第4話 月夜
ダンローが家に戻ると客が来ていることに気づいた。自分が狙われていることも考えられるため、彼は身構えながら奥に声をかけた。
「ジンベ。誰か来ておるのか?」
するとジンベが足を引きずって出てきた。
「どうしたのだ? その足は」
「道で足をくじいてしまいました。そこに親切な旅のお方が通りかかりここまで送ってくださいました。このまますぐにお帰ししてはと思い、上がっていただいたのです。勝手なことをして申し訳ありません」
するとその後ろから老人とキリンが出てきた。
「お留守の間、上がらせていただいております。私は方術師のライリーと申します。そしてこれは供のキリンです」
ダンローはその老人をじっと見た。人品卑しからず、信用がおけそうな顔立ちで、ゲキの回し者という感じは受けなかった。
「これはよく参られた。この寂しい山中では人が来られることは嬉しいことです。どうかゆっくりしていかれよ。そうだ。今夜は酒でも酌み交わして旅の話でも聞かせてくれぬか。ここにいるとどうも外のことに疎くなってしまってな」
ダンローは老人たちに気を許したようだった。
「これはもったいないこと。ぜひご相伴させていただきます」
老人はにっこり笑って答えた。
◇
首席大臣のビゼンの屋敷に使いをしていたトージが戻ってきた。彼はその報告のためにビゼンの部屋の前に来た。
「トージでございます」
「入れ」
トージが部屋の中に入ると、ビゼンはベッドから起き上がった。彼はずっと病で寝込んでいたのだ。
「ダンロー殿はどうであった?」
「お元気なご様子でした。ゲキ一派の動きをお知らせいたしたところ、この状況を何とかしたいと申されました。しかしこの罪が許されぬ限り、動けぬと・・・」
「確かにそうだ・・・ゴホン、ゴホン・・・」
ビゼンは苦しそうに咳をつづけた。トージはすぐに背中をさすり、ビゼンをベッドに寝かせた。
「ビゼン様。ご無理をされませんように・・・」
「すまぬ。この身がこれでは・・・。ゲキは恐ろしい陰謀を企んでおる。証拠もそろってきている。ダンロー殿が罪を許されて政に復帰され、ゲキらを抑えてくれるのを期待するしかできぬ・・・」
ビゼンは悔しそうに言った。それを見てトージも唇をかみしめていた。
◇
ダンローは奥の間で老人たちと酒を酌み交わしていた。老人はダンローに様々な国で起こった出来事を酒のつまみに話していた。
「・・・という話がございました」
「そうか。諸国には様々なことが起こっておるな。旅をして回れるあなたがうらやましい」
その日は満月であり、山の上に浮かぶその姿は美しかった。
「よい月でございますな」
「ここから見る月は格別なのだ。町中とは違って明るく輝いて見える」
ダンローは空を見上げながら杯を傾けた。
「確かにそうでございます。しかしいくら美しい月でも雲に隠されてしまえばその輝きは失われましょう。」
その言葉はダンローには老人が何かを言いたげに聞こえた。ダンローは何も言わずに老人の顔を見た。老人はにっこり笑いながら言葉を続けた。
「ここにおられれば隠れてしまった月がよほど気になりますな」
「確かにそうだ。だがどうにもならぬ。私の力では・・・」
「いえ、あなただけかもしれませぬぞ。それができるのは」
老人はじっとダンローを見た。まるでそれはダンローのことを何もかも見通しているようでもあった。
(この老人。ただ者ではない。ゲキの手のものではないと思うが、正体がわからぬ以上、いらぬことを言うわけにはいかぬ)
ダンローはそう思うと、空になった酒瓶を手に取って立ち上がった。
「おっと。酒がなくなった。ジンベは足を痛めておるから私が取って来よう」
ダンローはそのまま台所に行ってしまった。
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