさんは、ちょっと顔色を曇らせた。
溜息をついて、「ありがとね、おきよ。この鶴の飴だけは、あのころと変わらず美しいのにね」
とだけ言って、帰っていった。
きよが勝手に書いた文と文字でわかってしまったのかもしれない。
きよはどうするのが良かったのだろうか。
そこからおちよねえさんはどんどんと、やせていき、病にかかり、亡くなってしまったという。
きょうもまた一人、投げ込み寺に投げ込まれた。
そんな女の悲しい一生を思いつつ、きよは静かに飴をねっていた。
そこに一人の客が訪れた。
「おい娘、飴と文を届けてはくれんか。場所は小石川養生所だ」
この出会いが、またきよに新しい出会いを生むのだが、それはまた、別のお話。




