第七話・本番
私は、部屋の隅に、座った。
「何か、あったの?」
「何でもない。ちょっと、疲れただけ。気にしないで。」
「・・・」
エクルは何も言わずに私の隣に来て、座った。
「隣にいるから。いつでも。」
そう言って、そのまま、寝てしまった。
「っしゃーっ、金賞目指して頑張るぞー!」
パートに分かれて、歌練が始まった。
首をわざと大きく動かして笑わせる男子とかいるし、メガネでちっちゃくて成績優秀な副委員長も、楽しそうにピョンピョンジャンプしながら歌ってた。
「よーしホームルーム始めるぞー。」
隣の席の人が憂鬱な顔をしている。それをみたその隣の席の人がそれを見て憂鬱な顔になった。
憂鬱って移るんだなー。まあ、朝だからなのかなぁ。
「どうしたーカナ、そんな憂鬱な顔してー」
うっ・・・。
私の憂鬱が・・・。
バレてしまった。
「はーい、みんな机後ろにやってー」
授業がすべて終わって解放感に満たされたみんなは、級長ジョセフくんの命令に素直に従った。
ミアの指揮、ルフくんの伴奏のもと、曲を通す。去年やっていた先輩達のことを思い出して、みんな必死で歌うが、もちろんバラバラになる。
「最初はしっかり出来ていなくていいから。」
よく聞く言葉だ。
しかし、合唱コンまで時間が無いから、すぐにパート練習にうつった。
ソプラノ、アルト、テノールに分かれて、声がどんどん揃っていく姿は、まるで奇跡のようだ。
それから朝早く来て、帰りは遅くまで練習する練習が始まった。たまに体育館とか音楽室とかに移って練習するときは、青春を感じてすごく楽しい。
土曜日練習は、朝から行ったらちょっとしか人いなかったけど、後からどんどんみんな来て、午後の体育館での練習は全員で出来た
次の水曜日が本番だ。
月曜日。授業が終わり、机を下げて練習を始めようとしたその時、
「ごめん、今日塾のテストがあるんだよじゃーね!!明日も来れないからーー!!」
まさかの、ミアが帰った!
「おい、ミア!まて!それじゃ、みんなで練習出来ないじゃん!」
アメリアが叫んだ時にはもうミアは教室をでていた。
「どうしよう・・・。」
「おれ、指揮者なしでも伴奏、なんとかできる。だから。やろう。」
ルフくんは、それだけを言い、ピアノへと向かった。
その、ルフくんの言葉に震撼されて、みんなで歌った。
でも、いつもよりも声が小さかった。
というか、歌ってなかった?
「おい。なんでこんな時に口パクするんだよ。」
ルフくんは少し怒った。
「ごめん、俺歌下手だから、やっぱ無理だわ」
「私も、ちょっとムリ」
「今日はもうやめよ!無理だよ、ミアちゃんがいないんだもん!!」
みんなが、もう辞めるムードになっている。
「じゃあ今日はもうやめよう。はい、かいさーーん!!」
級長がそう叫んで、そのまま教室を走って出ていってしまった!
そのままみんな教室を出ていった。
私は、みんなが出ていったあと、指揮の台の上で1人呆然としているルフくんに、勇気を出して話しかけてみた。
「ねえ」
「なんだよ!明日もミア、どうせ来ないんだよ!!もう、無理だよ!!」
「私、元吹奏楽部で、指揮者やってたの!だから、わたしなら、できるよ。」
全てを吸い込むような、かっこいい、黒い瞳が、私を見つめた。
「え・・・ほんとうに・・・?」
私はルフくんに抱きしめられた!!
「おれ、めっちゃピアノ、練習したんだよ!ありがとう!!そしたら、おれたちだって、優勝できるのかな!」
こんなの反則!好きになっちゃうよ!!
「うん、私たちならできるよ!だって、ルフくんのピアノ、あんなに上手なんだし。」
「ねえ、カナさん。一緒に帰ろ?」
「いいの?」
「全然、1人じゃ寂しいし」
夕日に照らされた教室に立つルフくんを、改めてかっこいいって思った。
「どこの中学校のひと?」
興味津々にルフくんは聞いてきた。
「いや、それは、秘密だよ!!」
「秘密かー!おれはね、エナット中学だよ!」
「変わった名前だなー。え、一緒にこの高校に上がってきた人いたの?」
「えーっとね、エクルだよ!あんま一緒には喋らないけど。」
「あー、エクルか!優しいよね!」
「うん、優しい。仲良いの?」
「いや、えーっとねー、普通に」
「普通にね!おれも、普通に、仲良い。」
一緒に歩いてると、交差点についた。ルフくんは左に曲がるらしい。わたしは真っ直ぐだから、お別れだ。
「カナ、また明日ね」
「じゃーね」
「うん!」
帰る時に見せる反則の笑顔な!
あー楽しかったなー。なんか変なこと言ってないかなー。
好きな人と一緒に帰ってる時って、なんか別世界にいる感覚になる。
自分が、自分じゃないみたいな。
ドキドキする。
フワフワする。
私。
今。
恋してる。
第七話・本番
「ねー、ルフくんと同じ中学だったの?」
私は、エクルが作ってくれた唐揚げを頬張る。
「あーそうだよー!え、ルフと話したの?」
エクルは、自分の唐揚げに塩をかける。
そして、口に含む。
よく噛む。
かわいい。
「え、うん、一緒に帰ってきた。」
「一緒に帰ってきたの!?」
あ、言っちゃった。一緒に帰ってきたこと。
エクルは、ムッとしてる。
さっき食べた唐揚げの影響で。
ほっぺたがぷくってなってる。
かわいい。
でも。
私とエクルは、付き合ってないし・・・。
エクルは、唐揚げをごくっと飲み込んだ。
「あいつ良い人だからね、すごい女子からも人気でね、よく告白されてたんだけど、なんでか、全部断ったんだよ!」
「そうなんだー。」
そんなことが・・・。
「てか、エクル、帰ったでしょ!途中で!」
「あれはごめん、流れで・・・。」
でも、そのおかげで、私は。
「・・・別に、いいけど。」
火曜。今日は、前日だから、1日中合唱コンの練習の日。
ミアは、来ていない。
なぜ、来ていないんだろうか。
指揮者としての、重圧が、すごかったのだろうか。
それにしても、なんで、指揮者に立候補したんだろう。
というか、指揮棒とか持ってたし、めっちゃ上手いし、本格的だし。
指揮棒持ってる人、他のクラスの指揮者とか見ても、ミアしかいない。
指揮棒、木で出来てて、それを持つ姿は、まるで・・・。
魔法使いみたいに。
みんなを、音楽で独裁するかのようにして。
指揮をする。
だから、みんなの歌もとても上手くなる。
そして。
ルフくんの伴奏も。
指揮があるだけで。
全然違う。
ミアは、指揮棒が似合う。
指揮が、とっても上手い。
「よし、ミアなしでも今日しっかり練習して、絶対に明日優勝するよ!みんな!!」
アメリアが呼びかける。
「しゃあ!がんばるぜー!!!」
みんな賛同して、練習に移る。
午前中はパートごとに練習して、午後からは全体で練習した。
「あーもう3時かー」
「そうだなー疲れたなー」
みんなすっごい、やってやったなって言う、いい顔をしてる。
「ごめんごめん!遅くなったーーー」
「あ、ミアじゃん!!」
ナナの声を聞いたみんなは扉の方を見る。
「あ、ほんとだ!!」
みんな、少し、笑顔が戻る。
「おせーよ、みんな待ってたんだぞ!」
「本当にごめんね!私、本当は、みんなをまとめるような人じゃないから。私なんかに指揮ができるかなんて、心配で・・・。」
「ミアがいてのこのクラスなんだからね!」
ミアは、やっぱり。
指揮者の重圧に、耐えられなかったみたいだ。
「みんな本当にごめんね!!そして、ありがとう!!それじゃあ、通そ!!」
みんな並んだ。
ミアの指揮は、立候補しただけあって、私なんかよりもとても上手で、みんなすごい笑顔で、ずっと歌ってる。
順番に色々なクラスの人が歌っていく。
午後1時。 次の次が、私たち、2年3組の番。
みんなで最初から最後まで通しで練習をする。
「この調子で本番もね!ねえ、円陣を組も!」
リハーサルで、アメリアがクラスをまとめる。
「絶対に優勝するぞー!」
「おーーっ!!」
そうして舞台裏へと進んだ。
「あーーーーー緊張するーー!」
「それな!!」
「まじでーもうやばい!」
みんななにか話そうとしても会話が続かないようだ。
「では、入場してください。」
最後列から順に入場していく。
ミアが右手をあげた。同時にみんなが足を開く。揃った。完璧だ。
ルフくんのピアノが流れ始めた。
前奏から、完璧の入り。
サビは、全てのパートで、きっちりと揃った!
リハーサル通り。
完璧に。
私たちのクラスは。
歌い切った。
「はい、全クラス終わりました!!3時10分ですね、予定通りです。」
「結果発表。校長先生、お願いします。」
「優勝は・・・」
「2年3組!!」
「よっしゃあああ!!!」
私たちは、立ち上がって、声を上げた。
みんなでハイタッチしたり、抱き合ったりした。
優勝かーー!!正直めっちゃ嬉しいな!
ルフくんをチラッと見た。
友達と、ハイタッチしてる。
かっこいいなぁ。
「カナ。」
「へ?」
振り向くと、ミアと、アメリアがいた。
「私たち、優勝だよ!」
アメリアがそう言った。
「カナ、本当にありがとう!」
ミアも、そう言ってくれた。
「うん!最高に嬉しい!」
3人で、抱き合った。
合唱コンが終わり、外へ出た。
「みんな並んでー、写真撮ろー!」
「イエーイ、はいチーズ!」
みんなのニッコリ顔は、一生の思い出になる。
「はい、かいさーん!」
「よっしゃー、かえろー!!」
空を見上げると、一番星が見えた。
「ねえ、」
後ろから話しかけてくる。
振り返ると。
ルフくんが、いた。
「一緒に帰ろ?」
わあ。
「うん!」
「優勝、できてよかったよね。」
「そうだね、カナさん。」
橙色に空がめく。ルフくんががよりいっそう綺麗に見える。
「夕焼けが綺麗だね。」
「あれじゃない?王様が合唱コンにいてさ、楽しかったから、綺麗な空になったんじゃない?」
王様・・・。
「うーん、そうなのかな?でも、そうだとなんか、神秘的だよね!」
「何それ!でも、確かに、神秘的かも。」
2人で笑った。
線路沿いを2人で歩く。この上ない幸せ、いまが最高の気分!