辻斬り
森但馬守は規律に厳しい大名であった。その家臣である井村某が刀を買った。
無銘ではあるものの、凡刀には見えずかなりの業物。十両と言われたが、なんとか八両まで値を下げてもらった。
さて刀を買ったものの、平和の世である。これ程のものを使わないというのも宝の持ち腐れ。
井村は腰に下げるだけに飽き足らず、うずうずと刀を試したいという欲に囚われ始め、その気持ちが最頂点に達したある日、辻斬りを敢行しようと思い立った。
物陰に隠れ、裏通りを通る酔客に一撃を与えて切れ味を試す。
外してはならない。声でも上げられたらすぐに後ろに手が回り、主君に知れたら河原に首を晒されるであろう。
そう思っても井村は思い止まらず、柄に手を掛けて酔客を待った。
しばらくすると、しゃっくりをしながら提灯片手に男がやって来る。手拭いを頭に巻いた町人だ。
これはしめた! と思い、胸を高鳴らせて男を待つ。男はあっちにふらふら、こっちにふらふら。
早く来い、と願うものの今度は少し手前で大堀に小便である。
井村は呼吸を悟られまいと息を殺し、男の小便が切れるのを待った。
やがて男は体を震わし、提灯を持ち直して井村のほうに来る。
井村は、騒がれないように、男の首を切ろう、首を切ろうと心の中で復唱する。自身も大きな音を立ててはいけない。少しの間違いがあったら晒し首だ。
武者震いが寄り掛かる材木を揺らす。井村はそっと材木から離れて、辻に向かって居合の構えである。
ややもすると、男が体を揺すって井村の潜む道に差し掛かる。
「ーーーーーー!!!!」
井村は思い切って、男に切りかかり、その首を全力の力で振り抜いて落とした。
と思ったが、落ちていたのは井村の腕と刀である。続いて井村の首も──。
酔客は小太刀をしまって、倒れている井村の懐を物色する。
「なるほど、財布に刀の大小か。ほう、こりゃ業物だ。売れば十両にはなるな。これだから辻斬りは止められん」
そう言って森但馬守は荷物を持ち去ってしまった。